第86話 少女がふたり

 魔琴は散らばった本を自ら進んで集め、リューの指示通りに分類した。

 何かと興味深そうに、そして楽しそうな魔琴を見ていると、リューの顔も思わず綻んだ。


「……本当の図書委員みたいですよ、魔琴」

 リューは魔琴がとても嬉しそうに作業している様子に、自分もなんだか嬉しかった。

「マジで? 嬉しいな〜。やってみたかったんだよね、こういうこと」


 さっきまでの殺伐さはどこへやら。魔琴はニコニコと明るい少女そのものだ。

「……ねぇ、リュー」

 魔琴は本をまとめながら、リューの方は見ないままで問うた。

「リューはボクの事、訊かないの?」

「あなたのこと?」

「うん。『ボクのこと』さ……」


 それは魔琴の『素姓』の事を言っているのだと、リューは察した。


「……もし、あなたのことを詳しく知れば、私はそれを武人会に報告しなければいけません。いつ、どこで、何を、どのように……会話の内容までも、すべての顛末を詳細に報告しないといけないんです。だから、知らなければ報告のしようもない……そういうことです」

「そうなんだ。面倒くさそうだもんね。だったら敢えて訊かないほうがいいのかもね」

「それもそうですが……私は純粋に、あなたのことを武人会に報告したくないんです」

「……なんで?」

「さあ? なんででしょうか」


 どこか照れくささを隠す様な言い方だった。

 魔琴は「?」そのものの表情をしていたのだろう。リューはそれを見て、微笑んで続けた。


「……あなたとは『友達』になれそうな気がするんです。もし、武人会に報告したらその時点で私達の間に見えない壁ができてしまいそうな気がして。でも、いまのままなら私達は何者にも縛られない、ただの女の子同士です。だから……ね?」 

「友達……」


 魔琴は嬉しかった。

 感激すらしていた。

 だからこそ、自分の素性は明かせないと思った。

 自分がリューの母親の仇の娘などと、とても言えない。


「友達に、なれるかな……」

 魔琴は複雑だった。言葉では言い表せないこの気持ちは、初めての感情だ。

「なれますよ。きっと」

 微笑むリューの優しい顔が、胸に痛かった。

「……魔琴は私と友達になるのは、嫌ですか?」

「嫌じゃないよ! 嬉しいよ。でも……」

「でも?」

 だから、魔琴はこの気持ちをはぐらかした。


「……でもさ、リューとボクはライバルじゃん。あきくんの彼女カノジョの座を賭けてのさぁ〜」

 挑発するようにふざけて言ってはみたものの、リューは全然乗ってこなかった。むしろ、何故か寂しそうな微笑を浮かべていた。


「な、何よ? なんでそんな顔? ボクがバカみたいな空気になるからやめてよ」

「……実は、よくわからないんです」

「は? わかんない?」

「……好きという感情が、よくわからないんです」


 リューは作業の手を止め、分厚い本の背表紙に置かれた自分の手を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。


「アキくんには感謝しています。いつもとても良くしてくれます。優しい言葉をたくさんくれます。励ましてくれます。元気を、勇気をくれます。でも、それが恋愛感情なのかどうか、分からないんです。だから、魔琴のように自分の気持ちを素直に、正直に言葉にして、伝えられる事が羨ましいです」


 リューが常に感じていた『恋愛感情』に関する違和感。それはアキにも当てはまることだった。それは嘘のない、本当の気持ちでもあったのだ。


「そっかぁ、なるほどねぇ」

 魔琴はうんうんと何度も頷き、そしてぴっとリューを指差した。

「それがリューの『好き』でいいんじゃない?」

 魔琴の導き出した結論は、実にあっけらかんとしたシンプルなものだった。


「ボクの『好き』と、リューの『好き』は形が違うだけで中身は同じだよ。ただ、リューはちょっと腰が引けてるんじゃないかな?」

「腰が引けている? 臆病になっているということですか?」

「ちょっと違うなぁ。例えばさ……『武人である自分が恋をするなんて!』とか、つまんないこと考えてない?」

「……」

「いや、例えばだよ。そんなにマジな顔しないでよ」


 魔琴の指摘は存外、的を射ていた。

 確かに、そういう気持ちも無くは無い。


「リューは難しくっていうか、カタく考えすぎなんだよ、きっと。気持ちのカタチなんてみんな違うじゃん。だったら好きの形も違って当然。ボクはボクのやり方で。リューはリューのやり方で……みたいな感じで良くない? そんな感じでいいっしょ。恋は楽しまなきゃぁ!」


 って、ライバル相手に何励ましてんだか……と、魔琴は苦笑した。


「つーわけで、ボクは正々堂々あきくん獲りに行くからね。勝負だよ、リュー」

 そう言って拳を突き出す魔琴。

 その拳にはさっきの拳のような敵意はない。あるのは激励のような、友愛の念だった。


「……ありがとう、魔琴」

 リューは控えめに、それでもはっきりとした気持ちでそれに応え、魔琴の拳に自分の拳を優しく突き合わせた。


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