第97話 桃井みつきVS有栖羅市

「うおおおおっ! あっち行けぇ鬼ぃぃ!!」


 桃井は顔を真っ赤にしていかにも重そうな石の塊を羅市に投げつけた!!


 どすっ!!


 飛距離は30センチ程で即落下。

 羅市に届く前に石の塊は沈黙した。


「はあっ、はあっ、重っ……」


 既に息が上がっている桃井だったが、その瞳に宿した闘志は更に燃え上がっていた。


「わ、私これでも小学生の頃に空手習ってたのよ! 半年だけだけど!!」

 そして桃井は羅市に突っ掛けた!

「だおおおおっ!」


 桃井は両手をグルグル回して羅市に突っ込んだのだ! 

 秘技・グルグルパンチだ!!

「ウワアアオオオッッッ!」


 まぁ当然羅市に通用するはずもなく、桃井の拳は羅市の豊満な体の上でボンボンと跳ねる程度の威力しかなかった。


「……なんだこいつ……」

 呆然とする羅市だったが、鬼気迫る雰囲気に怖いものも感じていた。


「も、桃井さん……どうしてここに……」

 リューは朦朧とする意識の中、必死に戦う桃井に手を伸ばす。

「リューちゃん! 今のうちよ! 逃げて!!」


 しかしリューには既にそんな力は残されていない。羅市はリューと桃井を交互に見て何か思いつくように手を叩いた。


「あァ、お前さんが桃井さんか!」

「え? な、なんで私の名前を……?」

「ん、いや、ちょっとね。つーかお前さんだってあたしの事見るなり『鬼』だなんて、ちょっと失礼じゃねーの? こんなにカワイイあたしを鬼呼ばわりなんてさァ」

「お、鬼でしょ! リューちゃん食べようとしてたじゃない! この山には鬼が出るってYou Tubeでやってたし!」

「出た出たユーチューブ。ハイハイって感じだよ」

 羅市はいともたやすく桃井の動きを封じると、腕の関節を極めながら彼女の背後に回った。


「いいい痛い痛い痛いっ!」

 突然の苦痛にじたばたする桃井にリューは身を捩らせて近付こうとするが、思うように前進できない。

「や、やめてください羅市さん!!」


 リューが残された力を振り絞って声を上げるが、羅市は首を横に振った。

「大丈夫だって。殺しゃしないよ。さぁ桃井さんよ、これでも飲んで大人しくしてな」

 そう言って羅市はリューにそうした様に瓢箪の口先を桃井の口に突っ込み、中の酒を流し込みはじめた。

「うっ!うぶぅっ!!」

「桃井さん!!」


 その酒の強さを身を以て体感しているリュー。

 桃井はリューのときの何倍も飲まされているようで、彼女の喉からはゴキュゴキュと酒を飲み込んでいく音が聞こえて来るほどだった。


「おっと! これ以上飲むと死んじまうぜ」

 羅市が桃井の口から瓢箪を引っこ抜くと、桃井は数秒そのままの姿勢で呆けていた。


「あれ? こりゃあ、やばいかも……」

 その様子に一抹の不安を感じた羅市。

 つまり、急性のアルコール中毒にでもなってしまったというのか。

「も、桃井さん……!」


 リューの瞳に涙が滲む。

 私のせいで……!!

 そんな自責の念がリューを押し潰す直前。


「……美味し……」

 桃井が感嘆のため息混じりに呟いた。

「お? お前さん、イケるくちかい?」

 羅市はパッと花が咲いた様な笑顔を見せた。


「この酒飲んで平気な顔してるたァ驚いたよ。お前さん、ホントに人間か?」

「こ、こう見えてもお酒の強さだけは誰にも負けない自信があるのよ! 勝負する? この鬼いいい!!」

「ほう! この有栖羅市にそんな啖呵を切るなんざァ大したモンだ! 気に入ったぜ!!」

 羅市は桃井の両手をがしっと握ると、嬉しそうに笑った。


「あたしは有栖羅市ってんだ。あんた、桃井『ナニさん』だい?」

「え? ……み、みつき……桃井みつきよ!」

「そうか! 今日からお前さんはあたしの友達ダチだ! よろしくな、桃井さん!」

「へ? よ、よろしく……うっ!!」


 桃井の語尾が鈍く、そして大きく跳ねた。

 羅市が頭突きを放ち、そのタイミングで桃井の額で炸裂したのだ。


「うううっ……」

 桃井は呻きながら白目を剥き、卒倒するようにして倒れてしまった。


「きゃああっ! 桃井さん!! 桃井さん!!」

 涙ながらに桃井に手を伸ばすリュー。

 しかし羅市は何食わぬ顔で桃井を抱き上げ、少し離れた場所に彼女を横たえた。


「大丈夫だって。軽い脳震盪でおねんねしてるだけだよ」

 羅市は丁寧に桃井を寝かせると、再びリューのもとへとやってきた。

「イイやつじゃねぇか、桃井さん。お前さん探しにこんなとこまで来るなんてよぉ。つか、こんなスーツ姿でどうやってここまで来たんだか」

「……桃井さん……」

「お前さんは愛されてるよ。この人にもそうだし、虎子にもそうだ。大斗のおっさんにも、勿論、『雪ちゃん』にもだ」


 その名を聞いて、リューは目を丸くした。

「どうして、お母さんの名前を……」

「友達だったんだよ。お前さんのおふくろさんと、あたしはね」


 羅市は再びリューの側まで行くと、彼女を抱き上げて近くの木の根元に座らせた。


「12年前のあの時、あたしは仁恵之里を離れていてね。あたしが帰ったときにはもう全部終わってたよ。あたしは今でもそれが心残りだ。もしあの時、あたしが居たら止められたかもしれねぇとか、未だに考えちまう」


 羅市はリューの肩をじっと見つめた。

 先程噛み付いた場所に血が滲んでいた。


「……勝手な言い分かもしれねぇが、仇討ちとか考えてんなら今すぐやめろ。そんなことに意味は無ぇし、雪ちゃんもきっと望んでねぇ」

「お母さん……」

「そうだ。だからもう、お前さんは戦わなくていい。そうすれば……」


 そうすれば、あいつも。


 羅市がその言葉を飲み込むと、リューは掠れた声で呟いた。


「……私は、諦めたくない……」


 羅市はそれを否定しなかった。

 勿論、肯定もしなかった。

 ただ、哀しかった。


「運命かァ……」


 そして再びリューの肩に狙いを定めた。


「……なんとかしてくれよ。『カミサマ』さんよォ」


 それは誰にも聞こえない独り言だ。

 だから羅市はそのままリューの肩へ、再びその口を……


「!!!」

 突然羅市が身構えた。


 リューから完全に意識を離し、猛スピードで接近する『何か』に対して警戒し、即座に腕を顔面の前に揃えて防御態勢をとった。

 直後。


 ドゴオオオッッッ!!


 突然突っ込んできた何かが羅市を弾き飛ばす鈍い音が闇夜に響いた。


「〜〜〜ッ!!」

 羅市の体が吹っ飛んだ。


 2メートル、3メートル、4メートル……かなりの距離を吹っ飛んだが、彼女が倒れることはなかった。


「……なんだい次から次へと……」

 顔を上げ、その何かを確認した羅市の言葉が止まった。


 羅市はリューを守るようにして仁王立ちするその何かを見つめ、唖然とした様子で言葉を発した。

「あァ? あ、あ……藍之助……!?」


 リューは目の前で自分を守るように立つその男の名前を震える声で呼んだ。

「アキくん……」


 そう、その『何か』とは、アキだった。

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