第136話 今は亡き青い目の侍

 武人会議は定刻通り、武人会本部会議室にて開催された。


 が、その前に春鬼から皆に話があるということで彼が前へ出る事となった。


「……みんな、今から俺はにわかには信じられないことを話すが、最後まで聞いてほしい。俺の……というより、『有馬の識』についての話だ」


 その様子を羅市は借り物の洋服に身を包み、頬杖をついて眺めていた。

(ちなみにレレは未だに気絶中なので医務室のベッドの上である)


 意味深な言葉に集まった武人達は息を飲む。

 しかし、武人でもなんでもない(なのに今回も虎子に連れられて無理矢理会議に参加させられていた)アキは違った。


「有馬さん、有馬さんのってどういうことですか? 識って『識匠しきじょう』の能力チカラなんじゃないんですか?」

「そうだ。識は識匠の能力……つまり俺は、というより有馬流は識を『練る』事で武力の様な効果を発揮させて、それを剣術の理合に融合させているんだ……が、わかるか?」

「ごめんなさい。よくわかりません」


 アキの素直すぎる反応に、ようやく落ち着きをとりもどした澄が大きなため息をついた。

「は〜〜〜。あんたねぇ、勉強不足よ! 識ってのは『意識』とか『認識』っていう精神のエネルギーなのよ。識匠はそこに自分たちの流派の技とか道具を落とし込んで戦うの。あたしだったら護法家の符術の『識』で、護符を操って……みたいにね。有馬流は、それが『剣術』ってわけ」

「そうだったんだ……って、みんなはそういうの、知ってんのか?」

 アキがリューの顔を見やると、リューはこくんと頷いた。

「はい。有馬流がそういうものだっていうのは知っています。……でもシュン兄さん、信じられない話っていうのはどういうことですか?」


 すると春鬼は黙ったまま右手を前方に掲げた……瞬間。


 チャリ、という涼やかな音と同時に春鬼の右手に一振りの日本刀が現れたのだ。


「っ!?」


 その光景に皆が息を飲む。

 ……と思いきや、手品を見せられた様な顔をしているのはアキだけたった。


「え、ちょっと待って。なんでみんな驚かないの?」

 すると澄が掌から護符を出現させ、それを指先で弄んで言う。

「あたしが護符を出しても驚かないくせに、春鬼の刀に驚くのはおかしくない? 無から有を生み出す。識ってのはそーゆーもんなの。アンタのお父さんだって識に質量持たせてライフル並みのスピードでぶん投げてたんだから。そっちのほうがすごいっての」

「マジか……それは知らなかった……」


 言いつつ、アキはあることを思い出していた。

(そういえば、ちょっと前に……)

 以前、麗鬼と虎子が有馬家の廊下で戦った際、麗鬼の得物である『三節棍』が煙のように消えてしまったのを見たことがある。

 あの時虎子が言っていたのはこの事だったのか……。


 では、自分の中の識も父と同じようなものなのだろうか。

 アキはこっそり掌を開いて手首で合わせ、『波ッ』的な事をしてみたが何も出てこなかった。


「……アキくん、手がどうかしましたか?」

 リューに見られていた。

「い、いやいや、なんでもないよっ!』

「でも、顔が真っ赤ですよ? 汗もでてますし……」

「大丈夫、大丈夫だよ、アハハ」

「……?」


 澄はそれを微笑ましく横目で見つつ、春鬼へと視線を戻した。

「……んで、春鬼。それが『信じられない話』とどう繋がるの?」


 すると、それまで黙って成り行きを見守っていた刃鬼が立ち上がった。

「ここからは僕も説明に加わるよ。有馬流の根本に関わってくる話だからね」

 いつものような穏やかな笑顔のまま、刃鬼も皆の前に立った。


「有馬流の識の本質は『剣』だ。有馬流は識を事で武人のように戦えるけど、それは何百年も連綿と続いてきた先達のお陰でもある。というか、そのものなんだ」

 刃鬼は春鬼が先ほどそうしたように右手を前方に掲げ、さらに左手も同じように掲げた。

「澄が言うように『無から有を生み出す』ことが識の本質なら、有馬流ぼくらはとても分かりやすいのかもしれないね……」


 音もなく、刃鬼の両手に初めからあったかのように、その日本刀は姿を現した。


「先祖代々、有馬の血はこのしきを繋いでいるんだ。銘は全て『しき』と発して、字が違う。僕の刀は『紫汽しき』と書き、春鬼の刀は『死喜しき』と書く。遠い昔から近世に渡って免許皆伝に至った剣士の魂が宿ったこの刀は、その剣士の力を僕らに分け与えてくれている。その力で僕らは鬼と戦えているんだ。普通なら先達の影響はそこまでなんだけど……ねぇ春鬼」

