第117話 過去は語る12  〜私の時代がやってきた〜

 翌朝、家の前に1台の高級車がやってきた。

 武人会からの迎えだ。


「おはようございます。お迎えに上がりました、虎子様」

 車から出て恭しく頭を垂れる若い運転手の男。

 私は彼を知らないが、彼は私を知っている。蓮角の宝才はしっかりと効いているようだ。

「うむ、おはよう!」


 爽やかに挨拶を交わす私に、大斗は神妙な顔をしていた。

「マジで催眠術ガンギマリじゃねーか……」

「正確には宝才という技だがな。それより、私は運転手かれの名を知らん。何という名前なんだ?」

「藤原だよ。下の名前はタクヤだっかタクゾウだったか……」

「まぁ、苗字が分かれば問題ない。では、行ってくる」

 私は大斗に軽く手を振り、門を出た。


 それは傍目に見れば出掛ける娘を見送る父親、というような光景なのだろう。

 そう思い、ほんの少し可笑しい気分になった。


「如何なさいましたか? 虎子様」

 後部座席に乗り込んだ私に藤原が首を傾げた。

「いや、なんでも無い。さぁ、早く出発しよう藤原」

「かしこまりました」

 そう言って静かにドアを閉める藤原。

 間もなく高級車らしい上等なエンジン音と共に、車は発進した。


 私は後部座席の窓を開け、大斗に向かってこれみよがしにで手を振ってやったが、大斗はなんの反応も示さず、ただただ無表情のままで私を見送った。

「ふん、ノリの悪い奴だ」

 別にどうでもいいのだが、ほんの少しだけあの仏頂面が気に入らなかった。



 武人会本部に到着し、一番最初に感じたのは『近代化』だった。


 私の時間は30年以上状態だったので、昨日の晩にこの30有余年にどんなことが起こったのか、またどの程度科学や医療が進んだのか知るために、私は大斗の協力のもと深夜まで『お勉強』していた。


 だからこの武人会が如何に進化したのかが手にとるように分かってしまう。

 ……その恐ろしいほどの変貌ぶりに私は戦慄すら覚えていた。


(外壁に防犯カメラが何台も……要るか?)

 敵襲なんぞ目視するまでもなく気配で察知し即撃退が基本だろうが。あんなものに頼るから本能的な感覚が鈍るのだ。


(全く、便利になりすぎるのも困りものだな。ただ、あのインターネットというモノはなかなか面白かった……)

 何となく辿り着いた某掲示板サイトのせいで私のお勉強が深夜まで及んだのだが、これは内密に願いたい。



 武人会本部、つまり有馬家の姿はさほど変わっていなかったが、かなり増築や設備投資に力を入れていたのが見て取れる。そして修繕の痕跡もまた同様だった。

(ここも襲撃を受けたか……)


 本陣に攻め入られた事を叱責するつもりはない。そもそも私にそのような権利は無いし、仮に占拠されたのであれば既に本部は消滅しているはず。命懸けで此処を死守した仲間たちを誇りに思った。


 藤原から案内を引き継いだ有馬流の門弟により、私は応接間へ通された。

「こちらで少々お待ち下さい」

 そう言って門弟が下がったあと、じっくりと部屋を見回して思わずため息が出た。

 ここは私が鵺の中にいる頃に通された部屋と同じ部屋なのだ。


(何もかもが懐かしい……)

 内装は真新しいものの、端々にあの頃の名残が残るこの座敷。

 目の前の一枚板のテーブルは流石に取り替えられていたが、数十年を経た年季を感じさせる細かな傷跡が見受けられた。

 時の流れを痛感した。


 ふと、ふすまの向こうに何者かの気配を感じた。

「……入ってもいいかな?」

 聞こえてきたのは、どことなく飄々とした、男の声だった。

「どうぞ」

 私が応えると、背の高い細身の男が部屋に入ってきた。


「お待たせしちゃってごめんねぇ」

 男は長い髪を後ろで1つにし、細い目を一杯に下げて人の良さそうな笑顔で私に詫びた。

「いえ」

 私の返事が短かすぎたか、男は私が不機嫌なのかと勘繰るように、さらに申し訳無さそうに笑った。


 弱そう。

 それが彼に対する第一印象だ。

 同時に、巧妙だと感心もした。


「では、改めて……有馬ありま刃鬼じんきです」

「一之瀬虎子です」


 その一言で、彼が私をを理解した。

 宝才の効きが悪かったか、それとも意図的に躱したか……?


