第76話 武人会の夜回り

 一之瀬家から有馬家までは歩いて10分ほどだが、有馬家から迎えが来ていた。


「虎子様、国友様。本日は宜しくお願いします」

 黒塗りの高級車をバックに恭しく頭を垂れるのは有馬家専属運転手であると同時に仁恵之里最速の呼び声高い孤高の走り屋・藤原だ。


「よう藤原、いつも悪いな。しかもこんな夜中に……残業手当て出てるのか?」

「お気遣い痛み入ります」

 虎子はいつものようにフランクに挨拶を交わすが、藤原は畏まっている。


「国友様も、突然の招集に応じてくださり感謝申し上げます」

「い、いえいえ、むしろ、俺なんかなんの役にもたちそうもないのに来ちゃってよかったのかな……」

「勿論です。ささ、お乗りください」


 いつもと様子が違う藤原に気圧されるように、アキは後部座席の虎子の隣に座った。


「なあ虎子……藤原さん、いつもと様子が違わないか? なんか妙に丁寧っていうか、よそよそしいっていうか」

「そうだな。私はいつもどおりで構わないと言ってるんだが……藤原は変なところでカタイというか、融通が利かないというか」

「変なところ? それってどういうことだよ」

「今の我々は武人会の要請で動いている。しかも夜回りは常に危険が付きまとう。たまに死人もでるからな。仁恵之里の平和のために体を張る我々にそれ相応の敬意を表しているんだよ。だからって、そんなの別にいらんのにな」

「……死人?」

「たまにな。ごく、稀にだ」

「……帰っていい?」

「あなたは死なないわ。私が守るもの」


 色々な意味で青ざめるアキに、虎子は不敵な笑みを向けた。

「ま、心配無用さ。お前とは私が組むし、頼りになる助っ人も来ている。……どんな奴が来ているか教えてやろうか? 訊いたらきっと驚くぞ。つーか、男の子なら絶対にワクワクするぞ?」


 とても話したそうな虎子。アキはそれどころの精神状態では無かったが、あまりにも楽しそうな虎子をどうにかしたかったので

「……どんな奴が来てんだよ」

 と言うと、虎子はその整った唇をアキの耳元に寄せ、どこか楽しそうに囁いた。

「忍者だよ」



 そして有馬家へと到着した虎子とアキ。

 門の前には既に集まった30人ほどの武人会の警備員と、春鬼がいた。

 春鬼は人員の集合を確認すると傾注を促すように手を上げた。


「皆さん、お忙しい中お集まり頂き感謝します。本日、会長が急用で不在のため、私、有馬春鬼が指揮を務めさせていただきます。宜しくお願いします」


 すると男たちの野太い声が春鬼の声に応じるように低く響いた。


 その様子を見て、虎子はしみじみと「春鬼の奴もさまになって来たなぁ」と唸った。

 

「春鬼くんも中々の貫禄ね。流石は次期会長」


 突如、どこからともなく女性の声がした。

(……誰だ?)

 アキは辺りを見回した。聞いたことのない声だ。今の声は大人の女性を思わせる艶があったが、アキの回りにはそれらしい『女性』は虎子しかいない。


「……あなたが国友秋くん?」 


 再び女性の声。しかも、アキに話しかけている。


「???」

 前後左右を確認してもそれらしい人物はいない……いや、目の前にいた。

 目の前に、スーツ姿の子供がいたのだ。


 長く、流れるような黒髪と鋭い瞳。

 気の強さが溢れ出る眼光が威圧感すら感じる美しい顔立ちだが、子供だ。


 澄は小柄なだけで小学生みたいという感じだが、目の前の少女は全てのパーツがせいぜい小学6年生〜中学生になりたて程度なのだ。


 ただ、ジュニアアイドル然とした貫禄があった。


「私は大豪院だいごういん邪畏子やいこ。あなたのお父様にはとてもお世話になったのよ。でも、お亡くなりになっていたなんて……とても残念だわ。でも、元気を出してね、アキくん」  

