第108話 過去は語る3 〜そして時は動き出す〜
鵺は現を本当の父の様に慕い、師として尊敬していた。
現の説く武術と平和の論は私個人的には『理想論』の枠を出るものでは無かったが、彼の心根がそのまま反映されているように優しく穏やかなものだった。
そういう彼だったからこそ人望も厚く、武人会は『正武人ではなかった』現に対しても、正武人の葬儀と同様に弔うなど、手厚い対応をしてくれた。
その頃には私と鵺は言葉の通りに一心同体を体現していた。
1つの体をふたりで共有することに不自由を感じることは無かったし、2つの人格は自由自在に入れ替わる事が出来た。
だが、いかんせん私と鵺の性格の差は出てしまうのでその都度顔つきや雰囲気が変わってしまい周りを困惑させてしまうことが多々あった。
だから私達は基本的には『鵺人格』で生活をしていた。
余談だが鵺は里で一二を争う美女へと成長していたが、前世の私にはちょっとだけ及ばなかったとだけ付け加えておこう。
そんな一心同体の私だ。現を亡くした鵺の悲しみも辛さも痛いほどに感じたが、それでも鵺は気丈だった。
武に身を置く者にとっては死すらも日常。
建前とはいえ鵺はそれをよく理解し、悲しみのあとにはそれによって濁ることなく、清々しく現を見送った。
十代の娘には中々出来ることではない。
それもこれも全て、一之瀬現という偉大な武術家の残した功績とも言えよう。
さて、話を戻そう。
現の葬儀の際、初めて当時の武人会会長と直接話をする機会があった。
彼の名は
彼は身の丈2メートル近い筋骨隆々な偉丈夫で、当時としてはかなりの巨躯だったが太刀筋は鋭く、何度か演舞を見たことがあったが中々の使い手だと私は見ていた。
彼は一介の武術家、というより学者に過ぎなかった現に対しても礼を尽くし、私と鵺に対しても実に丁寧な対応だったので私は
「……あの男、ただの筋肉達磨では無さそうだな」
葬儀の合間に私が呟くと、鵺に「ご宗家、失礼ですよ」とたしなめられた。
彼が率いているのなら武人会もまだまだ捨てたものではないな、と私が感心していたその時だった。
「……!?」
私の全身がひりつく様な痛みを感じたのだ。
灼けるような、張り裂けるような、細かく刻まれるような……その痛みの原因は目で追うことが出来た。
それは葬儀会場に入場したひとりの女から発せられていた、禍々しく……或いは魅了されるような気配が故だった。
葬式には全く似つかわしくない、熱い視線がその女に集中していく。
それは欲望。
それは羨望。
それは、絶望。
或いは、それを希望と呼ぶのか。
その女の金色の髪……鮮烈な美貌。
私は突如として何故か埋もれていた様々な記憶が掘り起こされるような感覚に襲われ、震えた。
「平山……不死美……!」
無意識に鵺の体に干渉してしまった。
突然その名を発した口元を鵺は慌ててハンカチで押さえ、嗚咽のふりをしてそれを誤魔化した。
何事かと慌てる鵺をよそに、私の視線は皆と同様に平山不死美に釘付けとなった。
平山は500年前と全く変わらない姿だった。
もとよりマヤが人間で言う20代で老化が止まり、以後死ぬまで約千年に渡り容姿が殆ど変化しないという事は知っていた。
しかし、知識としてそれを知っているのと実際に目撃するのとでは訳が違う。
様々な記憶、想い、感情が荒れ狂い、私はその後どのように式が進行したのか覚えていない。
気がついた時には葬式は
「鵺さん」
ふと、声をかけられた。
平山不死美だった。
「この度は……お悔やみを申し上げます」
「ご、ご丁寧に、ありがとうございます」
「一之瀬先生にはついぞお目に掛かることが出来ませんでしたが、有馬会長からその武道による平和論はお伺いしておりました。先生の論説にはわたくし、大変感銘を受けましてよ。鵺さんもお師匠様とお父様を亡くされてお寂しいでしょうが、どうかお気を落とさずに……」
「も、も、もったいないお言葉です」
鵺はとことん畏まっていた。
正武人でもない現はもとより、娘……いや、弟子である鵺がマヤと会話するなど、当時の武人会では有り得ないことだったのだ。
平山はまるで菩薩の様な笑みをたたえ、鵺を勇気づける様にその手を取った。
「これからはあなたが一之瀬先生の遺志を受け継ぎ、私達と共に仁恵之里の平和と繁栄に邁進いたしましょう」
「は、はい! 精一杯頑張ります」
「その意気ですよ。これならきっと我々の望みは成就いたしましょう」
そして平山は一際深い微笑みで付け加えた。
「……龍姫様のお力添えがあれば、きっと……」
平山は気が付いていたのだ。
私が鵺の体に宿り、この世に転生していたことを。
ぞっとするというよりも、
カッとなった。
ざん!
足元の玉砂利が爆ぜた。
鵺の右脚……いや、私の右脚が蹴り上げを放ったのだ。
予備動作のない、奇襲の前蹴り上げ……
九門九龍・
しかしその蹴り足は虚しく天を突き、平山の体はおろか、衣服にすらかすりもしなかった。
平山は私の蹴りを見切っていたのだ。
「姫様。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。何分、鵺さんとお会いする機会に恵まれず……」
「……別にそんなことを気になどしていない」
「それを聞いて安心しましたわ」
私の蹴りも、平山の躱しも、あまりの速さに周りの人間は誰一人として気が付いていなかった。
「それでは、失礼いたします……」
平山は何事もなかった様に微笑み、去っていった。
「魔女め……」
私は闇に包まれ去っていく彼女の後ろ姿を睨みつけ、怨嗟の様につぶやくのだった。
ちなみに、そのあと鵺にみっちりお小言を言われたのは言うまでもないだろう。
「いきなり蹴る人がありますか! もしものことがあったらどうするんですか! いくらご宗家でもやっていいことと悪いことがありますよ!」
「いやすまん鵺。つい、ついつい手が、いや、足が出てな」
「私の立場も考えて下さい!」
「はい、ホント、すいません……」
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