第79話 呂綺の宝才

 魔琴の瞳から余裕が消えた。


 同時に、魔琴の指先に変化があった。

 中指と人差し指を重ねるようにして、他は握る。

 そんな、まるで尖った凶器の先端を思わせる形態フォルムへと変化したのだ。


「!!」

 突然虎子が飛び退いた。

 せっかく獲った関節を惜しげもなく開放したのは、魔琴の刺突を避けるためだ。


 魔琴の尖った指先は猛スピードで虎子の脹脛ふくらはぎを突き刺しにかかったが、敢え無く空振り……しかし、完全に決まったスピニングトーホールドからは脱出を果たした。


「あっぶな〜!」

 魔琴の顔に笑顔が戻った反面、虎子の表情が固くなった。

「……魔琴、まだやるか?」

 魔琴にとっては意外な質問だったのだろう。彼女はきょとんとして首を傾げた。


「へ? ここからじゃないの? ここから面白くなっていく流れじゃん!」

「お前が『宝才ほうさい』を使うなら、私も武力ぶぢからを使わざるを得ない。そうなれば、単なる手合わせでは済まないぞ」

「……それって、やる前から虎子さんの勝確だし、もうやめとこ〜って言いたいの?」

「そこまで自惚れてはいないよ。私はこのままではお互いに大事なく終わることは難しいだろうと言っている。お前の宝才の鋭さがそれほどのものだと言うことだ」

「うーん、褒められてんのはわかるけど、なんかムカつくなー。やらなきゃわかんない事もあるでしょ? だからやめないよ。もうちょっと遊ぼうよ」

「……」

 虎子は腕を組み、苦い顔で俯いた。

 その様子に魔琴は小首を傾げる。

「ん? 何? どうしたの?」 

「……私では、どうしても私情を挟んでしまう」

「は? なんのこと??」

「このままでは、どのみち良くない結果にしかならんだろう」

「え? どういうこと??」

「なんとか説得してやってくれ」

「は? は? 誰と喋ってんの?」

「……頼む、ヤイコ」


 その名を呼ぶのとほぼ同時に、闇夜の空から小柄な人影が降ってきた。

「だ、誰っ!?」

 魔琴が咄嗟に飛び退く。

 否応なしに警戒せざるを得ないと、本能的に察知したのだ。


 音もたてず気配も感じさせず、虎子と魔琴の間に舞い降りたのは東京からやってきた忍者・大豪院だいごういん邪畏子ヤイコだった。


「……あなたが呂綺魔琴? 思ってたよりずっと可愛らしいわね」

 長い髪を掻き上げ、ヤイコは不敵な笑みを浮かべた。


「う、うわぁっ!? 女の子が降ってきた?!」

 突然『降ってきた』ヤイコに驚き、魔琴は幽霊でも見たのかというようなリアクションで距離を取る。


「いいリアクションだけど……一昔前のライトノベルの一文みたいなのは減点ね」

「な、なに? 誰? キミ……?」

「私? 私は虎子の友達よ。大豪院 邪畏子っていうの。東京で忍者やってるわ」

「忍者……知ってる! ホントにいたんだね! でも、忍者が何しに来たの? ヤイコちゃんは武人会なの?」

「今日は今年の夜回り初日だし、何があるかわからないからって、武人会からの要請で夜回りの協力に来たのよ。そうしたらとんでもない大物に当たっちゃったわ……まさかマヤが出てくるなんてね」


 ヤイコは軽口の様に喋っているが、警戒は全く怠っていない。ヤイコはその場の気配だけで魔琴が何者かを看破している。


「へぇ〜、忍者は物知りなんだね。それに強そう……ねぇねぇ、忍術的なの使えるの? その『見た目』も忍法とか?」

 そして魔琴もヤイコの正体を見破っている。お互いにおおよその実力も把握しつつあるがゆえに、場の空気は拮抗していた。


「あら、分かるの?」 

「匂いでなんとなくね。それに、子供はそんな高い香水つけないでしょ。香水で誤魔化してもヤイコちゃんの凄さは隠せないよ。ボクは鼻がいいんだ」

「匂い……なんか嫌だわ」

「いい匂いだよ。強くて、キレイで、容赦なさそう……」


 魔琴の瞳が輝きを放つ。一旦は鳴りを潜めた彼女の殺気が、再び漂い始めた。


「魔琴。『遊びたい』気持ちは分かるけど今日はやめておきなさい。虎子の言うとおりロクな事にはならないわ。それとも、口で言ってもわからないなら……」

 ヤイコは背中に手を回し、腰に仕込んだホルスターの留め具を外して彼女の『得物』をゆっくりと引きずり出す。


 ず、ず、ず……と姿を現したのはその小さな体躯に似つかわしくない大型のサバイバルナイフだった。


「少し痛い目でも見てみる?」

「うわぁぁぁ……カッコいい……」

 魔琴の顔が歓喜に歪む。当然、それは虎子が期待した説得とは程遠い。

「おいヤイコ、煽ってどうするんだ? 私は穏便に説得してほしいんだが?」

「そんなの無理って見ればわかるでしょ? だったら痛い目みさせてわからせるのが一番手っ取り早くない?」

「……人選、まちがったかなぁ……」


 虎子が天を仰ぐと、魔琴の懐から賑やかな電子音が鳴り響いた。それは携帯スマートフォンの着信音だった


「……?」

 ヤイコが眉をひそめる。それを知ってか知らずが魔琴は「ちょっとごめん!」と断りを入れてから電話に出た。


「もしもし? あ、姉さん……え?! ふーちゃんがボクを探してる?? やばやば……!」

 魔琴は慌てた様子で通話を終えると、申し訳無さそうに手を合わせた。


「ごめんヤイコちゃん! 急用できちゃった! 虎子さんもゴメンね! 帰らなきゃだから、またね!」

 言うが早いか、魔琴の足元から闇が吹き出して魔琴と背後の鬼達を全て包み込んでいく。


「じゃあねっ! そうそう、リューにもよろしく!」

「っ!?」

 瞬間、虎子の全身が泡立つ様にぞっとした。


「ま、待て魔琴! なぜお前がリューの事を!?」

「あ、やっぱりだったんだね。とりあえず『虎子さんが心配するようなこと』は無いよ。 詳しいことはあきくんに聞いてね。 じゃあね〜!」


 そして闇が膨張し、それが霧散したあとには何者もおらず、魔琴や鬼達は去っていったのだった。

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