第123話 過去は語る18 〜木漏れ日の中で〜

 私はこの体になってしばらく経った頃、あることに気がついた。

 九門九龍の技が少しづつアレンジされているのだ。


 つまり『私の九門九龍』と、この体が覚えている『九門九龍』……つまり、『雪の九門九龍』とに差異があるのだ。


 私の身体は雪の遺志によって存在している。

 或いは彼女の生命力そのものが下地になっているのだろう。

 彼女の関節や筋肉の癖がそのまま残っていて、それが細かな差異に表れているのだと私は考えた。


 私の中にある九門九龍をそのまま再現すると、それはそのまま『雪の九門九龍』へと自動的にシフトしてしまうのだ。


 意識すれば私の九門九龍を繰り出すこともできるので、これは『個人差の範囲内』ということで特に問題とは思っていなかったが、私は改めて検証をしてみることにした。



 結果は驚くべきものだった。

 全ての技、型、武力の操作に至るまで、すべての技術にアレンジは及んでいたのだ。


 そしてそのすべてが攻撃のみならず、防御を強く意識したものになっている。

 基本は全く崩さず、細かい部分の完成度をより高めていたのだ。 


 九門九龍は効率を重視するため、防御に少々隙があることは自覚していた。

 だがそれは経験と技術でカバーすれば問題のない事。

 私はそう思っていた。


 しかし、鵺……特に雪はそう思ってはいなかったようだ。


 技の癖でそれが鵺のアレンジかどうかは手に取るようにわかる。それ以外は雪の手によるものということになる。

 そして、そのアレンジの多くは雪の手によるものだったのだ。


 攻撃と防御が表裏一体となった無理のない動き。

 自由自在に力加減を調節できる体捌き。

 腕力だけに頼らず、速度で相手を翻弄する技巧。


 これはおそらく、おそらくだ。

 予測の範疇は越えていないが……、

 これはリューのためにアレンジされている。

 はっきりとした根拠は無いが、そんな気がしてならないのだ。


 きっとリューは成長しても小柄で細身だろう。腕力にも期待できない。

 だからか、雪の九門九龍は力よりもスピードやテクニックに重点を置いている。武力の配分もそれに則している。


 そしてなにより”伸び幅”が設けられているのだ。その技を決して『完成』と決めつけず、肉付けの余地を残している。

 しかもそれは未完成というわけでもない。それぞれが十分な『可能性』を秘めた一つの形になっているのだ。


 私は震えた。

 鵺も相当な天稟をもっていたが、雪はそれ以上……!

 もちろん、私はリューにも計り知れない才覚を感じている。

 俗に『天才が三代続けばその武術は完成する』などと言われているが、これは、まさに……!!


 そうか、これがお前の『遺志』なのだな、雪……。



 私は改めてリューに九門九龍を教えることにした。

 もちろん、『雪が遺した九門九龍』をだ。


 しかし、リューが再び九門九龍を受け入れてくれるかどうか不安だった。

『私の九門九龍』が原因であんなに怖い思いをしたのだ。

 嫌がっても無理はないだろう。


 しかし、リューは自ら進んで九門九龍を教えてほしいと言ってくれた。

「おねがいします!お姉ちゃん!」


 私は感激にむせび泣きそうになったが、今度は堪えた。

 泣き虫の師匠など格好悪いからな。


「よし、いいか? リュー。先ずは防御から始めよう」

「はい!」

「防御の基本はな、意識を身体の表層に集中しつつ、深層からの”武力”で表層のダメージを相殺するんだ。わかるか?」

「わかんない」

「うん。そうだよな。では、自由にやってみなさい」

 そう、まずは守ることを教えよう。生き延びるすべを教えよう。



「……できた! できたよお姉ちゃん!」

 リューが歓声をあげた。

 そのさまを目の当たりにし、私は率直に驚いていた。


 防御の基本を教え始めて数時間。リューはその数時間で防御の基本をあっさり会得してしまったのだ。

「すごいぞリュー! よくやった!!」

 私は思わず声を出して褒めた。純粋にうれしかったのだ。

 リューもとてもうれしそうな顔をしている。


 よくよく考えてみれば、鍛錬の中でリューを褒めたのはこれが初めてだった。

 私は思わずリューを抱きしめた。

 この素晴らしい弟子を、愛しい妹を、抱きしめずにはいられなかった。


「お、おねえちゃん? どうしたの?」

「なんでもないよ。なんでもないが……もう少しの間、こうさせてくれ……」

「……うん。いいよ……」



 敢えて意識しないようにしていが、リューはやはり「さくら」にそっくりだ。


 私と藍殿の大事な大事なひとり娘、さくらに……。



 私とリューは毎朝、雪の仏壇に手を合わせるのが日課になった。

「おかあさん、おはようございます!」

「おはようございます」

 あの山での一件以来、こうして毎朝リューと私は並んで仏壇の前で手を合わせている。


 それ以前は仏壇の前に座るのをあんなに嫌がっていたリューが、今や毎朝の挨拶を欠かさない。

 彼女は母の死を受け入れ、それを乗り越えたのだ。



「さみしいと思う時もあるけど、お姉ちゃんがいてくれるもん! 大丈夫! さみしくないよ!」

 何気なくリューに『母がいなくてさみしいか?』と聞いた時、そう返された。


 また泣いてしまうところだった。

 いや、実は少し泣いたんだが……いかんな、私も歳か。涙腺が弱くなったようだ。



「今日、図工の時間に描いたんだよ!」

 ある日、そう言ってリューは『おねえちゃん』と題された肖像画を見せてくれた。


 黒と肌色と赤のクレヨンが入り乱れた豪快な筆致で私が描かれている。

「おお、これはまた芸術的だな〜」

「いちばん好きな人を描きなさいっていう授業だったんだよ! これ、おねえちゃんにあげるね!」


 それを聞いた大斗は「お、俺は?」とうろたえ、半泣きだった。

 ……ふっふっふ、勝った!


「あっはっはっは!おまえは本当に可愛い奴だな、リュー! ……ありがとう、嬉しいぞ!」

 私はリューを抱きしめて思いっきり頭を撫でた。嬉しくて実は私も半泣きだったが、なんとか誤魔化そう。

「よしよし! 良い子良い子〜」

「うきゃ~!きゃははは!」

 リューがすっかり元気になったからだろうか、なんだか『素の私』が出せるようになってきた。


 今まではどこか自分を作っていたが、いつしか自然とそれを忘れていた。


 これでいいんだ。私はありのままの私でリューに接しよう。



 満ち足りた日々だった。

 私にとって、リューは全てだった。


 師として九門九龍を伝え、それを余すところなく吸収していく愛弟子として。

 同時に愛する家族、愛しい妹として。


 私はリューと過ごす毎日に久しく感じていなかった安らぎを実感し、それを噛み締めていた。


 しかし、安寧の日々は長くは続かなかった。


 私の体に異常が現れ始めたのだ。


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