第112話 過去は語る7 〜平和な時代に於いての武〜
ある日、ひとりの女が仁恵之里に帰ってきた。
背の高いその女は何故か米軍兵士と同じ服装をしており、米兵の運転するジープで現れた。
既に日本は連合国軍の占領下ではなかったにしろ米軍の車両で現れたその女に住人達は何事かとざわついたが、そんなものは気にもとめず、彼女は里に着くなりまっすぐ武人会本部へと駆けつけ、私を見つけて涙を流してわんわんと泣いた。
「お、おい? なんだお前は??」
困惑する私に、彼女は開口一番こう言ったのだ。
「お久しゅうございます! 姫様ぁ!!」
平山以外に私のことを姫と呼ぶ者は裏留山ぐらいのものだが……?
というより、なぜ彼女は私が『龍姫』だと知っているんだ?
私の素性は仁恵之里住民の混乱を避けるために聖鬼を含めたごく一部にしか明かしていないのだが……。
「姫様……びめざま〜!」
彼女はよくわからないテンションで抱きついてきた。そして号泣しっぱなしだ。
「ちょ、ちょっと待て! 誰だなんだお前は??」
「
「……子孫?」
よくわからない事を言っていてちょっと怖いが、蓬莱という言葉が心の琴線に触れた。
それに彼女の容姿……優しげな目元が印象的な整った顔立ち。そして平山不死美にも勝るとも劣らないスタイルの良さ。
ふんわりとした長髪からはいい匂いがした。
(この女、どこかで……)
私は記憶の底から何かがせり上がってくる感覚に震えた。
「蓬莱……」
私の胸で泣きじゃくる彼女の頭をとりあえず撫でながら、私は反芻する。
蓬莱……?
蓬莱……はっ!!
蓬莱神社だ!
500年前のあの頃、蓬莱神社には蓬莱の巫女が居て、その巫女は我々武人会と共に鬼と戦っていた。
その巫女の名は、
「……蓬莱か!? 蓬莱神社の!?」
「はい! その子孫です!」
「子孫? さっきからその子孫ってのがよくわからんのだが?」
「すみません! 先ずはそこからですよね……」
聞けば蓬莱の巫女はあの500年前の『蓬莱永久』の頃から代々記憶を継承し、今に至るというのだ。
そんな現象がなぜ起きているのかは本人にもわからないそうだが、事実彼女はあの頃の事を詳細に覚えていた。
しかし、疑い深い私は私しか知り得ないあの頃の事柄を久遠にぶつけてみた。
彼女の言っていることが本当かどうか試してやろうと思ったのだ。
「藍殿の口癖を覚えているか?」
「……『それはそれ、これはこれ』でしょうか?」
「
しかし、何故蓬莱が今、この時に私を尋ねてやってきたのかわからなかった。
私が転生してから十年ほど経っているというのに。
「それは、有馬会長から連絡を頂いて……」
どうやら聖鬼だけは蓬莱の巫女の能力を知っており、以前から龍姫の伝説を聞かされていた聖鬼が蓬莱本人に『龍姫復活』の顛末を伝えたとの事だった。
成程、だから聖鬼は私の転生をあんなにすんなりと受け入れることが出来たのか。
脳みそまで筋肉で出来ていそうな男の割に柔軟な思考の持ち主だと感心していたが、そういうからくりがあったのか。
「それにしても蓬莱、
「これには深い事情がありまして……」
久遠は蓬莱流砲術の腕前もさることながら語学にも長けていた。
人間離れした火力と語学力も十分な彼女の存在を戦中から認知してたGHQは、戦後直ぐに彼女を(戦闘力の高い)通訳として
もちろん久遠は迷ったが、予想以上の報酬と見知らぬ土地で助けを待つ同胞達を救いたいという思いで奮い立ち、連合国軍の依頼を受ける形で10年間も世界中を飛び回っていたという。
そして最後の赴任地であったアメリカ合衆国で聖鬼からの報せを受け、任務完了も併せて帰国したとのことだった。
ちなみに彼女は任務の殆どを米軍と共に行動し、その有能さから本気で入隊を迫られたがこのままでは婚期を逃しそうだと判断した彼女はそれらをのらりくらりと躱しつつ、それでも後々のための軍関係者との太いパイプ作りはしっかりと行っていた。
思えばそれが後の世の蓬莱のバックボーンに繋がっていくのだ。
『
「10年もか。それは長い間ご苦労様でした。それに引き換え私と来たら、
「いえ、仕方のないことです。500年も前の事ですし、生まれ変わる際に忘れてしまう記憶もありましょう」
「忘れてしまう、か。そうだな……なぁ蓬莱」
「……はい?」
私は時折感じる記憶の欠落を彼女に話してみた。
特に平山について感じる違和感というか、不透明感について……上手く説明できないものを訊くというのもおかしな話だが、蓬莱はそのあたりも酌んで聞いてくれた。しかし、彼女の記憶も私と大差のないものだった。
やはり、私の考えすぎなのだろうか。
一抹の不安は残りつつも、これ以上過去の追求をしても仕方がない。今は未来を見据えるべきだ。
私達は戦争のどさくさで無人と化し、随分と荒れてしまっていた蓬莱神社を再建し、先ずはそこからこの仁恵之里の新たな歩みを始める事にした。
なにせ時は高度経済成長期初頭。
日本が敗戦から立ち直り、復興と発展に向けて再起する真っ只中だった。
それは仁恵之里も例外ではない。
当然、成長の波はこの地にも伝わってきていた。
車や電化製品も増え、生活がどんどん便利に、近代的になっていく。
それは良い事だ。人々の生活が豊かになることは幸せに繋がる。おまけに平和なら言うことはない。
しかし、私は内心寂しくもあった。
この平和な世界に『武』の存在意義を問うたのだ。
軍事力ではない、純粋な武。
自らを鍛えるための武ではなく、敵を
それが『道』なら良いが、私達……少なくとも私の武は『術』だ。
守る盾ではない。攻める
この時代にそれは必要か?
或いは、無用の長物なのだろうか。
そんな自問自答に息苦しさを感じ始めたある日、鵺から思いもかけない相談を受けた。
「ご宗家……私、好きな人が出来たんです」
この日、私は自分の身の振り方を決めた。
引退を決意したのだ。
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