第98話 国友秋VS有栖羅市

「アキくん……」


 リューの掠れた声は、疑問形でもあった。


 リューを守る楯の様に羅市に立ちはだかるアキは、リューに背を向けていた。


 その背中は見た目はアキの背中だが、リューにはその中身が全くの別物のように感じられたのだ。


 それは羅市も同じだった。


「藍之助……いや、そうか。お前さんが不死美さんが言ってた秋一郎の倅かァ。親父には似てねえな」


 アキは無反応だった。

 むしろ、その意識はどこにあるのか疑問に思える様な佇まいである。

 視線は曖昧に固定され、言葉は無い。

 リューには背を向けたまま、彼女を一瞥もしない。


 しかし、リューを守るという意志ははっきりと感じられる様に、リューを羅市の視線から遮っている。


(良い位置取りだねェ……)

 羅市は警戒していた。


 先程まで顔をのぞかせていた余裕は消え去り、目の前に突然現れたアキの一挙手一投足に全神経を集中させていた。


(不死美さんの話じゃズブの素人らしいが、中々どうして。隙が無ぇな)

 得体が知れない。羅市のアキに対する第一印象はそれに尽きた。


 かつての盟友・蓮角藍之助と瓜二つの風貌。そしてこの微かに感じる『覚えのある気配』。

 そこに羅市は『一つの仮説』を立てていた。


(だが、不死美さんが『それ』を見落とすか?)


 不死美が気が付かない筈のない1つの『要素』。その一点が羅市の仮説を仮説未満のものにしていた。


「……あー!もういいや! やめだやめだ。ゴチャゴチャ考えるのはあたしらしくねぇ」

 羅市は瓢箪の酒で唇を湿らせ、浴衣の着崩れを軽く直した。

「アキ、だったね。ちょっと試させてもらうぜ」


 羅市には心当たりがあった。それを確認するにはアキの体に直接訊くしかない。

 だから羅市は前進した。


 ざく、ざく、と羅市の草履の音がアキに近づく。

 アキは微動だにしないまま、それを迎え打つのか。はたまたこちらから打って出るのか。

 リューはその様子を見ていることしか出来なかった。


 本当は止めるべきだと分かっていた。

 結果はどうあれ、声を上げて制止するべきだと。


 しかし、出来なかった。


 それは自分の体の状態が原因ではない。

 原因は、アキだった。


 羅市が近づくにつれ、アキの背中が大きく、分厚くなっていく錯覚を覚えていたのだ。


 この背中になら、自分の命運を任せられる。

 リューはそんなことまで感じていた。


(アキくんが、まるで……)

 羅市とアキの制空権が触れるおよそ一秒前。

 アキの膨れ上がった強者の気配は、すでに武人クラスにまで到達していた。


「じゃあ、いくぜ……」

 羅市の重心がぐんと落ちた。

 そしてそのまま一気につっこむ!


「おらああ!」

 気合一閃、羅市は相撲のぶちかましの如く一直線にアキへ突撃する!


「有栖家宝才・『弐峡胴にかいどう』!」


 羅市は大きく踏み込むと、その勢いのまま跳躍――!

 鋭いジャンプの最中に身を捻り、ドロップキックの体勢へ!


 いかにも有栖羅市らしい、勢いをつけたジャンプからの全力ドロップキック! ……ではなかった。


 羅市の揃えられた両足は着弾より一瞬早くはさみの様に2つに分かれ、それぞれがアキの体をガッチリとホールドしたのだ。

 柔道で言うところの『蟹挟み』だ!


「っしゃあ! いっただきぃ〜!!」

 それは羅市の勝利宣言だ。


 もうこの段になれば後はそのまま寝技に持ち込むも良し、シンプルに後方に倒すも良し……いずれにしても戦闘の主導権は羅市が握ることになる。


 リューはこの状況に息を飲んだ。

 それはこれ以上戦闘を続けることに絶望を感じたからではない。


「そぉぉぉれ!!」

 羅市の選択は蟹挟みからのテイクダウンだった。

 彼女は思い切り身を捻り、アキを乱暴に地面へ投げつけようとするが……。


「お?!」


 羅市の動きが止まった。

 アキが全く動かなかったのだ。


 リューはいち早くそれを察知していた。

 アキの体はまるで大地に根を張り巡らせた大木の様に動かないと分かっていたのだ。


 重心も体重移動も完璧だった。

 それはリューの知っている『相手の技の力を地面に逃がす技」と非常によく似ていた。

 だから思わず、彼女はその『九門九龍の技』の名前を呟いていた。

遮汽さえき……」


 同時に、羅市も呟いていた。

「なんでぇ。やっぱりお前さん……っ!」

 羅市の言葉がそこで途切れた。


 アキの振り下ろした鉄槌打ちに気が付き、それを間一髪で躱したのだ。


「……へへっ」

 羅市が笑った。しかし、アキは笑わない。

「……っ!」 

 そこに間髪入れずアキの後ろ回し蹴りが放たれ、超速で空を斬る!


 それを見たリューの肌が泡立つ。

(な、鉈狩影なたかりえい……!?)

 正確には違うが、殆どそうだと見紛う程に首を狩るが如く鋭いその『後ろ回し蹴り』は九門九龍・鉈狩影だったのだ。


「アキくんが……九門九龍を……?!」

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