第118話 過去は語る13  〜この進撃は止められない〜

「先ずは戸籍だな。必要なものは何から何まで揃えて『一之瀬虎子』という存在を創り上げてくれ。あと、仁恵之里高校の全校生徒と職員の資料もくれ。皆は私を知っているが、私は皆を知らないからな。明日までに全て覚える。手間を取らせて済まないが、よろしく頼むぞ、刃鬼」


 私の依頼に、彼は直ぐに行動に移してくれた。

 私は早速彼のオフィスで資料に目を通し、『一之瀬虎子』という存在を確たるものにする作業に勤しんだ。



 刃鬼のオフィスは洋室で、内装もさることながらデスクからライトまでなかなか良いセンスでまとめられていた。

 彼の父・有馬聖鬼の嗜好を受け継いだのだろうか。刃鬼の机を眺めていると聖鬼を思い出してしまう。 

 

(この写真立ては……?)

 古びた写真立てが私の目に止まった。 

 その写真立ても洒落たデザインだったが、その中の写真に目が行った。


 写真には刃鬼、大斗、雪、そして見たことのない男が写っていた。

 

「なぁ刃鬼、このひとは?」

「秋一郎だよ」

「……?」

「そうか、虎子が知るはずがないか」


 刃鬼の寂しそうな表情から、1年前の戦いで命を落とした友人なのかと察してそれ以上詮索はしまいと思ったが、刃鬼はその写真立てを大切そうに手に取り、じっと見つめた。


「友達さ。僕ら4人は仲が良くてね。でも、彼だけのあと仁恵之里を離れてしまった。今どこで何をしているのかな……」

「行方がわからないのか?」

「うん。今も探してるんだけどね」

「……そうか」


 去年の

「秋一郎氏」に何があったのかはわからない。しかし、あの戦を生き延びた彼がそれでも仁恵之里を去ると言う選択をするほどの出来事があったのだろう。


 私はそれを詮索するつもりも無いし、知りたくもない。


 笑顔で写真に写る4人。それを引き裂いたのは紛れもなく『鬼』共だ。


 雪の顔は見れば見るほど私に似ている。

 リューを私に託した雪。

 なぜお前は私を自分に似せた?

 自分の遺志を明確にする為か?

 そうであれば、私がやるべきことはひとつだ。


「武人会は強くあらねばならない。悲しみや憎しみをこれ以上増やしてはいけない。そうだよな、刃鬼」

「……そうだね」


 刃鬼は何かを含んでいたが、私の考えは間違っていない。

 私は正しい。

 そう信じていた。



 翌日、生まれてはじめて「高等学校」という場所に行った。

 鵺は高校へは進学せず、中学卒業と共に武人会に就職という形をとっていたが、戦後間もない山間部の田舎町では中卒で働くということは決して珍しい事ではなかった。


 今思えば無理にでも進学を勧めるべきだったと思わなくもないが、当時と現代いまを比べても仕方のないことだろう。

(今ではほぼ全ての若者が高校へと通えている……それは仁恵之里が豊かになっている証拠でもあるのだろうな……)


 私はそんなことを考えながら仁恵之里高校の門をくぐった。

 ……中々どうして。かりそめの学生生活であると分かっていても、校舎に入ると心が弾んだ。


 蓮角の宝才と『予習』のおかげですんなりと他生徒の輪に溶け込むことが出来たが、私の目的は青春を謳歌することではない。


 昼休み、ひとりの上級生が私の教室を訪ねて来た。

「一之瀬虎子さん、いるかしら?」

 背が高く、スタイルの良い、美しい女生徒だった。

 その女生徒が現れるなり教室の空気が変わった。


 彼女に向けられる羨望や憧憬を忍ばせる視線に、彼女が生徒の中でも一目を置かれる存在であることは明白だった。 


 私はそれすらも自分にとって重畳だと感じていた。


 着席していた私は立ち上がり、その女生徒の方を向いて笑顔を見せた。

「はい。何でしょうか、


 その上級生の名は蓬莱常世。

 あの蓬莱の巫女の子孫……の蓬莱だ。

 私は彼女が同じ高校の3年生で、かなりの才媛であることも、教師や他生徒達からの人望も厚く、生徒会長を務めていることも事前に知っていた。


「ちょっといいかしら?」

 蓬莱は私を教室から出るように促した。

「今からですか?」

「今すぐよ」


 教室は何事かとざわついたが、蓬莱が生徒たちに向かって微笑むと、みんな安堵したように落ち着きを取り戻した。


 それだけでも彼女が生徒達に信頼されている証左であろう。


 私は蓬莱に連れられるままに『視聴覚室』という普段はあまり使われない教室へ連れて行かれた。


 入室し、鍵を閉める蓬莱。薄暗い密室に、私達はふたりきりになった。


「……それで、どんなご用でしょうか? 蓬莱先輩」

 言うが早いか、蓬莱は私に抱きついてきた。

「ひ、姫様……びめざまぁああ……!」

「……久しぶりだな、蓬莱」


 蓬莱はまるで戦場から帰還したあの時の様に、私の胸で泣いた。

「まさか、まさかまたお会いできるなんて……!」

「ははは、私はそう簡単にはくたばらんよ。私にはやらなければならないことがあるからな。協力してくれ、蓬莱……」


 そして私は生徒会副会長の肩書を自分のプロフィールにし、蓬莱と共に生徒会の運営にも携わることになった。


 美女という表現がぴったりと嵌まる蓬莱と、美少女そのものの私……ふたりが並んで歩く姿はそれだけで生徒達の耳目を集めた。


 それは純粋に人を惹きつける力になり、やがてそれが人々を扇動する勢いに変わる。

 つまり、それが『地位』というものなのだ。


 お膳立ては整った。

 私が実力を伴った武人として中枢に位置する武人会。

 そして蓬莱の庇護の元、学校という地域社会に根付いたコミュニティに於ける地位の確立。


 それはやがて私と直接会った事の無い者まで私を勝手に「素晴らしい人物」だと認識するようになる。

 そんな、まるで政治家のような身の上が面白可笑しかった。


 私の計画の実現には『武の実力と発言力』という2つの力と『リューの力』が必要だった。


 その肝心のリューだが、予想以上の上物だった。

 恵まれた体格とは言えないが、体は柔軟で伸びがある。なにより『武力』が強い。

 こればかりは生来のものだ。リューはこと武力に関しては抜群の素質を持っていた。


 私は早速リューの修行を開始した。

 6歳児には過酷な鍛錬であったと今では罪悪感を覚えるが、当時の私はそれすらも正しいと思っていた。


 私はそこに『復讐』という要素を盛り込んだ。


 母の仇を討つ。


 その絶対的な目的をリューの精神に植え付け、それを心の支えにさせた。


 だからリューは涙を流そうが血反吐を吐こうが私に付いてきた。  


 そんなリューに、私は興奮していた。

 目的が達成される日もそう遠くないと感じていたのだ。


 私は毎夜毎夜、真っ黒い空に向かってほくそ笑む心持ちでいた。


 憎い憎い鬼どもよ。震えて待っていろ。

 

 首を洗って待っていろ。

 

 私から大切なものを奪った外道共よ、覚悟しろ。


 私とリューと武人会が、貴様らを一人残らずみなごろしにしてやる。


 根絶やしにしてくれる……!!



 私はその感情に快楽すら覚えていた。

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