第72話 欲張れない性分ですので

 魔琴は制服姿でも十分目立った。

 美少女を絵に描いたようルックスとアニメキャラのような美しい銀髪は否応なしに視線を集めてしまう。


 アキ達は情報交換をするために、校舎内にある視聴覚室という普段は使われていない教室を目指して廊下を歩いているだけなのにやたらと視線を感じた。原因は言わずもがな、魔琴だ。


「わぁ、学校って賑やかなんだね! 人がいっぱい!」

 魔琴は人間の世界に興味津々なようで、目を輝かせて辺りを見回している。

 その様子も愛らしく、男子生徒だけではなく女子生徒も魔琴を遠巻きに眺めていた。


 なるべく目立たない様に、なんて考えていたがこれでは元も子もない。澄は足早に視聴覚室を目指す。

「ほら、さっさと歩く! あんたこの学校の生徒じゃないんだし、いろいろバレて詮索されてもろくな事ないんだから」

「大丈夫だよ〜。制服着てるんだし、バレないバレない」

「大体その制服どこで手に入れたのよ? まさか買いに来たの?」

「さっき言ったじゃん? ふーちゃんの手作りだよ。ボクの誕生日にプレゼントしてくれたんだ」

「あの執事が? 引くほど器用ね……」


 そうこうしているうちに視聴覚室に到着。

 3人は部屋に入ると直ぐに鍵を掛け、澄は出入り口のドアに護符を貼った。

 そしてその護符を人差し指で軽く撫でると、例の星のような輝きが護符の周りに散った。

「……それが籠目守かごめまもりかぁ。キレイだね」

 魔琴が言うと、澄は「そう?」と素っ気ない態度だったが、その表情は満更でもない様子だった。

 アキは澄に促されて部屋のカーテンを全て閉め、電灯を点けた。


 3人は広い教室の真ん中に向かい合うように着席すると、澄が「それじゃ」と口火を切った。


「早速なんだけど、魔琴あんたはどうして私の名前や籠目守りの事を知ってるの? 初対面なんだけど」

 澄はわざと声のトーンを下げて威圧するが、魔琴は全く意に介さず、ニコニコと嬉しそうにしている。


「まぁまぁ、そんなに怖い顔しないでよ。ボクはこれでもマヤのひとりだよ。武人会の事はパパやふーちゃんからよく聞くし、キミ達がマヤの事を知ってる程度には、人間側そっちの事は知ってるよ。護法家護符術の護法澄ちゃん」

「……ちゃんとかいらないし。あたしもあんたのこと魔琴って呼ぶから。いいよね?」

「いいよいいよ。トモダチって感じするよね〜」

「……」 

「ね? 澄ぃ〜」

 ニコニコと人懐っこい笑顔を絶やさない魔琴。ともすれば裏がありそうにも受け取れるが、澄は魔琴に不思議と不信感は感じなかった。


「……まぁ、いいわ。ぶっちゃけ、あたし的には武人会がどうとかマヤがどうとかはどうでもいいの。知りたいのは、リューの事よ」

「一之瀬 流? さっきの子だよね。カワイイ子だね」

 言葉とは裏腹に、魔琴の視線が鋭さを帯びた。

「可愛くて、強そう……」

 鋭さの中に艶のある瞳。澄はマヤが生粋の戦士であることを再確認させられる心持ちだった。


 マヤにとって、闘争本能は人間の3大欲求に等しい。強ければ強いほど強い子孫を遺せるというシンプルな野生的思考は戦闘能力の高さに純粋な愛情を抱く。彼らにとって『戦う』という事は神聖なものであると同時に、最高の娯楽でもあるのだ。

 故に、澄は魔琴をリューに接触させたくはなかった。


「魔琴。あんたはリューについて何をどこまで知ってる?」

「ウチのパパがリューのお母さんを殺したんだよね」


あまりにストレートな言葉に、アキも澄も絶句した。


「ん? 何? どうしたの? ふたりとも」

「……そういう事、あんまりハッキリ言わない方がいいよ……」

 何食わぬ顔の魔琴に対し、澄は憤りを抑えながらそう言うのが精一杯だった。


 魔琴は腕を組んで「うーん」と、何かを考えるような仕草で続ける。

「……まぁ、人間的には『そういう感じ』になっちゃうんだろうけど、決闘で死ぬとかなんとかってのはさ、マヤ的にはほまれなことなんだよ。それにパパは雪さんのことを『偉大な武術家だった』って何度も言ってるよ。尊敬してるんだって。……この感覚の違いって、ちょっと難しいとこかもね」

