第124話 過去は語る19  〜アルティメットトゥルース〜

 私の体に現れた異常。

 いや、この異常は必然なのか……。


『体の維持』が不安定になる事が目立ち始めたのだ。

 ……森羅万象いつしか朽ち果てる。

 特に私のような存在は推して知るべしだ。


 最初は目眩にその影響が現れた。

 やがて動悸、息切れ……程なくして一日のうち数時間、体の構成を維持できなくなった。


 当初はそれを夜間に当てていれば問題は無かったが、すぐに足りなくなった。


 これでは”日常生活”に支障が出る。

 万が一の時は記憶の操作で乗り切ろうとも考えたが、あの宝才は連発すべきではない。

 それは藍殿との約束でもあった。


 そしてここに来てもう一つの懸念が浮上した。

 奉納試合の再開である。  



 以来、中止が続いていた奉納試合が再開されることになったのだ。


 時を同じくして、ここ数年間雲隠れの様に所在不明だった平山不死美が突如、その姿を現した。



「……お久しぶりです、姫様」

 ある日、奉納試合の再開が議題になった武人会議の場にマヤの代表として、再び平山が訪れたのだ。


 彼女は鬼側の奉納試合出場者を既に選出しており、奉納試合に向けてのスケジュール調整の為にやってきたと言った。



 私はこの時代に転生してから彼女と会うのは初めてだった。


 私が何度転生をしても、どんな時代でも、平山は常に同じ姿で同じ微笑みを私に向けている。それは薄ら寒いものがあった。


 私はそのさまに、彼女が魔女たる所以を見た気がした。



 平山のスタンスは鵺の頃から変わらず『和平推進派』だった。

 事実、彼女はあの戦の夜も鬼と人間、双方の戦闘行為をやめさせようと力を尽くしていたと刃鬼から聞いている。


 あれ以来姿を見せないのも戦いを止められなかった自らの力不足に責任を感じて云々うんぬん等とまことしやかに語られていたが、私は全く信じていない。


 この魔女はその程度で神経をすり減らすようなタマではないのだ。

 それなのに、どいつもこいつもみてくれの良さに騙されおって……。



「平山。和平推進派のお前が何故、奉納試合再開に異を唱えない? 普通に考えれば逆ではないのか?」


 久方ぶりの再会を喜び合うことなく、さっそく喧嘩腰の私に刃鬼は青ざめていたが、平山は涼しい顔だった。


「わたくし個人の考えでは、以前から申し上げている通り奉納試合は今すぐにでも撤廃したいと思っております。しかし、そう考えない方々が過半数を占めているのも事実。それが現実なのです、」 



