第74話 リューが追試!?

 梅雨らしい蒸し暑さと雨が続く仁恵之里。


 まもなく訪れる夏休みの前に立ちはだかる期末試験という憎き壁を目前に控え、リューを一大事が襲った。


「つ、追試……ですか……?」

 先日行われた数学の小テストの答案を教師から受け取る際、その教師より追試を言い渡されたのだ。


 リューは基本的に成績優秀で、本来なら追試とは無縁の生徒である。

 しかし、そんなリューでも数学だけは大の苦手で、他の教科の成績が良いだけに数学の『穴』は目立っていた。


 今回の小テストも赤点とまではいかないまでも、お世辞にも良い成績とは言えず、教師も『一之瀬は数学を鍛えればもっと良くなる』という親心から追試を『提案』したのだ。


 教師にとっては提案でも追試は追試。

 リューはかなりのショックを受けたものの、持ち前のポジティブさでそれをなんとか受け入れた。


 ちなみにそれは『その週の月曜日』の出来事。

 そして追試が『その週の土曜日』。

 猶予は5日間しか無いのだ。


 その猶予の無さが、リューをさらに悩ませていた。

「追試で、最低でも75点は取りなさいって、先生が……」

 正解と不正解が半々といった答案を前に、リューはショボンと顔を伏せてしまっている。


 澄はその答案をまじまじと眺め、唸った。

「75点か……あとちょいじゃん。イケるっしょ」

「そのちょっとが大変なんですよ……澄はいいですよね、数学得意だし」

「フッフッフ。数学だけじゃないけどね!」

 澄はアキに向けて自分の答案をこれでもかと見せつけて満面の笑みを浮かべた。

 点数は85点。中々の高得点だろう。

「なんで俺に見せつけるんだよ……」

「あれ? なにその弱々な反応? もしかして、アキは赤点とかぁ? ……てい!」

 隙をついてアキの答案をひったくる澄。

「え? ちょ、おい!」

「どれどれ、アキの点数は……はあ?! 93点……だと!?」


 硬直する澄の手からひらひらと舞い落ちる答案を、アキはサッと掠め取って机の中に仕舞い込んだ。

「な、な、な、何あんた! もしかして頭いいの?!」

「どうかな……たまたまかもしれないし」

「なにその控えめな対応は! まさか、あたしをおもんぱかる的な感じか!! 余計なお世話じゃ!!!」

「お前じゃねーよ!」

 アキは机に突っ伏してしまったリューに視線を向けた。 

「ううう……ふたりともいいですねぇ。羨ましいですねぇ……」

「あ、ごごご、ごめんね、リュー」


 どんよりとしてしまった3人。

 しかしこのまま沈んでいても仕方がないし、追試の件はどうにかしなければいけない。


「……それじゃあさ、あんたが教えてあげれば?」

 澄の指先がアキに向いていた。

「は? 俺が?」

「そう。あんたそんだけ点数取れるんなら、教える側もできるんじゃないの?」

「まぁ、できるかも……だけど」

「ねぇねぇリュー。アキが手取り足取り教えてくれりゃあ、頑張れる度合いも上がるんじゃない?」

 リューは少しだけ顔を上げ、

「……でも、ご迷惑じゃないですか?」

 と、遠慮がちな瞳をアキに向けた。

「いや、俺で良ければ力になるよ。リューにはいつも世話になってばかりだし、恩返しができるなら」

アキがそう答えると、リューは瞳を潤ませた。

「アキくん……っ」


 急にいい感じのふたり。

 澄はやれやれハイハイと言ったふうに肩をすくめ、たまたま通りがかった鬼頭勇次の背中を突く。


「ねえねえ鬼頭、あんた何点? どうせケンカばっかしてるからとんでもない点数なんじゃないのぉ? ちょっち見せてよ」

「……ほらよ」

 と、答案を差し出す勇次。

 アキに負けた腹いせを勇次で……と思っていた澄。しかし……。

「ひゃ、100点!? 逆にとんでもねぇ!!」


 澄は力無く着席し、真っ白に燃え尽きたように項垂れた。 

 何がなんだかよくわからない勇次は少しだけ首を傾げ、言った。

「もう行ってもいいか?」

 澄は無言で頷き、勇次は答案を受け取ると『なんだったんだ?』と言いたげな表情のまま去っていった。


「……ねえリュー。鬼頭に教えてもらったら?」

 澄が言うと、リューは机に突っ伏したままアキの制服の袖をちょんと摘み、

「アキくんがいいです」

 

そう呟くリューの耳は真っ赤だった。

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