異界の者達
第71話 魔琴は知りたい今すぐ知りたい
魔琴が去ってすぐ、澄は一枚の護符を他の誰にも知られないように、アキのズボンのポケットに押し込んだ。
そこには『後で話あるんだけど』とボールペンで書かれていた。
アキが確認すると護符は煙のように消えてしまったので、澄の話の内容が他に聞かれたくないこと、というかリューに聞かれたくないことであるのはほぼ間違いなかった。
放課後、リューは図書委員の仕事で図書室へ。アキは澄と合流して
「人避けの護符貼るけど」
澄は護符を近くの柱に貼り付け、
「変なことしたら大声だすからね」
と、アキに釘を刺した。
「するか! アホか!?」
「ムキになるところが怪しいわ」
「んなことどーでもいいわ! で? 話ってなんだよ」
「あんたさ、なんで呂綺魔琴と面識あんのよ?」
澄の目つきが鋭くなった。彼女はいち友人としてと同時に、武人会の武人としても同じ質問をしているのだ。
「……
「で? なんかあったの?」
「なんか……って」
アキの手のひらに魔琴の胸の感触が蘇る。
「……別に。お互いに自己紹介したぐらいかな。そんときは俺もまだ武人会じゃなかったし。武人会かどうか訊かれて、違うって答えた」
「……そう」
澄は大きなため息をついた。
「なんだよ? なんか問題でもあんのか?」
「無いよ。別に武人会に報告しろとかも無いし。ただ、はじめて呂綺魔琴の実物見たからさ。あんたは面識あったみたいだったし、最低限いつどこで会ったのかぐらいは知っときたかっただけ」
「実物を初めて見た? お前も知ってたっぽいだろ?」
「名前だけだよ。呂綺魔琴の事を知ってるのは
「……なんでみんな知らないんだ? そういうのって武人会全体で共有するもんなんじゃないのか?」
「さあ? あたしもお父さん経由でたまたま知っただけだし。会長が公表しない考えらしいから、知ってる人が限定的になるのも自然なんじゃない? でも、お父さんからは口止めされたよ。理由を聞いたら、争い事は少ないに越したことはないって……今にして思えば『そういう事か』って、分かった気がする」
「それって、もしかして魔琴が乱尽の娘って事がリューに知れたらって事か……?」
「それだけじゃないかもだけど、うちらにとってはそうだよね。親の仇の子供だもん。リューだって『ハイそうですか』とはならないでしょ。魔琴はそのへん分かってて喧嘩ふっかけたんじゃないかな。でも、リューは乗ってこなかった。魔琴も深追いしなかった。まぁ、あの執事みたいなヤツが来たからってのもあるけど、色んな偶然が重なって事なきを得たのかもしれないけどね」
澄は近くにあった手頃な大きさのコンクリートブロックに腰をおろし、続けた。
「問題は、これから
蓬莱神社で出会ったとき、魔琴はドレスを着ていた。もしあのとき制服を持っていれば、きっと
そもそも何故ドレスだったのか、アキは思い返してみて、改めて謎だった。
(もしかしたらドレスしか持ってなかったとか? フーチとかいう執事がいるところからして、魔琴ってスゲーお金持ちなのかも……)
フーチのあの態度からして、鬼側にとっても魔琴を人間界には行かせたくないようだし、魔琴自身もなるべく目立たない様に配慮していたのだろう。
『目立つ服装』。それさえクリア出来たのなら……。
「……まあ、そうだな。それにしても、魔琴はどこからウチの制服なんて手に入れたんだ?」
すると、どこからともなく声がした。
「あれはね、ふーちゃんの手作りなんだよ」
誰の声かなんて確認する必要もないだろう。澄が舌打ちをした。
「もっとちゃんとした結界を張っとけばよかった……」
腕を組み、憮然とした澄の視線の先に、突如闇が渦を巻くように集合。やがてそれは人形になり、霧散する代わりに制服姿の魔琴が現れた。
「ま、魔琴!?」
慌てるアキに、魔琴は照れくさそうな笑顔を向けた。
「えへへ。来ちゃった」
ぺろりと舌を出す魔琴。澄は懐から護符を抜き、それを銃口の様に魔琴に向けた。
「何しに来たのよ! つーか帰ったんじゃなかったの?!」
「帰ったけど、ふーちゃんが急用でどこかいっちゃったから、また来たの」
「お家で大人しくしてろっての! それともなに? またリューにちょっかいでもかけに来たの?」
澄からじわじわと殺気が漏れているようだ。それに気付いた魔琴は両手をパタパタと振り、苦笑いをした。
「ちょい待ち! ボクは喧嘩をしにきたわけじゃないよ。話を聞きに来たの」
「……話? なんのよ」
「さっき『後で話す』的なこと言ってたじゃん。護法 澄ちゃん?」
名前を呼ばれた澄は少しだけ驚くような目をしたが、直ぐに鋭い視線にもどった。
「……あんた、何をどこまで知ってんのよ」
それに対し、魔琴はにっこり微笑んで答えた。
「んじゃ、情報交換しようかぁ」
そして澄が貼った人避けの護符を剥がした。
澄は小声で「あっさり剥がしてんじゃねーわ」と、眉間に皺を寄せる。
「……場所変えようよ。で、もっと強い人避けの結界張ってね。ふーちゃんに邪魔されたくないし」
そう言って、魔琴は天真爛漫な笑みをふたりに向けたのだった。
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