第121話 過去は語る16 〜私は、一之瀬虎子〜
有栖は途方もなく強かった。
そして自慢じゃないが、私だって途方もなく強い。
その二人が「もう十分」と言うまで全力を尽くして戦ったのだ。
私は立つ力さえ戦闘に使い切ってしまった。
有栖はというと、彼女も疲労困憊といった様子で大きな岩に背中を預け、それでも瓢箪を傾けて酒を飲んでいた。
「あー……やっぱお前さんは最高だわ。あたしが男ならマジで結婚申し込んでるぜ」
「……毎日喧嘩ばかりの新婚生活など願い下げだよ」
軽口を叩きあう私達の間に因縁や憎悪はない。むしろ清々しい気分だった。
「さァ、そろそろ帰ろうかね」
有栖は遠くからやってくる人の気配を察知し、よろよろと立ち上がった。
武人会の助けがやってきたのだ。
「あいつら、あたしらが落ち着くまで待ってやがったな」
有栖は笑う。私もつられて笑ってしまった。
「逆の立場なら私もそうするさ。巻き添えは御免だ」
「あたしは巻き込まれたいがね。楽しい喧嘩は大歓迎だよ」
有栖の足元に闇が渦を巻き始めた。
「虎子、今日は楽しかったぜ。ありがとよ」
そして柄にもなくウインクをした。
「これで貸し借りナシだぜ」
有栖が何を言わんとしているかは分かっている。だから私も頷くだけで余計な言葉は添えなかった。
「じゃあな虎子。またな」
そして有栖は闇とともに去って行った。
「……また、か」
全身の激痛が「もう沢山だ」と訴えていた。
(有栖は立ち上がったが、私は立てそうにないな……)
これが命の取り合い、真剣勝負なら……と考えてしまう。
もしそうなら、私はここで終わりだ。
(有栖が腕を上げたのか、それとも私が……)
私の体はあくまでも借り物に過ぎない。
何故実体を持つのかもよくわからない「容れ物」だ。
この体を構成するのはおそらく私自身の武力と、あとは……。
(雪の遺志、なのか……)
万物はいずれ衰え、滅びる。
私とて例外ではない。武力もまた然り。
幾度も転生を重ねるごとに衰えていても不思議ではない。
つまり、この体がいつまで持つかもわからないのだ。
(そうであれば、私のやるべきことは……)
雪の遺志、雪の願いに思いを馳せ、目を瞑ると意識は急激に遠のき、私は眠ってしまった。
………
……
…
目を覚ますと、私は布団の上に寝かされ、体のいたるところに包帯が巻かれていた。
左腕に添え木がされているところを見ると骨折もしているのだろう。
全く気が付かなかった。
幸いなことに欠損している部分は無いようだ。
痛みはたいして感じない。あまりの激痛に感覚が一時的に麻痺しているのだろう。
完全な手当をされていた。
そしてこの空気は武人会本部。
それで合点が行った。
(私は、助けられたのか……)
あの後、きっと武人会の捜索隊に救助されたのだろう。
ふと気がつくと、リューが私の胸のあたりに顔をうずめて眠ってた。
「リュー……」
声が上手く出ない。どうやら気管や内臓にも相当ダメージを負っているようだ。
その掠れた声に反応したリューがゆっくりと目を開いた。
「……おねえちゃん? ……おねえちゃん!」
驚いて顔を上げたリューだったが、その顔もすぐに泣き顔に変わっていく。
「お、おねえちゃん……おねえちゃん! おねえちゃあああんん!!」
リューは号泣した。私に抱きついて耳元で泣き叫ぶのだ。
すがりついて泣くものだから、私の顔もべとべとになってしまうではないか。
「よかった! 死んじゃったかと思った! よかった……よかったよぉおおお!!」
私の頬を濡らしているのはリューの涙か?
それとも私の涙か?
いや、2人分の涙だ。
切なくて、申し訳なくて、嬉しくて……私の涙も止まらなかった。
……体は動くか?
せめて今は片方の手だけでもいい。動いてくれ。リューに触れたいんだ……!
やっとの思いで動いた右手。ようやく触れる事の出来たリューの頬。
やわらかくてすべすべで、涙と鼻水でぐしゃぐしゃじゃないか……。
「すまなかった……本当にすまなかった。リュー、許してくれ……」
私はお前の姉であり、師であると自ら宣言したにも関わらず、今日の今日まで師としても、姉らしいことも、何一つしてやらなかった。
ただひたすらに戦闘技術を叩き込み、お前をただの戦闘機械にしようとしていた。
言って分からなければすぐに手を上げた。まるで所有物のように扱った。
あまつさえお前を危険にさらし、事の重大さに今まで気がつかなかった大馬鹿者だ。
そんな私を、まだ姉と呼んでくれるのか? 妹よ。
「リュー……リュー!」
「おねえちゃん……おねえちゃん!!」
体の自由が利かないのがもどかしい。
この体が自由なら、お前を抱きしめる事が出来るのに。
やがて、リューは泣き疲れて眠ってしまった。
(ふふ、こんなにぐしゃぐしゃのまま眠ったら、後が大変だぞ……)
こうしてお前の頭を撫でる日がこようとは。
さんざん拳骨を食らわせて悪かった。
こうしてお前の頬を撫でる日がこようとは。
さんざん平手を見舞って本当にすまなかった。
あんなものは愛の鞭でも何でも無い。ただの、私のエゴだ。
もしお前が望むのなら、わたしはどんな罰でも報いでも受けよう。
それでも償いきれない罪を、私は犯していたんだ……。
ふと、部屋の外に人の気配。
「……虎子、起きたか?」
大斗が現れた。顔を見るのがつらかった。
「リュー、寝ちまったか」
「ああ。泣き疲れて眠ってしまった」
「一晩中お前の傍に居たんだぜ。うなされてるお前の汗ふいたり、頭冷やしたりしてたんだよ」
ふと見ると、枕もとに水の入った桶とタオルがあった。
目頭が熱い。
くそぅ、大斗の前で二度も泣くとは。
……いや、もういい。今は素直になろう。
「……大斗、本当にすまなかった」
私の謝罪に、大斗は何も言わなかった。
もし大斗が私を罵ろうと張り倒そうと、私は文句を言うつもりはない。
だが、彼は怒りもせず罵りもせず、ただ私の頭に優しく、その無骨な手を置いてそっと撫でたのだ。
「無事でよかったぜ。リューも、お前もな」
もうだめだ。これ以上耐えられない。
私は声を上げて泣いた。
その姿を
気恥ずかしいが、今はそれでいい。
かりそめとはいえ、大斗は私の父親なのだから……。
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