「……それでも、人間の世界にいるときは気をつけて。それがあんたのためでもあるんだから」

「うん、わかった。ボクも人間とは仲良くしたいし。気を付けるね」


 魔琴は素直で純粋だ。澄はその驚くほど透明な心根に新鮮な感動を覚えていた。

 同時に、その純粋さと同居する幼さのようなものには懸念を感じていた。


「ねぇ魔琴、ちょっと言いにくいことなんだけど、敢えてはっきり言うね」

 澄が姿勢を正した。つられるように魔琴も背筋を伸ばす。

「リューはお母さんを殺した呂綺乱尽あんたのちちおやを憎んでる。あの子が強くなる理由は親の仇を討つためよ。リューにとって、それは人生の目標でもあるわ」

「そっかぁ。そりゃそうだよね。ボクでも同じ事するもん」


 あっけらかんとした魔琴の態度に、澄は肩透かしを喰らった様な気分だった。

 そんな澄に、魔琴は首を傾げた。

「で? それがなに?」

「いや、それがなにって、何よ」

「仇討ちとか、やりたきゃやればいいじゃん。パパだって正面から受けて立つでしょ。それはボクとは関係ないことだよ。澄は何が言いたいの?」


 根本的な感覚の違いは死生観の違いがゆえか。マヤのそれはサムライの死生観に近いものもあるが、魔琴のそれはやや拙く思えた。


「とにかく、リューにはあんたが呂綺乱尽の娘だってことは黙ってて欲しいの」

「じゃないとリューが『親の仇!』みたいなノリでボクを殺しちゃうとか?」

「そうとは限らないけど、トラブルにはなり得ると思う。あんただってもしリューと戦うってなったら……」

「もちろん、喜んで受けて立つよ。九門九龍かぁ……強いんだろうなぁ〜、楽しいんだろうなぁ〜」

 うっとりとする魔琴。澄は自分を落ち着かせるためにも深いため息をついた。


「とにかく、あたしはリューとあんたに戦って欲しくないの。理由はふたつ。ひとつは単純にリューが大事だから。もうひとつは和平交渉がこじれるかもだから」

「ふむふむ。ボクとリューが戦って、万が一にもどっちかが死んじゃったりしたら話し合いどころじゃないもんね」

「そういう事よ」

「リューが大事ってのは?」

「そのまんまよ。友達が無意味に傷付くのなんて見てらんないよ」

「澄は優しいんだね」


 魔琴のどストレートな言葉と純粋そのものの笑顔に、澄は顔が一気に赤くなる。

「へ? ば、バカじゃない? こんなのフツーでしょ。い、いきなり何言ってんのよ」

「いいじゃん照れなくても。友達かぁ……いいなぁ」

 少しだけ寂しそうな瞳の魔琴。しかし、直ぐにもとの爛々とした瞳に戻った。


「うん、わかった。リューには内緒にしとく。それがみんなのためだもんね」

「……意外なほど物分かりがいいわね。助かるけど」

「だってボクは人間と仲良くなりたいもん。あと、アキくんとは特に、もっともーっと仲良くなりたいんだ」

「は?」

 突然のご指名にアキは呆然とした。

 今の今まで置物のように黙っていた彼に視線が集中する。 

「アキくんカッコいいし、優しいし、いい匂いするし……ねぇアキくん、ボクと結婚して子供作ろうよ!」

「ちょ、はあ? 何言ってんのよあんた?!」


 澄が立ち上がると魔琴はすかさずアキの側へと移動。彼の腕にしがみつくようにして体を密着させた。

「お、おい魔琴……」

「マヤは本能的なことにすごく正直なんだよ。アキくんと初めて逢ったときにビリビリ来たんだ。あ、この人の子供欲しい……ってね」

 すりすりとアキの胸に頬ずりする魔琴。そんな状況を黙って見ている澄ではない。

「真っ昼間っから無茶苦茶言ってんじゃないわよあんたは! アキもデレデレしてんじゃないよ!」

「あきくんとボクがどうなろうと澄には関係なくない? それとも、リューの事が気になるとか? でもリューはあきくんの彼女じゃないんでしょ? なら別に良くない?」

「アキ! どうなのよ! リューと魔琴なら当然リューを取るよね! ね!!」

「ボクだよね〜、あきくん!」


 ふたりの少女に詰め寄られ、徐々に後退するアキ。

「ちょ、ちょっと待てよふたりとも……」

 ついに出入り口まで追い詰められ、彼が取った行動は……

「ごめん! さよなら!!」

 なんとアキはドアを開け、逃走したのだ!

「あ?! アキ!!」

「ええ? あきく〜ん!」

 走り去るアキ。澄はその情けない背中を睨みつけ、純粋に憤った。

「あンのヘタレ!! 逃げやがった!」

「ありゃりゃ、あきくんったら照れ屋さんだなぁ」


 残されたふたりは顔を見合わせ、澄は憮然とした顔で、

「……アキにちょっかい出すのもやめてね」

 と言うと、魔琴は満面の笑みで、

「それは約束できないなぁ。あきくんがボクかリューかを決めらんないなら、ボクがあきくんを振り向かせて見せるもんね」

 と返した。そして……

「これは澄には関係ないよね。もちろんリューにも。決めるのはあきくんだし」

 返す言葉もない澄。もはやため息しか出てこなかった。


「……でも、リューに『パパのこと黙っておく』ってのは守るから安心してね、澄」

 そう言って、魔琴は微笑んだ。

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