 あの夜の災禍だけではなく、この仁恵之里は古来より鬼の暴力に苦しめられてきた。

 我々武人会はその暴力に直接対抗出来るが、多くの人々はそうではない。


 肉親、友人、大切な者達がその暴力の被害にあっても耐えるしかなかった。

 ……だからこそ、奉納試合はそれらの無念を晴らす場でもあった。

 そしてその無念の数は今現在も決して少なくない。

 皆、口に出さないだけでその終わりのない苦しみに囚われているのだ。


 牙なき人々は、それぞれの仇敵をひとくくりに『鬼』とし、我ら武人に仇討ちを託す。


 人間側から見て、奉納試合にはそうしたがあったのだ。


 鬼への怨恨は、むしろ人間たちの手で奉納試合を再開させてしまったと言っても過言では無かった。



 そしてその夏、仁恵之里の『総意』として、実に7年ぶりの奉納試合が行われる運びとなった。


 鬼側からは甲種上位の鬼が。

 人間側からは勇次の父親……鬼頭流鬼組討・鬼頭勇一きとうゆういちが奉納者として出場した。


 勇一は武人会の武人として正々堂々何一つ恥じることのない戦いを繰り広げたが、敗れ、そして命を落とした。



 仲間が死んだ。

 武人として戦い、散ったのだ。

 その事実は我々に重くのしかかった。

 勇一の息子、勇次には特に……。


 奉納試合に敗れる事は恥ではない。

 勝者と敗者が明確に分かれるだけで、それも優劣ではない。あるのは生か、死か、だ。


 勇一の葬儀の際、勇次は涙を流さなかった。

 その瞳は哀しみの涙ではなく、復讐の炎に燃えていた。


 復讐。

 私はそれを否定しない。

 屈辱や無念を晴らし、奪われた尊厳を取り戻す為には奪い返す行為、つまり復讐こそが唯一の方法だ。


 ……しかし、リューがそれを達成することを私は望んでいない。

 自らが彼女に刷り込み、仕込み、創り上げた『復讐劇』なのに。


 私はリューに、私のようになってほしくないのだ。

 何百年も繰り返し繰り返し、その『復讐』に振り回される哀れな私の様になってはいけない。


 乱尽は憎い。私から大切なものを奪ったあいつが、私はたまらなく憎い。

 この手で殺してやりたい。


 しかし、憎悪は人を人ではなくしてしまう。

 リューは私にそれを教えてくれた。


 だから、彼女は私のようになってはいけないんだ。



 私は矛盾の塊だ。


 リューに復讐なんてさせたくない。

 しかし、その復讐の為の技を伝えている。

 それが矛盾でなくて何なのだ?


 しかし、やらねばならない。

 やらねば死ぬのだ。

 それが武人会の武人だと、勇一がその身を挺して教えてくれたのだ。


 私は悩んだ。しかし、答えなど出ない。

 時間が無為に過ぎていく。

 私に残された時間はあと如何許いかばかりか……。



 その頃には私の体の構成を保てなくなる時間がぐんと増えた。夜間だけではまかないきれない程にだ。


 そこで私は”就職”という理由で家を出ることにした。意図的に仁恵之里を離れ、その間に回復の時間を稼ぐ算段だ。


 それに関しての様々な整合性は蓮角の宝才で取り繕った。藍殿との約束もあって不本意だったが、仕方なかった。 


 私は平日は遠方にて働き、週末には帰ってくることにした。リューに九門九龍を伝授するという大事な使命もあるし、家の事も大斗だけには任せておけない。


「これからはお前が家を守っていかねばならん。大変だと思うが、頼んだぞ。リュー」

 家を出る日、私はリューにそう告げた。

 大斗がもっとしっかりしていればとほぞを噛む思いだったが、リューもその辺りは納得してくれていた。


「うん。お姉ちゃんも、お仕事頑張ってね……」

 寂しさを押し殺して健気な笑顔で私を見送るリューが切なくて、辛かった。

 だがリューの前で『消える』事だけは絶対に避けなければいけない。

 それは彼女に対する誓いだ。

 


 私が家を離れてからというもの、リューは以前にも増して学業も家事も、九門九龍の鍛錬も本当によく頑張った。

 責任感の強いリューらしい成長だった。


 ……それが原因だろうか。

 リューの口調が変わり始めたのはその頃からだ。


 話し方が急に大人びてきたというか、落ち着いてきたというか……誰に対しても『敬語』を使うようになってきたのだ。


 刃鬼はそれを以下のように分析した。

「それはきっとリューの精神年齢が高くなったんじゃないかな。キミがいない分、頑張らないとって思ってさ。だったら心だけでも大人になるしかないって感じでね。 大斗は子供みたいなもんなんだし……それに、なんて言うか彼女、根がしっかり者だろ?」

 

 その原因の一部(というか大部分)と目される大斗は、娘の変化をこう評した。

「確かに家族にまで敬語ってのはアレだけどさ、よそよそしいってわけでもねえし、それもリューの個性じゃねえか?」

 訊く前から分かっていたが、大斗は特に気にはしていなかった。


 私が気にしすぎなんだろうか。


 親友の澄にも訊いてみた。

「リューの敬語? うーん……そうだね、なんかリュー、最近急におねえさんキャラになったよね。というか、真面目キャラって感じかな? あたしはイイと思うよ。リューにはああいう感じ、合ってるし」

