第93話 思い出は暗闇

 アキと澄のペアは予想外の出来事に見舞われていた。


「あっきく〜〜〜ん!!」


 突如、闇夜から降って来た魔琴の襲撃を受けたのだ!!


「ぶわっ!? 魔琴?!」

 空から降ってきた魔琴はムーンサルトプレスの様に華麗な回転を加えながらアキを文字通りプレスし、馬乗りの体勢で彼をホールドした。


「あきく〜ん! まさか会いに来てくれたの? それとも夜這い? いいよ。ボク、覚悟できてるから……来て!」

「ままま魔琴??」


 ドレスのボタンを次々に外し始める魔琴を澄が背後から羽交い締めにして止めた。


「こらああ! やめろこの白髪!」

「げぇ? なんで澄が居るの? つーか白髪じゃねーし! 銀髪だし!」

「いいから仕舞え! そしてアキからどけっての!」


 ちらっと覗く魔琴の胸の膨らみと自分のそれとの差にイラついた澄は魔琴の胸元に護符を貼りまくった。


「うわ! ちょっとやめてくんないかなー!」

「うるさいうるさい! なんかむかつくわー!!」

 そこでアキが復活。ふたりの間に割って入った。

「ふたりともやめろって! そんな場合じゃねーだろ? なぁ魔琴、リューを見なかったか?」

「え? リュー?? なんで?」

「いや、実は……」



 アキはこれまでの経緯を魔琴に説明した。

 リューの失踪の件はもちろん、山に入った武人会の武人が結界を越えてリューを捜索していることやその範囲など、捜索の助けになりそうなことは全て魔琴に説明した。


「なるほどね。だから武人会の人たちがいっぱい来てるんだ。虎子さんやヤイコさんも来てるでしょ?」 

「わかるのか?」

「強い人はみんなイイ匂いするんだ。お花みたいな、イイ匂い」

 魔琴はくんくんとその形の良い鼻をひくつかせた。


「でもね、ボクはリューには会ってないよ。リューの匂いも感じなかったし。心配だね……」

「そうか……なんか手がかりになるような事、知らないか?」

「手がかりっていうか、気がかりっていうか……」


「何よ? もったいぶらずに言いなよ!」と、はやる澄をアキは懸命に抑えた。


「今日の蓬莱山ってすごく気が乱れてるでしょ? 結界も不安定。それなのに、こういうときによく里に下りてる奴隷くんみたいな『弱い子』達が全然いないと思わない?」

「……そういえばそうだな」


 確かに雑魚鬼の姿が全く無い。こんな時こそ待ってましたとばかりに大挙して押し寄せせて来そうなものだが……。


「原因はね、有栖ありす姉さんなんだよ」

「ありす?」


 アキは首を傾げるが、澄は目付きを鋭くした。

「有栖……有栖羅市ありすらいち?」

「うん。さすがに澄は知ってるんだね」

「何年か前に一度会ったことがある程度よ。つっても、話をしたわけじゃないし。ただ、あのとんでもないデカさの気配は忘れもしないわ」


 有栖羅市……なんだか名前の響きからすると可愛らしいイメージだが……。


「有栖姉さんはとっても優しくて美人で頼りになるんだけど、ちょっと男勝りっていうか、豪快っていうか……大酒飲みで喧嘩っ早くて、単純な腕力で言えばマヤの中では一番かもっていう、まさに『女傑』って感じのマヤなんだ」

「俺のイメージとは全然違ってるみたいだな……」 

「そんな姉さんが『今日は月もキレイだし、久しぶりに山で飲むか〜!』って出てったから、弱い子達がみんなビビって山に来たくても来れないんだよ。まぁ、ボクは姉さんと一杯やりたいなーって出てきたんだけどね。そしたらふーちゃんが探しに来てさぁ。『未成年の飲酒は法律で禁じられております!』とかなんとか……上手いこと撒いたけど。てゆーか人間の法律なんてマヤには関係ないじゃんね?」  