 いずれにせよ、彼は満面の笑みを私に向け、言った。

「じゃあ早速なんだけど……」


 避けてごらん。


 彼がそう言った次の瞬間、私の眼前に眩い『十字』が閃いた。


 刃鬼が抜刀したのだ。

 目にも止まらぬ居合い抜き……その音を置き去りにする抜刀のはやさはまるで稲妻。閃光にも似たそれは一瞬の出来事だった。


 何も持たない状態から、刀を顕現させての抜刀。これは刃鬼が有馬の血を引く正当な武人である証明でもある。

 果たして、彼の持つ『しき』は、如何なる物か。 


 私はその閃く十字を間近で目撃したが、触れることは無かった。

 だが、思わず触れたくなる様な美しさがあった。

 その危険な色香も技の内だというのなら、彼の腕前は聖鬼と同等か、或いはそれ以上……。


「有馬の剣まで進化したか。まるで浦島太郎の気分だよ」

 私が笑うと、目の前のテーブルから何かが軋む音がした。そして刃鬼の刀が鞘に収まり、鍔鳴りがしたと同時にテーブルは4つに別れて崩れ落ちた。


「有馬流・四葉刀よつばとう……御美事おみごと!」

 私は思わず拍手を贈っていた。それほどに彼の腕前が素晴らしかったということだ。


 しかし刃鬼は喜ぶどころか、泣き出してしまった。それだけに留まらず、彼は刀を脇に置き、私に対して平伏したのだ。

「ちょ、おいおい、いきなりどうした?」

「……突然の無礼、どうかお許しください!」


 畳に額を擦り付けんばかりの彼を私は慌てて止めた。

せ、そんなことをする必要はない!」

「いえ……私は貴方様を試すような真似を……どうかお許しを! 龍姫様!!」

「別にいいから顔を上げろよ。私の実力を量るのもお前の仕事の内だと理解してるよ。それに、お前の親父にも同じ事をされたし」

「はい、父からも聞き及んでおります。貴方様の事は何度も何度も聞かされました。そしていつかまた、仁恵之里の危機……ひいては地球の危機を救うために再臨されるとも!」

「いや、そこまでハードルを高くされるとちょっと……」


 聞けば、刃鬼は聖鬼から私の事を詳しく教えられていたらしく、聖鬼の持っていた私についての情報は、そのまま彼に伝えられていたようだ。

(予め知っていたから宝才が効かなかったのか……)


 ということは、明日学校で出会うであろうも同じ状態と見て間違いない。話が早くて実に助かる。


 この状況、そして私に対する刃鬼の反応は、私のには好都合だった。

 私はこのお膳立てされた環境に口角が吊り上がる思いだったのだ。


「……刃鬼よ、私とともに新しい武人会を作ろう。私達が私達の手で造り上げる、新世紀の武人会だ!」

 私は刃鬼に手を差し伸べ、彼はそれを取って立ち上がった。


 その時、自分がどんな表情かおをしていたのか……今思うと、おぞましくすら思う。


「はい、いつかこのような日が来ると確信していました。わたくし有馬刃鬼、及ばずながら粉骨砕身の志で貴方様と……」

「……ちょっと待て、刃鬼」

「はい? なんでございましょう?」

「なんていうか、その固っ苦しい喋り方をやめてくれ。確かに私は元龍姫だが、今はただの一之瀬虎子だ。武人会の長が小娘相手にペコペコしているのは不自然だろう? それ相応に扱ってくれ。ですますなんて不要だよ」

「いや、しかし……」

「いいって。そのほうがこちらもやりやすい」

「……わかりました。では、あなたも私に敬語を使う必要はありません」

「いやいや、それはまずいだろ。さっきも言ったが不自然だ」

「いいえ。武人会は実力主義ですからそれでいいのです。それは以前もそうだったのでは?」

「……ほう、それはお前より私の方が上だと認めるということか?」 


 私の質問に、刃鬼は実に深みのある笑みを浮かべて答えた。

「上か下かは判断材料に欠けますが、同等だとは認めます」

「……ははっ!」


 親子揃って、この私に面と向かって

 私は思わず笑ってしまった。

 刃鬼も楽しそうに笑っていた。


「……キミさえ良ければ今この場でどちらが上か決めようか? ……」

「嬉しいお誘いだが、またの機会にしよう。今は先にやることが山積みだ」

「そうだね。じゃあ、その時を楽しみにしてるよ」


 そう言って右手を差し出す刃鬼。

 まったく、有馬の男はいつの世も馬鹿者ばかりで退屈しないな。


 私は彼の手とり、固い握手を交わした。


 そうして私は、私のの第一歩を踏み出したのだった。

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