 澄は親友の立場からそう言ってくれた。


 当のリューにもじかに訊くことにした。

「私の話し方ですか? ……特に意識してるわけじゃないですけど、なんかもう”癖”ですね。お姉ちゃんはこういうの、嫌ですか?」


 不安そうなリューの顔に、私は慌てた。

「ぜ、全然嫌じゃないぞ。むしろ落ち着いていて良いと思う。武術家は常に冷静でいなければいかんからな。うん」


 リュー本人がもはや癖だと言うんだ。それでいいじゃないか。

 私が単に意識しすぎなのだろう。



 私は刃鬼のつてで、ある大学の研究室に助手として勤務することになったのだが、それはあくまでも形式上の就職であって、実際出勤することはほとんどなかった。


 最初は出来るだけ顔を出すように心がけていたのだが、じきに体の維持が困難になり、

 私はほどなく完全な”幽霊社員”になりかけた。


 そのままでは色々と都合が悪いので、心苦しかったが蓮角の宝才によって私が勤務しているという偽の記憶を作り上げ、その間をすべて”完全充電”に充てる事にしたのだ。



「すまないな、刃鬼。お前にはいつも迷惑ばかりかける」

「水臭い事言うなよ。それに、その分君にも頑張ってもらってるんだから」


 何を頑張っているかといえば……別に頑張っているとかいう意識は無いが、仁恵之里の武人たちの育成だ。


 私は私の持てる限りの技術や経験をリューに限らず、仁恵之里のこれからを担う武人たちのために役立てたいと刃鬼に申し出た。

 いつも世話になってばかりでは格好もつかんしな。



「おう春鬼、調子はどうだ?稽古の相手をしてやろうか?」

「やぁ虎子。それではお言葉に甘えてお願いしようかな」




「勇次の蹴りはやや横にぶれる癖があるな。支えてやるから蹴ってみろ。……もっと私に体を預けていいぞ」

「お、押忍……」

「遠慮するなよ。支えてやるから、ほら」

「お、お、押忍……」




「澄の識は流れさえ整えればもっと良くなるぞ。そのコツを教えてやろう……どうだ? 何か感じたか?」

「……あ、今、何かいい感じだったよ。こんな感じ?」

「そうだ。……うむ、流石は澄だな、飲み込みが早い」

「……いいなぁ、虎ちゃんは」

「ん、何がだ?」

「美人だし強いし、なんでもできちゃうし。羨ましいよ」


 何を言うか。私に出来る事なんて”戦う技術”をお前たちに伝える事ぐらいじゃないか……。


「……ふふふ、私より澄の方が出来る事は多いよ。それに、きっと私よりいい女になるさ」

「え~、そうかなぁ。自信ないなぁ」

「はっはっは、大丈夫。私が保証するよ」




 リューは高校生になり、九門九龍の腕も私に並ぶほどに成長した。

 武人会でも指折りの武人になり、信頼も厚い。

 12年前の災禍により武人の数が激減したため、今は高校生でも武人として戦わなければならない。


 本来なら16歳や17歳で武人なんていうのは限られた天才の成せる業なのだが、どういうわけか、この時代にはその天才が揃ってしまったようだ。

 リュー、春鬼、勇次、澄……若き武人たち。



 リュー。

 お前は私の自慢の妹だ。


 本当の姉妹なら……。

 私が雪と大斗の子で、本当にリューと姉妹だったらと、いつも思う。


 月を見上げ、私は願う。

 もう一度生まれ変わることが出来るのなら、今度は武人でもなんでもない、ただの人間として生まれ変わりたい。


 そしてリューや大斗、雪と……私の4人。その4人で、家族として暮らしたい。

 慎ましやかでいい。穏やかに……本物の家族として、暮らしたい……。


 叶うはずのない、その願い。

 それが分かっているから、私の涙はいつも止まらないのだ。


 そうして、私の夜は更けていくのだ……。

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