「え? は、どうも……」

 小学生がまるで大人のように喋っている。この謎の状況に、アキはわけもわからず流されるしかなかった。


「あなたの事は虎子や会長から聞いているわ。武人会の一員として、これからも頑張ってね」

「は、はい……」

 そして差し出された少女の右手。アキはその手をとって握手したのだが、その華奢すぎる感覚に「この女の子は俺をからかっているのか?」という気がしてならない。


 そんな疑惑を吹き飛ばすように、虎子が彼女に声をかけた。

「ようヤイコ。久し振りだな。変わりはないか?」

「あら虎子、あなたこそ。元気だった?」

「ふふ、見ての通りさ」

「そのようね。また会えて嬉しいわ」

 ふたりは固い握手を交わし、再会を喜び合っている。その様子から旧知の仲だということはひと目で分かった。


「……アキ、彼女がさっき話をした助っ人だ。そいつもな」

「そいつ?」

 虎子の視線の先はアキの右隣だった。

 何の事かと右を向くと、そこには人の良さそうな中肉中背の青年が立っていた。


「っ!」

 まるで気配を感じなかった。

 そして、今も感じない。

 幽霊の様に実態が無いのかと思うほど気配を感じないその青年はアキの反応を楽しむように笑った。

「脅かしちゃったかな? ごめんね。僕は霧島きりしま伊助いすけ。ヤイコの同僚兼、仁恵之里の自然を愛するアマチュアカメラマンさ! ところで、澄ちゃんは? リューちゃん来てないの?」

 自慢のカメラを構えながらうろつく霧島。その様子は不審者以外、形容しようがない。


「……ごめんねアキくん。霧島こいつは筋金入りのカメラ小僧でロリコンなの。蔑んでいいのよ」

 霧島は「ロリコンとは失敬な! 僕はジュニアアイドルがどうのこうの云々うんぬん」……と言い訳がましい事を言い始めたがヤイコは完全スルーだった。


「とりあえずこの馬鹿は後で殴っとくから。私達は春鬼くんに挨拶してくるから。じゃあね虎子」

 ヤイコは霧島の襟首を捕まえると、彼を引きずりながら人混みの中に消えていった。


「なんか、よくわからない人達だったな……」

 アキの率直な感想に、虎子はさも可笑しそうに笑った。

「はっはっは! 確かに。実におかしなふたりだ」

「あの人達が助っ人の忍者? スーツ着てるし、全然忍者っぽくないんだけど」

「時代の流れさ。しかし主に仕えるという点は何も変わっていない。かつて江戸幕府に仕えていた『大豪院忍軍』が『大豪院セキュリティコンサルタント』という名前に変わり、日本政府というクライアントの為に仕事をする……スタイルが変わっただけで、しのびという『仕事』の内容は何も変わっとらんよ」

「大豪院? ……ってことは、あの女の子が……」

「ヤイコか? そうだ。ヤイコは大豪院忍軍の頭領だよ。頭領ボスのくせに現場に出たがるところは武人会ウチ会長ボスとよく似ているよ」

「頭領? あんな女の子が……なんだよ、何が可笑しいんだよ虎子?」


 虎子は何がそんなに可笑しいのか、さっきらクスクスと肩を震わせていた。

「いや、すまんすまん。しかし、可笑しくてなぁ。ヤイコが『あんな女の子』とは……くくくっ」

「なんだよ。どうみても女の子だろ。忍者って、あんな小さな子供も戦うのかよ?」

「まさかまさか。だいたい、ヤイコはああ見えて私とそう変わらない年齢だぞ?」

「……お前、そんなこと言ってまた俺をからかってんだろ?」

「とんでもない。あいつは忍術で年齢を10代前半程度に留めているんだ。そのほうが都合がいい事もあるんだと。コナン君と似たようなものだろうな」

「コナンは違うだろ。つーか嘘くせぇな……ホントにからかってない?」

「ないない。嘘だと思うならあいつと喧嘩をしてみるといい。あいつは私の友達の中でも五指に入る実力者だぞ。並の鬼はヤイコの殺気に近寄れもせんのだ」

「……嘘くせえけど、お前がそう言うならそうなんだろうな」

「お? やけにすんなり受け入れたな。お前も随分と仁恵之里ここに馴染んできたな。はっはっは!」

「馴染んできたというか、馴染まざるを得ないというか……」

「まぁ、結果は同じよ。はっはっは!」



 一方その頃。

 蓬莱山の奥の奥。

 ここまで来ると、人の世界と鬼の世界を隔てる結界が弱くなり、鬼の気配が強くなる。

 夏が近づくに連れ、それは色濃くなる。


 今日もまた大小様々な異形が結界の綻びから人の世界へと足を踏み入れるのだ。


 その中に一際美しい少女の『鬼』がいた。


 銀色の髪と瀟洒なドレスが印象的なその少女は、夜の闇に乗って漂うあの香りに心を踊らせた。

「……ん? あきくん来てる?」

 意外な『来訪者』に、魔琴はその透き通るような白い頬を少しだけ上気させていた。

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