第128話 恋の魔琴大作戦

「今、なんか物音しなかった?」

「さあ?」


 生徒会室の中のふたりは物音に気が付くも、特に確認をするでもなくそれをスルーしていた。


「……俺の女とか、言ってて恥ずかしくない?」

 魔琴は呆れた視線をオーデッドに投げたが、彼は全く意に介さない。


「なんで恥ずかしがらなきゃいけねーんだ? アリスもきっとそう思ってるよ」

「うわー、どこから湧いて来んのよその自信。姉さんが言ってた通り、オラついてんねぇ」

「なんだよ? そんなこと訊いて、お前は何が言いてえんだ?」

「だったら会ってあげなよっての。姉さん、口では言わなかったけど、絶対に会いたがってるよ。500年前は恋人同士だったんでしょ? なんで会ってあげないのよ」


 それを聞いたオーデッドは鼻を鳴らし、わざとらしく肩をすくめた。


「会いに行ったさ。転生してすぐ、速攻会いに行ったよ。でもこの姿なりだろ? あいつにとってはあの頃の俺じゃねえし、ろくに信じてもらえなかったし、まともに話も出来なかったよ」

「照れてんのよそれは。姉さんああ見えて乙女だから。それに信じてないならボクにあなたの事を話してくれるわけないじゃん」

「まぁ、そう言われりゃぁそうかもだがよ」

「ちゃんと会いたいんでしょ? 会って、話がしたいんでしょ? オーデッドさん」

「……」


 オーデッドの視線は虚空に投げられ、どこを見ているのかわからない。

 強いていえば、きっと羅市と過ごした500年前を見ているのかもしれない。

 魔琴は声のトーンを少しだけ落とし、続けた。


「余計な事かもしれないけど、不死美さんにもあなたの事を訊いてみたんだ。もちろん、姉さんとの事ってよりも、どんな人だったのかって」

「……平山に? あいつはなんて言ってたんだよ」

「あの夜、里も城も仕えてた人も守りきれなかった責任を取るために、切腹したって。侍として……外国人なのに、誰よりももとの国の侍らしい、立派な最期だったって。……そんな『真に強い侍』だって、不死美さんは言ってた」

「死ぬことに立派もクソもあるか。あの頃は責任取る切腹ってノリがフツーだったんだよ。今思えば馬鹿な事したよ」

「姉さん、泣いてたって……」


 それを聞いたオーデッドは手のひらで額を抑え、天を仰いだ。

「あのクソ魔女ババア、いらん事までべらべらと……」

「そんな姉さんがあなたに会いたくないわけないじゃん。姿みためが違っても、きっと嬉しいよ。……また会えるんだよ? こんなの奇跡以外の何なのよ。有り得ないチャンスだと思わない?」


 オーデッドは腕を組み、目を瞑り、数秒間押し黙った。そして……。


「……だからって、どうすりゃいいんだよ。会うったって刃鬼おやじがうるせぇだろ。時期が時期だし、許可だの手続きだのと……」

「それは大丈夫。姉さんは人間界こっちに仕事があるから、結構自由が利くんだよ。あと、ふたりっきりになれるチャンスも作れるかもよ」

「……マジか? どうやって?」


 割りと食い気味のオーデッド。その様子に、魔琴は楽しくなってきてしまった。

「マジよ。ボクに任せてよ!」


 ニッコリ笑う魔琴。その笑顔のままオーデッドに問うた。

「あと、もうひとつ訊きたいんだけど」

「まだあんのか? 今度はなんだよ」

「春鬼さんのことなんだけど」

「あ? 春鬼の何よ?」

「春鬼さんはリューの事が好きなの?」


 沈黙……。


 しばしの沈黙のうち、オーデッドがそのうちに潜む春鬼に呼びかけた。

「おーい春鬼、バレてんぞ〜」


 しかし、春鬼からはなんの反応もない。オーデッドは魔琴に耳打ちするような格好をとった。


「お前、なんで分かるんだよ? 春鬼のやつ、それだけはひた隠しにしてんだけど」

「ボクは鼻がいいんだ。恋の香りっていい匂いだから、分かっちゃうんだよ」

「マジか……あのさ、アリスはどうなん?」

「さっきの自信はどこ行ったのよ」


 魔琴はいたずらっぽく笑うと席を立ち、闇を呼んだ。

「それは自分で確かめなよ。お膳立てはしてあげるから」

 魔琴の足元に闇が渦を巻く。マヤが彼女たちの世界へ帰る前兆だ。

 それをよく知るオーデッドは魔琴を呼び止めた。

「おい魔琴、は黙っといてやってくれよ。春鬼こいつ、割りとマジなんだよ」

 「いいよ。その方がボク的にも都合良いし」

「……なんで?」

「こっちの話。じゃあね!」


 そして闇が魔琴を包み、霧散すると彼女の姿は消えていた。



「……アリスともう一度、か……」

 オーデッドは乱暴に腰を下ろすと、春鬼に話しかけた。

「春鬼。お前もそろそろ覚悟決めろよ。じゃねーとあのアキってやつに虎子の妹、取られちまうぞ?」

 しかし、春鬼からはなんの反応もなかった。

「面倒くせぇ野郎だな、お前も」


 彼は立ち上がり、窓際まで行くと既に夕日が差し始めた赤い空を見つめた。

「……あんまり時間ねーんだからよぉ、さっさと動けよこの童貞」


 しかし、春鬼からはやはり何の反応もない。

 オーデッドは深いため息をついた。

 それは彼らしくない、弱々しいため息だった。


「……俺みたいな後悔の塊みてーな奴になりたかねぇだろ、春鬼……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る