第95話 クライマックスはもうそこまで

 リューの危機をつぶさに感じ取った虎子。


 彼女とペアを組んでいた霧島もその気配を察知し、状況の危険度の高さに汗が冷えた。 


「……虎子さん!」

「ああ! 行くぞ霧島!」


 そして駆け出した虎子……だったが、踏み出した一歩目を踏み外したのか、その勢いのまま顔面から地面に突っ込んでしまった。


「うぎゃっ!!」

「と、虎子さん?! 大丈夫ですか??」


 まさか虎子がコケるなんて思いもしなかった霧島。ある意味で貴重なものを見た気にもなったが、その視線はすぐに見てはいけないものを見てしまったそれに変わった。

「と、虎子さん……?」


 彼の視線は虎子の右脚に釘付けになっていた。

 なにせ、虎子の右脚の膝から下が「消えていた」のだから。


「え? え?? な、なんだこれ……」

 霧島は慌てて虎子に駆け寄り、その膝から下が平たくなってしまった彼女のズボンの裾と、すぐ側に転がっていた靴を見て青ざめた。


 本当に右脚が無いのだ。

 それどころか出血もない。

 文字通り、虎子の脚は『消えて』しまっていた。


「と、虎子さん。こ、こ、これは……」

「狼狽えるな霧島……それでも忍者しのびか?」

「い、いやいや、そんなこと言われても……」

「大丈夫だ、これは損傷ではない」

「え? まさか、実は義足だったとか……?」

「ふふ、だったら良かったんだがなぁ」


 虎子は消えた脚を痛がる様子は無いものの、息は荒い。しかし、それは痛みを堪えるという類のものではなく、身体そのものの辛さに耐えるという様子のものだった。


「だ、大丈夫ですか虎子さん……って大丈夫なわけないんでしょうけど、どこか具合が……って、脚がアレだから具合とかそういうレベルでは……」

「落ち着け霧島、私は大事無い。それよりも早くリューのところへ……」

「い、いやいや、ダメでしょう! とりあえず神社まで戻りましょう! はやくその脚を医者に……」

「頼む霧島! 私をリューのところへ連れて行ってくれ! これについては問題ない! 理由は後で説明する! だから……!」

「そ、そんなこと言われてもさすがに無理ですよ! こんな状態、放っておけないですって!」

「頼む! お願いだ霧島!! リューは、私の全てなんだ! リューのためなら、私はどうなってもいい!! だらか頼む!!」

「虎子さん……」

「頼む霧島……この通りだ……っ!!」


 額を地面に擦り付けようとする虎子を、霧島は抱き止めるようにして制止した。


「わかりました! わかりましたから、やめてください!!」

「……霧島……私をリューのところへ……っ!!」

 抱き止めた虎子の瞳から涙がぽろぽろと溢れるのを、霧島は見逃さなかった。


「……わかりました。虎子さん」

 霧島はそれ以上何も言うまいと口元を真一文字に結び、虎子をひょいと抱え上げた。


「……お、お姫様だっこか? これはちょっと恥ずかしいな……」

「急ぎます。舌を噛みますから、黙ってて下さい」

 覚悟を決めた顔で言う霧島に、虎子は彼の言う通り無言で頷いた。

「……行きます!」

 そして霧島は跳躍――。


 そのあまりのスピードに、まるで消えてしまったかのような静けさしかその場には残らなかった。



 一方その頃、アキ、澄、魔琴の三人は濃密な戦闘の気配を頼りに夜の山林を猛スピードで駆け抜けていた。


 澄も魔琴も人間離れした身体能力の持ち主なので、この夜の蓬莱山を野生動物以上の速度で駆けることが出来るのは当然なのだが、驚くべきことに、なんとこの速度にアキはぴったりと付いてきていたのだ。


 しかも走れば走るほどその速度は澄と魔琴に並び、やがてアキは彼女達のやや前方を行くまでに速度を伸ばしていた。


 その様子に魔琴が思わず声を上げた。

「澄! あきくんって何者なの?!」


 武人クラスならまだしも、単なる『武人会会員』では蓬莱山の険しい山道をこのスピードで駆け抜ける事は不可能だ。


 たとえ有馬流の高弟ですらすぐに脱落するのは目に見えている。それなのに、まだ何者でもないアキが澄や魔琴に先行しているのは有り得ないことだった。


「それが私にもわかんないのよ! 武力も識も殆ど無いくせに、たまにパワーアップするらしいのよ! 武力無しのリューと戦って結構いいところまで行ったって言うし……普段ヘタレのくせに!」

「あー、そういえばふーちゃん相手に全然ビビらずに『やんのかコラぁ』みたいな感じだったなあ……普通の人間ならアタマ狂っちゃうくらいの殺気だったのに……」


 その時、夜の闇を切り裂くが如くアキのスピードがもう1段加速した。


「ちょ、アキ! 無理すんなって!」

 澄はアキのオーバースペックぶりに不安を覚えるが、今のアキにはリューの事しか頭になかった。


「澄! どっちに行けばいい?!」

「こ、このまままっすぐ! って、あんたまさか……」

「……うおおおらあああ!!」

 気合一閃、アキは更に加速してぐんぐん先を行く。

「ちょっとアキ! ……あんのバカたれ! 調子乗んなっての!」

「澄! ボク達も急ごう!」

「言われるまでもないよ!」

 そう言うと、彼女達はどんどん遠ざかるアキの背中を追う様に更に加速したのだった。



 その頃。


 崖から落ちたリューは幸い大きな怪我さえなかったものの、かなりの消耗を強いられていた。


(武力が乱れてる……)

 ここまでの戦闘、逃走、そして崖からの落下……武力を相当量使用しているが、普段のリューなら特に問題の無い状態であるはずだった。しかし、ここ数日間の試験対策による連日の睡眠不足と、桃井との一件による精神的動揺がリューの武力を普段の半分以下の能力まで押し下げていたのだ。


(早く、早く山を下りないと……)

 それでも逃走、戦闘回避の為に全力を注ぐリューだったが、もはや先程までのようなスピードで走ることはおろか、まともに歩くこともままならない状態になっていた。


(目が、霞む……)

 それでも前へ、それでも先へ……リューが必死で脚を前へ振り出す。


 しかし、それもここまでだった。


「みいつけたぁ〜」

 リューの背後から有栖羅市が忍び寄り、彼女を抱きしめたのだ。


 まるで時間が止まってしまった様に硬直するリュー。

 そんなリューを愛でるように、羅市の両手が背後から彼女の頬を優しく撫でていた。


「……さぁ、10年前の続きをしようぜ……」

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