第132話 VR技術の進化は現代の魔法なのか?

 今日は午後3時から武人会議の予定である。


 マヤが来る日の武人会本部は万が一の場合に備え、警備を大幅に増員する。

 これまでその警備が活躍しなければならない事態になったことは一度もないが、それでもこの体制は変わらない。

 これは武人会会長の厳命であるからだ。


 そして澄と刃鬼は本日のを迎えるために門の外で二人揃って空を眺めていた。

 マヤが来る日はこうして会長と副会長(本来は澄の父親だが、その父が不在のため澄が代理を務める)がマヤを迎えるのが習わしであった。

 それもまた、不測の事態に備えての事だった。



「あっつ〜……」

 強烈な日差しの中、澄は呻いた。

 日傘を差していても照り返しでじりじりと灼けるようだ。

 次々と滴る汗をハンカチで拭うが、追いつかない。

「ねぇ会長おじさん、もう良くない? こういうの」

 刃鬼も同じく日傘をさして空を眺めていたが、おもむろに日傘を閉じた。

「こういうのが大事なんだよ澄。『気は心』と言うじゃないか」

 それを見た澄も倣うように日傘を閉じた。

 来賓の到着だ。


 空に何かがキラリと光った。

 と思った矢先、その光は轟音たなびかせ一直線に彼らのもとへ。


 ほぼ減速なしで突っ込んできたは地面直前で急停止。

 その風圧たるやまさに衝撃波そのもので、待機していた警備員の中には巻き起こった突風で吹き飛ばされるものも多数いたが、直撃を食らったにも関わらず刃鬼と澄は微動だにしなかった。その事実一つ見ても武人会正武人の基礎的な能力の高さが窺えた。


