第110話 過去は語る5 〜燃えよ、剣と拳〜
聖鬼の有馬流は開祖・有馬始鬼の教えを忠実に守りつつ、聖鬼の巨躯を最大限に活用できるように改良を加えられた見事なものだった。
矢継ぎ早に繰り出される有馬流の剣撃は、まるで私に採点を求めるかの様だ。
やはり聖鬼は解っている。
私が何者であるのかを。
お互い夢中になりすぎたようで、気がついた頃には応接間は見る影もなく破壊しつくされ、止めに入ろうと駆けつけた有馬流の門弟たちが巻き添えを食らわぬようにと遠巻きに我々を眺めているような有様だった。
「……有馬聖鬼。よくぞここまで鍛え上げたものだ」
現代の有馬流は古代のそれと遜色のない、まさに名流と呼んで差し支えのないものだと私は評した。が、聖鬼は納得していない様子だった。
「しかし、あなたには届きもしなかった」
「……やはりお前は気がついていたか」
聖鬼は刀を鞘に収め、首を横に振った。
「一番最初に気が付いたのは、一之瀬先生だ」
不意をつくような一言だった。
「……現が?」
「そうだ。一之瀬先生はあなたの存在に気が付いていた。その上で知らないふりをしていたんだ。人の及ばぬ神秘の力と、奇跡ともいえる天賦の才。その2つが交わって武の高みを目指す様を側で見られて、武術家としても父親としても、冥利に尽きると仰っておられた。下手に口出しをすれば義理堅い鵺のこと、
「……そうだったか」
「先生は武術を学問と捉えておられたが、九門九龍の正当な伝承者でもあった。そんなお人だからこそ、流祖の気配にお気付きになられたのだろう。そしてあなたに託されたのだ。愛娘の未来を……」
「……現らしいな」
瞳が熱く滲む。
父を想う、鵺の涙だった。
聖鬼は目線を下げ、俯くようにして続けた。
「その上で先生はいつか今日のような日が来ることを予見していた。そしてその日が来たときは、私に直接あなたを見定めて欲しいと頼まれていた。鵺の未来だけではなく、仁恵之里の未来を託すに足る存在であるか否かを、だ」
それは、或いは無礼な行為だろう。
私がどのような存在かを理解しながら『値踏み』をしようというのだ。
それを承知の上だからこそ聖鬼は刀を収め、目線を私の足元に落とし、首を晒していた。それ程の覚悟なのだ。
「……して、お前は私をどう評価する、聖鬼」
私が問うと、聖鬼は顔を上げた。
「恐れながら」
空気が揺れた。
その巨躯は嘘のような速度で動く。
殆ど不可視の早業で抜かれた白刃と最小限の体捌きが実現する居合抜きはまるで幻術の類だ。
揺らめく線香の煙が霧散するように、いつ駆け抜けたか分からない斬撃は感覚でしか捌けない。
だからこそ私は無意識にそれらを躱し、無意識に拳を繰り出していた。
「……あ」
私は聖鬼の顔面に右拳を叩き込んでから、自分の行動を認識していた。
この私としたことが、真剣勝負の感覚に引きずり込まれたのだ。
同時に、全身に鋭い痛みを感じていた。
ごく浅くだが、数カ所を斬られた。
今の斬撃を躱しきれなかったのだ。
このめった斬りの無茶苦茶な居合抜きは有馬流・
かつての盟友にして有馬流開祖・有馬始鬼の得意手だった。
「……恐れながら」
聖鬼は私の拳をもろに喰いつつも、しかも満面の笑みで言葉を発した。大した
「まあまあかと!」
「……ははっ!」
思わず笑ってしまった。
この私をつかまえて『まあまあ』とは言ってくれる!
しかし、その意気や良し。むしろそうでなくては。
今も昔も、有馬の男は馬鹿者ばかりで退屈しないな。
「……まあまあな私で良ければ、力になろう。有馬会長」
そうして私と鵺はその場で聖鬼のお墨付きを貰い、正武人へと昇格した。
が、なんと正武人は聖鬼と当時の護法家護符術当主と私の3人ぽっちだったのだ。
「……鵺、知ってたか?」
「いいえ、なにせお父様は武人ですらなかったので……」
「弱体化とかいうレベルじゃないぞ、これは……!」
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