第69話 私の御主人様がこんなに可愛いはずがあるッッッ!!
ここは鬼の住まう世界・カルラコルム。
そこには鬼と呼ばれる異形の者が跋扈しているのだが、それとは別に『マヤ』と呼ばれる『鬼の貴族』が存在する。
彼等は異形どころか人間と全く見分けがつかない上に、その全てが容姿端麗、頭脳明晰。単純な腕力も人間の比にならず、まさに神の如き存在といってもいいだろう。
『マヤ』……今では数こそ少なくなりはしたが、その絶大な権力は過去も今も、そして未来も変わらない。
マヤはカルラコルムの支配階級として他の鬼たちの上に君臨し続けるのである。
そんなマヤの代表格に
由緒正しきカルラコルム最強の一族と称されるその
抜群の容姿と美しい銀髪。そして、桁外れの戦闘能力。
彼女の名は
今日は魔琴の16歳の誕生日だった。
呂綺家の執事・フーチは魔琴が希望した誕生日のプレゼントを本当に彼女の希望通りに用意して良いものかどうか、直前まで悩み抜いた。
(敬愛する主の希望に沿うのが執事としてあるべき姿……しかし、今回ばかりは……)
彼ほどの合理主義者がこんなに悩むのも無理はない。魔琴が欲しがったプレゼントというのは、なんと『仁恵之里高校の制服』だったのだ。
(……結局、用意してしまいましたが……)
フーチは複雑な面持ちで魔琴の部屋のドアを見つめた。今まさに、あの部屋の中では魔琴が人間の世界の衣服を……!
大の人間嫌いのフーチ。そんな彼が人間の世界の物を主に贈るなどと有り得ない話なのだが、フーチは魔琴の『おねだり』と、それが叶ったときの彼女の笑顔にめっぽう弱かった。
彼が嫌々ながらも制服を用意したのも、すべては魔琴の笑顔が見たかったからだった。
(プレゼントをお渡ししたときの、あの嬉しそうな顔……渡しただけでアレですから、今頃は……ッ!!)
そして魔琴の部屋の中では着替えの手伝いを頼まれた平山家に仕える赤髪の美女・レレが魔琴の着替えを今まさに完了させていた。
「……はい、これで完璧よ、マコちゃん」
「ありがと、レレ!」
仁恵之里高校の制服に着替えた魔琴。
大きな姿見にその姿を映し、大満足の笑顔を浮かべた。
「どう? レレ。似合ってる?」
「うん、すごく似合ってる。本当にカワイイわよ」
「えへへへ〜! めっちゃ嬉しい!」
「……フーチ、入っていいわよ」
レレが扉に向かって言うと、即座にドアノブが回った。
(スタンバってたのね……)
平静を装っているフーチだが、レレにはその歓喜が丸見えだった。
「ねえねえふーちゃん! 似合ってる?」
「はいお嬢様。大変お似合いでございます」
ニッコリと微笑むフーチだが、本当は狂喜乱舞の心持ちだった。
(か、可愛すぎる! 可愛いが押し寄せてくる!!)