「よう! 刃鬼のおっさんに澄!」

 羅市は箒にまたがったまま右手を挙げ、さわやかに挨拶をした。

「ようこそおいでくださいました、有栖様」

 恭しく首を垂れる刃鬼。しかし、羅市は肩をすくめた。

「止せって。そういうのいらんって。なァ澄?」

「ま、いいんじゃない? こういうのが大人の事情ってヤツでしょ?」

 刃鬼とは対照的にフランクな澄。羅市はそちらのほうが好みだった。

「大人はめんどくさくていけねぇな。お前さんが羨ましいよ、澄」

「そう? 私は早く大人になりたいよ」

 二人は笑顔で握手を交わした。その行為に裏は無い。二人ともそれが十分に分かっていた。


「不死美さんの代理となるとチョイとばかり荷がキツイが、よろしく頼むぜ」

「歓迎するよ。羅市さん……と、レレさん」

 澄が宙に浮いたままだった箒に話しかけると、箒は一回転の後にレレに姿を変えた。


「……護法さんにお目にかかるのは初めてのはずですが、なぜ私の名を?」

「資料で一応ね。初めましてレレさん」

 握手を求める澄。レレは背筋を伸ばし、その手を取った。

「こちらこそ。改めまして、平山家使用人・レレと申します。以後お見知りおきを」

 二人は固い握手を交わし、澄はにっこりと笑った。


「ま、かたっ苦しいのはここまでにしよ。澄でいいよ。よろしくね、レレさん」

「……マコちゃんが言っていた通りの素敵な人ね、澄さん」

「マコちゃん? 魔琴のこと?」

「ええ。マコちゃんが、澄さんは元気いっぱいで気さくな、可愛くて素敵な人だって」

「はは、魔琴がそんなことを? 照れるなぁ」


 和気あいあいと笑いあう三人の美女。

 刃鬼はその完成された絵面えづらの中に入る事が出来ず、遠巻きから三人に声をかけた。

「……では、屋敷なかの方へどうぞ……」



 その頃、平山邸では魔琴と不死美が『レレの実況中継の準備を初めていた。


 本当はその目で事の成り行きを見守りたいふたりだが、羅市を代理に立てた手前、不死美は当然人間界に姿を見せるわけにはいかない。

 魔琴は魔琴でフーチの監視が厳しいので人間界へ行けない。


 そこで不死美が魔琴に『魔術的な知識を教える』という名目で彼女を平山邸へ招き、ふたりでレレの実況中継を楽しもうと計画したのだ。


「なんだかわくわくしますわね」

 ノリノリの不死美。魔琴も興奮で胸がはちきれそうだった。

「ああ~! はやくはやく、早く見たい~!!」


 魔琴と不死美は並んでソファに腰を下ろし、何もない空間を眺める格好となった。

「……不死美さん、どうやってその『実況中継』を見るの?」

「ふふふ。とっておきの魔法があります」


 不死美は指先で宙に『長方形』を描き、詠唱した。

「幻視・仮想現実少年」


 するとふたりの目の前に武人会本部の様子が立体的に浮かび上がったではないか。

「おお! すごい! これ、レレが見てるモノがそのまんま見える的な?」

「その通りです」


 この魔法でレレの視覚とこの場所を同期リンクさせ、所謂いわゆる3Dホログラムのような立体映像で武人会本部の様子を実況中継しようと言うことなのだ。

 ……ただ、ひとつ難点があった。

「なんか、赤くない?」

 立体映像が全体的に赤いのだ。


「あらいけませんわ。わたくしとしたことが調整を間違えてしまいました」

 そう言って不死美が指先でダイヤルのようなものを調整する仕草をすると、赤い映像は徐々に自然色へと変化した。

「おお、普通の色になったよ! (調節の方法はアナログなんだ……)」


「さぁ、状況はどうでしょうか? レレ?」

 不死美が呼びかけると、レレの声がスピーカーから聞こえるようにその場に響いた。

『はい不死美様。ただいま有栖様と会議室に向かうところです』


 目の前に展開された映像には羅市、澄、そして彼女たちを先導する刃鬼の背中が映し出されていた。

「うわー、リアル〜。ホントにその場にいるみたい……」


 不死美の魔法は音まで立体的に伝え、いわば魔法のVRゴーグル状態だった。

「ねぇ不死美さん、このままだと会議にいっちゃわない? どうやって姉さんとオーデッドさんを引き合わすの?」

「ご心配なく。に御協力頂いております」


 その時、レレの視界に「その人物」の姿が飛び込んできた。そしてそれを見た魔琴は驚いた。

「と、虎子さん?!」

 そう、その人物とは虎子だったのだ。


「よう有栖! レレ! 今日は天気もいいし、武人会議日和だなぁ!」

 満面の笑みで手を振りながら現れた虎子。

 彼女がその協力者だったのだ。


 しかし、魔琴は違和感に首を傾げた。

「でも、手伝ってくれるってことは虎子さんはオーデッドさんの事、知ってるってこと? なんで?」

「姫様……いえ、虎子さんはオーデッドさんとは遠い昔から戦友の間柄……いえいえ、その、虎子さんは武人会屈指の実力者。会長と並ぶ権力の持ち主とも噂されます。或いはそれ以上とも……であれば、春鬼さんのうちにオーデッドさんという別人格があることをご存知でも不思議はありません。これ以上は、わたくしの口からは申し上げにくいというか、プライバシーの侵害というか……」


 珍しく歯切れの悪い不死美を不思議に思うも、魔琴にはこのあとの展開の方が大事だ。

「ふーん。まぁ、なんでもいいけど、虎子さんがついてりゃ安心っつーか、間違いないね!」

「そ、そうですわね」

 不死美はこっそりと冷や汗を拭った。

(姫様の秘密を吹聴するわけにはいけませんからね……)



 一方、武人会本部。

 羅市達が揃って会議室を目指す中、レレはこっそりと虎子に耳打ちした。


「……御協力感謝いたします、虎子さん」

「いやいや、平山から話を聞いたときから面白くてニヤニヤが止まらなかったぞ。あいつら、500年分溜まりに溜まってるだろうから、けしからん展開もあるかもな……」

「え? 虎子さんは有栖様とオーデッドさんの関係をご存知で?」

「え、いや、その……オーデッドのことは一応知っているよ。有馬の剣でも奴は特異中の特異だし、刃鬼のブレーンである私が知らないわけにはいかないからな。まあ、混乱を招くので知っているのは私と刃鬼だけだがな。有栖については、平山から『有栖が面白いことになりそうだから手伝え』としか言われてないぞ、うん」

「(なんか怪しいな……)面白そうなのは間違い無いです。ところで、準備の方は?」

「それはもうバッチリよ。春鬼だけ別室で待機するように仕向けてある。オーデッドには春鬼にバレないように話を通してあるから、あとは蓋を開けてのお楽しみよ……!」

「うわ〜、ふたりっきりですか! それはそれは……」


 ニヤニヤと内緒話をする虎子とレレに、羅市は首を傾げた。

「なんだよお前さん達。ニヤニヤしながらコソコソと。気持ち悪りぃなァ」

「いや、なんでもないよ有栖」

「なんでもありません、有栖様」

「……なんか嫌な予感がするぜ」


 その頃、屋敷の方では春鬼がひとりで会議室とは別の方へ向かって歩いていた。

「あれ、シュン兄さん?」

 たまたまそれを見かけたリューが彼に声を掛けた。


「どこに行くんですか? 会議室は向こうですよ?」

「親父の指示でな。話があるから別室に来るようにと虎子から言伝を受けたんだ。会議までまだ時間があるからな。何の話かは知らないが……」

「そうですか。お姉ちゃんから……」


 リューはさっきまで虎子と一緒にいたが、虎子がそれっぽいことを言っていた記憶はない。なんだかニヤニヤしていた気はするが……。


「じゃあな、リュー。また後で」

「はいシュン兄さん」

 そして背を向けた春鬼に、リューは無意識に声をかけた。


「あの、シュン兄さん。気をつけてくださいね」

「……何をだ?」


 無意識に口をついたその言葉。リューは自分で言っておいて、なんでそんな事を言ったのかよく分からなかった。


「あ、いえ、なんとなく……」

「……わかった」

 それでも優しく微笑んで応えた春鬼。

 彼はそのまま指定された部屋へと向かった。



 オーデッドは春鬼に気取られないよう、心の中で呟いていた。

「流石は龍姫のだな。勘がいいぜ……」

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