 澄は話を聞き終えると「はーっ」と乾いたため息をついた。


「……もし有栖羅市とリューが鉢合わせでもしたらヤバいね」

「そうなんだよ。リューの性格からして理由もないのに戦うことはないと思うけど、姉さんの性格からするとリューみたいに実力のある武人とは『腕試し』的な感じで喧嘩したがると思うんだ。しかもこの気の乱れでしょ? かなりお酒も飲んでるだろうし、ハイになってる姉さんなら嫌がるリューをムリヤリ……ってなりそう」

「……だよね」

 澄はすっくと立ち上がり、顔を上げた。

「早くリューを見つけないと! 協力して! 魔琴!!」

「もちろん! 友達のピンチだもん、頼まれなくても手伝うよ!」




 そしてその頃、当のリューは暗い山の奥深くで闇を彷徨っていた。


 しかし、迷っているという感覚はなく、むしろ曖昧な闇の中でまどろんでいるというような感覚だった。


 どうして山に入ってしまったのか、自分でもよく分からない。しかし、逃げてきたという自覚はあった。


 何故、蓬莱山だったのか。

 それは、ここが彼女の記憶の原泉だったからかもしれない。


 リューの母、雪は蓬莱山が好きだった。

 雪はリューを山に連れて来ては一緒に遊んだ。

 やがてリューも蓬莱山が大好きになった。

 四季折々の自然豊かなこの山は、リューと雪との楽しい思い出をたくさん残したのだ。


 父と母、そして自分。3人で過ごす平穏で幸せな日々だった。



 そんな日常をあっさりと終わらせる、あの夜は唐突にやってきた。


 一夜限りの戦場は仁恵之里を火と血の海に変え、その一晩で何もかもが失われた。

 雪はその戦いで命を落としたのだ。


 その1年後。は突然『現れた』。


 リューの前に突然現れた姉・一之瀬虎子。

彼女は鬼達を心から恨み、復讐を誓っていた。


 姉はリューにも復讐を誓わせ、肉親とは思えない厳しさで九門九龍を叩き込んだ。

 もちろん、母の仇を討つためだ。


 姉はまさに鬼だった。

 理不尽なまでに苛烈な鍛錬をリューに課し、優しさや甘えなど微塵もない、苦行の様な修行の日々。

 リューが疲れ果て、膝をつこうものなら即座に拳が、蹴りが、そして怒号が飛んできた。


『お前は母の仇が討ちたくないのか!!』


 事あるごとに頭上から打ち落とされる姉の怒声にやがてリューは心の弾力を失い、その1年後にはリューは姉の言うとおりに動く機械の様になっていた。



 そんなある日、仕留めた鬼へのとどめを躊躇ったリューに、姉は激怒した。


『貴様のその甘さはいずれ命取りになる。武の道は殺すか、殺されるか……それをこの山で知れ!』 

 姉は着の身着のままのリューを蓬莱山へ置き去りにし、姿を消した。


 リューは装備はおろか、水すらも持たない状態で蓬莱山を彷徨い、『死』が足元まで這い寄ってきた3日目の夜に、あの『鬼』と出会った。



 あれから10年。

 リューは再び、同じ夜、同じ場所で、その鬼と再会を果たした。



「よう! お前……リューじゃねえか?」

 月明かりがその見覚えのある鬼を照らしていた。


 美しい浴衣から見て取れるスタイルの良さと、目の覚めるような美貌。緩く波がかった栗色の長い髪と、ふっくらとした唇が醸すあやしい色香。


 そんな美女がなみなみと酒のつがれた盃をあおる姿は、あの頃と何も変わってなかった。


有栖ありす……羅市らいち……さん……!」

「やっぱりお前さんか! 久しぶりだなぁ、リュー。……再会を祝して、一杯どうだい?」


 その名を呼ばれた有栖羅市おには、ニヤリと口角を吊り上げた艶笑をリューに向けていた。

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