第109話 過去は語る4  〜武人会の武神〜

 鵺の実力はこの時、既に正武人に並ぶものだった。


 流祖である私の手ほどきがあったことは勿論の事、鵺自身の天稟てんぴんもその一因であろう。


 ……とはいえこの頃の武人会は前述の通り弱体化著しく、相変わらずまともな戦力と言えるのは有馬流と護法家護符術ぐらいのものだった。


 私は転生して以来、この状況をずっと我慢していたのだ。


 現の手前、表立った行動は出来なかったし、義理堅い鵺がそれを許さなかった。

 師匠を差し置いて武人会の現状に物申すなど、無礼も無礼という事だ。


 私はいつでもやる気だったし何度か試みたが、その度に鵺による意識の強制介入で私の主導権は奪われ、失敗に終わっていた。


 しかしこの度の現の死去と、鵺の九門九龍師範継承。

 最早、私を止めるものなど何も無い。


 私は鵺に今、我々が正武人へと昇格することの必要性を説いた。



 一、いつまた襲い掛かって来るかも分からない鬼の脅威。


 二、武人会の弱体化。


 三、それらの払拭の必要性……



 以上の事を直訴すべく、私は私の素性を明かしに武人会本部へと乗り込むことを決意したのだ。


 もちろん鵺には『いろいろと説明しに行くだけだよー』と、マイルドな表現でぼやかした。

 鵺は理解を示してくれたが、1つだけ念を押された。

「乱暴はやめてくださいね」 


「……当然当然。わかっているよ。ははは」


 私の乾いた笑いがどういう意味を持つのか分からない鵺ではない。

 どこかしぶしぶといった様子だったが私の考えに賛同してくれたので私は速攻で武人会本部へと出向いた。



「一之瀬 鵺だ!……です。有馬会長に話がある!……のですが」


 有馬家の門の前で声と胸を張る私に門番は思い切り訝しんだが、案外すんなりと通してくれた。


「門前払いをされると思っていましたが」……鵺が小声で言う。

 私も或いは強行突破もやむ無しかと考えていたが、杞憂だったようだ。


「……しかし、何かが引っ掛かる」

「え? 何がでしょうか?」

「あの門番、誰かの命令によって私達を中に招き入れた様に思えてな」

「命令、ですか?」

「気のせいなら良いのだが……」


 私は有馬流の門弟に案内されるがままに応接間に通され、そこで聖鬼を待った。


 応接間は隅々まで掃除と整理整頓が行き届き、目の前の大きな一枚板のテーブルは中々の逸品だった。

 が、それ以外にこれといった調度品の類は無く、少々寂しい印象もあった。


 だがこれも致し方ないこと。

 戦後10余年で随分と復興は進んでいたが、やはりモノの無い時代だ。


 以前に比べて簡素になったと現は嘆いていたが、有馬家……いや、武人会本部はそれでも鬼と戦う人間の誇りと、その総本山たる荘厳さを失ってはいないと感じた。


 その中でも出来る限りの威厳を残そうと奮闘している様子は、このテーブル1つ取っても見て取れる。


 武士たるもの、飯は食わねど高楊枝の心意気や良し。

 私はワクワクしながら、鵺はビクビクしながら会長・有馬聖鬼のお出ましを待った。



「……一之瀬様。会長がお見えです」

 程なくしてふすまの向こうから有馬流の門弟の声がこちらの準備を伺う。


「どうぞ」

 私は威勢良く「おう!」と応えたつもりだったが、実際は鵺の淑やかな声が応えた。鵺が主導権を強制的に握ってきたのだ。


 ……まぁ、場の雰囲気を踏まえると、とりあえずはそのほうが良さそうだ。


 鵺の返事の後「失礼する」と、野太い声。

 ふすまが静かに引かれ、その巨体は姿を現した。


 この男こそ武人会会長にして有馬流総師範・有馬聖鬼。

 500年の歴史を誇る秘剣・兵法有馬流のトップ……1度目の転生時、私と共に前線で戦い続けた有馬流の祖・有馬始鬼ありましきの子孫にあたるこの男。


 始鬼とは似ても似つかない大男だが、剣の腕は始鬼に勝るとも劣らない使い手だろう。



 聖鬼はのしのしと歩み、テーブルを挟んで私達と向かい合った。


 鵺は直ぐに姿勢を正し、深々と頭を垂れた。

「会長。先日は父の葬儀に際してご高配を賜り、ありがとうございました」

 すると聖鬼は『そう固くならずに』というような仕草とともに、彼も頭を下げた。

「いや、あの程度の事しか出来なくて申し訳ない」

「と、とんでもない。……父もきっと、感謝していると思います」


 何でもない挨拶を交わすふたり。

 何気ないこの平穏とした空気に混ざった不純物に、鵺は気が付いていない様子だった。

(天稟はあれど、経験は乏しいか……)


 無理もないことだ。鵺はまだ16。ここは年長者わたしに分があろう。


 そんなことを考えていると、聖鬼が会話の途切れたタイミングで鵺の顔をじっと見詰め始めた。


「……有馬会長?」

 いかついおっさんに突然見詰められて戸惑う鵺。

「あ、あの、私の顔になにか……?」

 しかし聖鬼は何も答えない。

 それが余計に鵺を困惑させた。

 というか、純粋に怖がっていた。


 だが、私は分かっていた。

 聖鬼は、を見詰めているのだ。


 空気に漂う不純物はその濃度を増し、鵺はそれが殺気だと気付くことが出来ていない。


 いや、気づけという方が酷だ。

 流石に、この生々しい殺気は生娘には気取れまい。


 さぁ、私の出番だ!


 次の瞬間、聖鬼が笑った。


 声を上げず、口角を吊り上げ、「ニイイ」と音が聴こえてきそうなほどに歯を剥いて笑った。


「っ!」

 その不可思議かつ不気味な笑みに、鵺はその場に縫い付けられた様に動けない。

 この笑みがだと分かってなければ、誰しも困惑で硬直するだろう。


「……小娘相手に牙を剥くなよ、有馬聖鬼」


 私は鵺から体の制御を強制的に奪い、半歩下がった。


 ほぼ同時にが眼前を駆け抜ける。


 煌めく銀の糸のようなその輝きは超速の斬撃。


 横一閃、縦一閃。 


 彗星のように尾を引き、暗闇を駆けた閃光は十字を象った。


 私は閃きを見送り、その美しさに感嘆の声を我慢できなかった。


「『有馬流居合・四葉刀よつばとう』……御美事おみごと!」


 ずずず……何かが軋む、鈍い音。


 直後、目の前のテーブルが4つに割れて瓦解した。


 鵺は相当驚いた様子だったが、こんなものでは終わるまい。


 何せ今の一撃、確実に斬るという明確な意志があった。

 鵺の腕前では躱せない事を理解しつつ、それでも斬りに来た。

 と踏んで、本気でりに来たのだ。


 つまり、この男は確実に私の存在を認識しているのだ。


 その上で試すつもりなのだろう。

 事もあろうに、『この私を』だ。


 ……面白い!



 聖鬼はゆっくり立ち上がり、その巨躯にそぐわぬ大刀を上段に構えて待っている。


「さァ、次は何をして遊ぼうか?」


 私の問いに、聖鬼は先程よりも更に濃密な笑顔を浮かべていた。



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