第116話 過去は語る11  〜新世紀の武人会〜

 私はを以下のようにした。


 一之瀬虎子17歳。

 仁恵之里高校2年生。

 成績優秀スポーツ万能、九門九龍は免許皆伝の腕前で、仁恵之里武人会正武人に名を連ねる美少女武術家。好きな食べ物はなめたけ。お酒はぬるめの燗が好き……


「酒はダメだろ自分で高校生って言ってんのに」

 大斗の突っ込みで我に返った。


「そうか、では晩酌は当分お預けだな」

「まぁなんでもいいけどよ、こんななんてして、何をどうすんだよ」

「私というアイデンティティが必要なんだよ。最低限、この程度はないと効果が薄い」

「効果? 何の?」

「『おまじない』だよ」


 私は大斗と共に庭へ出た。

 既に日は落ち、薄暗い。

 風はやや強めだが、むしろこの風を利用したい。


 私は庭の中央で背筋を伸ばし、呼吸を深くした。

 そんな私に大斗は珍獣でも見るような目を向けているが、気にしない。


『蓮角の宝才』を使うのは久しぶりだ。


 これからは頻繁に使わざるを得ないかもしれない。


 藍殿と「みだりに使うのはやめよう」と約束をした『人の記憶を操る』この技。

 その約束を、私は破ってしまうかもしれない……。


「……ごめんなさい、藍殿あなた……」


 そして私は柏手を打つような要領で一発、思い切り手を鳴らした。


 ッパァン!!!!


 仁恵之里中に響き渡る、耳をつんざく破裂音。

 そのあまりの音の大きさに大斗が悲鳴を上げた。


「うわぁ! 何だ今の?!」

「これが私のおまじないさ」


 私の『音』が仁恵之里に響き、そして認識を塗り替えていく。


 消えていく残響が、『作業』の完了を告げた。


「お、おい。おまじないって、なんなんだよ」

「平たく言えば催眠術さ。先程設定したを、この世に『上書き』したんだ。つまりさっきの『音』に乗せて私の存在を生きとし生けるもの全てに認識させたんだ。だから現時点で仁恵之里の住人全員が、私を知っている事になる」


 大斗は完全に私を疑っている……というか、既に白い目で見ていた。

「……お前、頭大丈夫か?」

「ふん。まぁ見ていろ」


 大斗は私を小馬鹿にしきった態度だったが、それもほんの僅かな間の事だった。


 すぐさま彼のズボンのポケットから賑やかな音が鳴り響いたのだ。


「ん、なんの音だ?」

「電話だよ」

「電話? その小さな板が電話なのか? 現代の文明はそこまで進歩しているのか……」

「はぁ? 何言ってんだよお前?」

「まあいい。なんでもいいから早く出ろよ」

「わかってるよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる私に眉を顰めながら電話に出た大斗。

「もしもし……は?」

 電話の向こうの相手の言葉に、その眉間の皺は一瞬で消え去った。

「わ、わかった。伝えるよ……」

 大斗は目を点にしながら電話を切った。


「武人会の会長か?」

 私がクイズに答えるように指差すと、大斗は跳ね上がるように驚いた。

「な、なんでわかるんだ?!」

「だから言っただろ? みーんな私を知っているって。で、会長は私に何を伝えろと?」

「あ、明日の朝10 時に本部へ来てくれって……」


 予想通りの展開だ。

 大斗は未だに信じられないというような、まさしく阿呆の様な顔をしていたので、思わず吹き出しそうになってしまった。


「うむ、承知した。して、今の会長の名は?」

「有馬、刃鬼じんき……」

「ほう、鋭い名だな。聖鬼もなかなかのセンスよ」

 楽しそうな私と対象的に、大斗は私の起こしたに慄いてすらいた。

「お前、本当に……」

「おいおい、私はお前の娘だぞ? 『虎子』と名前で呼べよ。


 言って即、違和感しか感じなかった。

「……お前を呼ぶ時は『大斗』でいいか?」

「好きにしろよ……」


 大斗が私に対して懐疑的な感情を抱いているのはわかっていたし、無理もない事と思う。

 しかし、それはどうでもいいことだ。


 彼との関係も所詮を達成するための『かりそめの家族』だ。

 このくらい距離を感じていたほうがむしろ都合がいい。

「明日が楽しみだ……」


 私は既に暗くなった空を見上げ、誰にともなく不敵な笑みを向けたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る