 話を振られた春鬼は肩をすくめてため息をついた。

「……俺のしきは我が強すぎたようでな。一つの人格として俺の中に棲みついてしまったんだ。二重人格とよく似た状態とでも言えるのかな」


 それを聞いた澄は「あっ!」と声を上げた。

「もしかしてこの前、蓬莱山でヤンキーみたいになってた時って、まさか……」

「そうだ。普段は俺が主人格としてコントロールできているが、この前のような気の乱れや体調の変化によってはが出てくる。夏場は特に気が乱れやすいから、今日も朝からヤツに体を乗っ取られていたようだ。気が付いたら爆発に巻き込まれていたから、さすがに焦ったよ」

「ヤツって、何者?」


 その時、それまで黙って聞いていた羅市が突然「ふん」と鼻を鳴らし、椅子の背もたれに背中を預けるようにして気だるい声を上げた。

「オーデッドっていうだよ。500年も前におっんだっつーのに、今更どの面下げて出しゃばって来てんだよ。大人しく死んどけってんだよ」


 するとそれまで背筋を伸ばして凛とした表情だった春鬼の姿勢が崩れ、凛々しい顔が軽薄な笑みへと変化した。

「……つれないこと言うなよアリス。俺はお前にまた会えて嬉しいんだぞ?」


 それは明らかな変化だった。

 姿形すがたかたちも声も春鬼だが、空気が違う。

 演技では決してかもせない雰囲気の変貌は、まさに人格の入れ替わりが起こったとしか説明ができないだろう。


 一同ざわつくが、歴戦の武人達はそれが演技や戯れの類ではない事を肌で感じていた。

 である以上、事実として受けとめる以外なく、オーデッドもそれをよく理解しているが故に悠々とした態度だった。


「ちなみに俺は春鬼と合意の上で二人三脚やってんだ。俺は春鬼に力を貸す。俺は春鬼の体を使って俺のやりたいことをやる。お互いwinnwinnの関係なんでね。そこんとこヨロシク」

 春鬼……いや、オーデッドはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、羅市の前に立った。 

「……さっきから、なにニヤついてんだァ? お前さんはよォ」

 羅市は立ち上がり、オーデッドの眼前まで顔を寄せて彼を睨みつける。


 はたから見ればそれはまるで不良同士のメンチの切り合いの様だった。

「お前さんが春鬼にチカラぁ貸すのはいいとして、そこまでしてやりたいことってなんなんだい? 自分で腹まで切って死んどいて、未練があるから黄泉がえってきましたってェのはお前さん、あんまりにもダサ過ぎねェかい……?」


 一触即発の空気……しかし、オーデッドはそんなものを歯牙にもかけずに羅市の耳元で囁いた。

「強がんなよアリス。お前だって俺に会えて嬉しいんだろ? ……体は正直だったぜ?」

「……はぁ!? なっ! こ、この……おバカ!!!」


 猛然と殴りかかろうとする羅市と挑発をやめないオーデッド。

「おいおい待て待て!」

 虎子が飛び出し間に入って仲裁しようとするが、ふたりは虎子の頭上で舌戦を繰り広げていた。

「そうやって怒ってるお前もかわいいぜ、アリス」

「うるせェ黙れこのエロ亡霊! 誰か塩もってこいよ! 除霊だ除霊!!」


 虎子はそんなふたりの板挟みになりつつ、小さくぼやいた。

「お前ら、500年前となにも変わってないな……」



 アキはまさに俄には信じられない話だと思いながらも、目の前で起きている奇跡的な現象を見せつけられては否定のしようがなかった。

 それに、春鬼の状態は虎子の宝才で垣間見た『鵺とご宗家』の構図と同じである。

 もはや異世界ファンタジーの世界観だが、アキの中ではすでに仁恵之里は異世界といっても差支えがない位置づけなので、他の武人達と同様に納得するまでに時間はかからなかった。


 オーデッドと羅市の舌戦は収まる気配がないどころかますますヒートアップしていく。

 そんな中、リューはぽつりと呟いた。

「ところで、今日の会議は……?」


 集まった武人たちは顔を見合わせ、最終的には責任者である刃鬼に視線が集中した。

「え? 僕?」

「そりゃそうでしょ。会長なんだし」と、澄。

 刃鬼は引きつった笑顔で視線を曖昧に漂わせ、小さく答えた。


「今日は、中止の方向で……」





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