第82話 追試と魔琴と図書委員

 追試は午前10時からだったが、リューは9時前には学校に着いていた。


 土曜日の学校内は人もまばらで、部活動の生徒の掛け声や歓声が遠くで聞こえる。


 校庭では野球部とサッカー部が。

 体育館ではバスケットボール部が。

 校舎内の音楽室からはブラスバンド部が。

 それぞれの青春を謳歌している声を高らかに響かせていた。


「……」

 リューは自分の『選択』を後悔していない。

 ただ、時折思う。

 自分にも、普通の高校生のような青春があったのだろうか、と。


 柱の陰からそっと見つめる彼らは眩しい。

 或いは自分も、あんなふうに輝く事ができたのだろうか。

 そんなことを考えてしまうのだ。


 リューは時間までゆっくりと彼らを見て回った。

 早く教室に行って、試験開始まで最後の詰めをしても良かったが、今はこうしていたかった。

 そうすれば、自分が信じた道がよく見えたのだ。


 自分にしか出来ない、自分になら出来る事があると、改めて感じることができた。

 そこで自分が輝くのなら、それでいい。

鬼と命懸けで戦う事で彼らを守ることもまた青春の輝きであると、そう信じることができた。

 リューは自分の選択を後悔していない。

 それを再確認したかったのだ。


 例えその身が朽ち果てようとも、武術家として、武人会の武人としてその責務を全うできるのなら……。


 そして午前10時。追試は2年の教室で行われた。つまり、いつもの教室だ。

 同じく追試を受ける生徒は数人だったが、皆リューが追試を受けに来たことを心底驚いていた。

 そんな居づらい、所在ない状況での追試だったが、これといった苦戦をすることもなく終了した。

(全部、わかった……アキくんに教えてもらった通りにやったら、全部解けました……)

 今回の追試、解けない問題はなかった。

 もしかしたら本当に100点かもしれないと思った。

(アキくん……アキくんのおかげですよ……ありがとうございます。アキくん……) 


 リューの胸に、暖かなものがある。

 彼のことを想うと、その胸の何かが熱くなる。


 それを感じ始めてからだ。


 今まで『これだ』と信じてきた自分の生き方に、他の選択肢があるのかもしれないと思うようになったのは。


 それが何か、リューにはわからなかった。

 いや、正確には『わかろうとしなかった』のかもしれない。


 そうすれば『覚悟』がぶれてしまうかもしれないと、それが分かっていたからだ。



 試験が終わり、時刻は午前11時をすぎていた。

 リューは学食へと向かった。早めの昼食を摂るためだ。

 大斗には『約束がある』という嘘をついたので、このまま帰宅するわけにはいかない。


 それに、今帰宅すれば、きっと桃井がいる。

 それは、嫌だ。


「……」

 桃井に対するこの感情を、リューは認めたくなかった。

 心が弾力を失うような、毛羽立つような、この感じ。

 彼女は不気味に蠢く蟲の様な嫌悪感を、自身のこの感情に抱いていた。



 訪れた学食はほとんど貸し切り状態で、普段の喧騒とは真逆の静けさだった。

 しかも土曜の学食は人員も少なく早めに閉まる為、メニューもカレーや丼物しかない。

 それらは、今の彼女の気分にマッチしたメニューではなかった。


「……」

 そこでリューは隣接する売店で惣菜パンをいくつかと、パックのコーヒーを購入し、食堂を後にした。


 寂しい。

 リューは素直に、そう感じた。


 それが桃井に起因するものなのか、または別に原因があるのかわからなかったが、リューは言いようのない心細さを感じていた。


 いつもは澄や春鬼、そしてアキ達と賑やかに過ごす学校が、今はまるで知らない場所のようで不安だ。

 その不安。そして桃井への黒い感情。

 心がざわついた。


「……っ」

 今、自分が逃げ込める場所はどこかにないか。


 家には帰れない。

 帰りたくない。


 帰る場所を奪われた様な心持ちのリューは無意識に職員室に向かい、購買で買ったパン達を鞄に隠し、土曜出勤でたまたまそこにいただけの名前もよく知らない教師に声をかけた。


「図書委員の一之瀬です。図書室の鍵を貸してください。……はい。今日は閉館日ですが、図書委員の仕事で蔵書の整理に来ました」


 そう嘘をつき、彼女は今、唯一安らげる場所へと向かったのだった。



 そして同時刻。

 構内を徘徊する見慣れない少女がいた。


 人気ひとけの無い校内では一際目立つ、その銀髪。

 スラリとしたスタイルの良さと、白い肌。そして嘘のような美貌。


 まるでアニメキャラのような彼女は度々たびたび校内で目撃され、学校の七不思議的な扱いを受けつつあるが、彼女は現実に存在する!


 ……その名は、呂綺魔琴!!


 魔琴は今まさに仁惠之里高校に現れ、校内をましらのごとく徘徊し、ある人物を探していた。


「あっきく〜ん。どこかな〜??」

 今日もバッチリ仁惠之里高校の制服を身に纏い、堂々と校内を歩き回る魔琴。


昨夜ゆうべはいいところでふーちゃんに邪魔されちゃってロクにお話もできなかったからねぇ。出直して来ちゃったよ〜)

 今日はフーチが所用で夕方まで屋敷を離れることは確認済みの魔琴。


 これはあきくんとゆっくりお茶でもしながら色んな話をするチャンス……!!

 と意気込んできたものの、アキはおろか生徒の姿そのものがほぼないではないか。


(……もしかして)

 魔琴はスマホを取り出し、カレンダーを確認。


「あ、今日は土曜日ってやつか! お休みじゃん〜!!」

 その程度の知識は持ち合わせている魔琴。肝心の学校が休みでは、ここでアキに会うことは出来そうにない。

「ええ〜マジかぁ〜。せっかくのチャンスなのになぁ〜! あきくんの住んでるところ知らないし、探してるうちにふーちゃん帰ってきたら意味ないし、どーしたらいいのよ〜」


 頭を抱える魔琴だったが、その時不意に鼻孔をくすぐる『芳香』が、風に乗ってやってきた。

「ん? いい匂い……というか、いい香り。これ、どこかで……」


 魔琴は風に乗って来た花のような香りに誘われるように、図書室の方へと足を向けたのだった。


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