魔琴は姿見の前でいろいろなポーズをとって本当に嬉しそうだ。
そんな魔琴を見つめつつ、レレはフーチに囁いた。
「しっかし、あなたがマコちゃんの希望通りの物を用意するとは思わなかったわ」
「当然迷いましたが、或いはこれもお嬢様のためかと……それはそうとレレ。お忙しい中、お着替えのために当家へお呼びだてして申し訳ありませんでした」
「いいのよそれは。ところで、マコちゃんのためって言うけど……それって、人間との共存を見据えてってこと?」
「それも1つの選択肢ということです」
「ちょっと前まで共存なんて断固拒否って感じだったけど……もうそんなことも言ってられないか……」
レレは窓から視線を外に投げた。
フーチも同じように、その先にある『黒い壁のようなもの』を見つめた。
その黒い壁のようなものは端から端まで区別できないほど大きく、そして異様だった。
「いずれこの世界はあの『黒』に飲み込まれます。ですが、お嬢様は別です。回避できるのであれば、するべきだと言うことです」
「……『コカツ』か。忌々しいわね」
レレはその黒の名を呼んだ。
あれは魔界現象『コカツ』。
全てを飲み込み、無に帰すという魔界の超自然現象。
その現象は既に魔界のほとんどを飲み込み、魔界の一部と繋がっているカルラコルムにまで侵食。
以来、多くの土地が漆黒の『無』に飲み込まれた。
コカツの原因は不明。大魔法使い・平山不死美ですら止めることができないが、コカツは次元を超えることは出来ない。つまり、人間界には影響がないのだ。
(それもあって不死美様は人間との和平に尽力してこられた……それはきっと、次の世代のため……)
絶対に抗えない破滅の使徒に、レレは一縷の希望も見ていた。
「おかげでマコちゃんは救われるのかもね。色々な意味で……」
「なにか言いましたか? レレ」
「いいえ。何も。それにしても嬉しそうね」
レレは鏡の前ではしゃぐ魔琴に目を細めた。
フーチはそんな魔琴を見つめながら、レレに耳打ちした。
「レレ、私があの制服を用立てたということは、旦那様にはどうかご内密に……」
「ええ。いいわよ。いいけど……」
レレは小さなため息を1つ零した。
「バレるわよね、すぐに」
「……やはり、そうでしょうか」
「
「……やはり、そうですよね……」
ふたりは心底楽しそうな魔琴を見つめ、ため息をついたのだった。
一方、こちらは仁恵之里。
あの激闘から数日経ち、リューの怪我(といっても打撲程度だが)もすっかり良くなり、彼らは日常を取り戻していた。
その中で大きな変化が2つあった。
1つは鬼頭勇次が急に大人しくなったということ。
それまでの荒くれ者が嘘のように鳴りを潜め、誰彼構わず威嚇することもなくなったのだ。
もともと寡黙だった彼は更に物静かになり、クラスの中でも居るんだが居ないんだが分からない程度になったが、そのゴツい体格のおかげで妙な存在感は依然としてあった。
「鬼頭くんはもともと乱暴者ではないですよ。あの試合は1つのきっかけですね」
リューはそう言うが、明らかにあの試合が原因だろう。しかし、そこで敗北と自らの未熟に向き合ってのことであれば、やはり勇次は元来ストイックで寡黙なだけの、真面目な武術家なのだろう。
「なぁにがストイックで真面目よ。単にリューにボコスコにされたからショボーンってなってるだけっしょ。すぐに元通りになるって」
澄は『勇次危険人物説』を譲らないが、いまのところ人畜無害なのは違いないし、アキも個人的にはリューの意見と同じ見解だった。
「まぁ、俺も鬼頭はそんなに悪いやつだとは思わないぞ。週明け、ちゃんと謝ってきたし」
「はあ? 謝ってきたぁ?? あの鬼頭が?」
「
「マジで? あの謝罪のネジがぶっ飛んでるって噂の鬼頭が謝るとか信じられない。でもまぁいい機会だから、賠償請求とかしたったら?」
「実際したら引くだろ……」
「うん。引くなぁ」
そんなこんなでいつもの日常を謳歌する面々。
だから1つ目の変化は変化という程のものでもなく、また彼らの日常を変えてしまう程のものでもなかった。
では、2つ目の変化はどうだろう。
その変化が訪れる前。前兆のような現象が確認されていた。
仁恵之里で、不思議な少女の目撃情報が多数あったのだ。
その目撃情報にはいくつかの共通点があった。
1. とんでもない美少女
2. アニメキャラのような美しい銀髪
3. 仁恵之里高校の制服を着用
この3つはどの目撃情報にも共通しているが、当の仁恵之里高校の生徒は『その3つに当てはまる生徒』には心当たりがないという。
それが2つ目の変化。
その変化は、確実にリューやアキ達の日常を大きく変えてしまうことだろう。
その変化の正体が今まさに、リュー達の間近へと迫っていた。
「くんくん……この匂いは……あきくんだ!」
仁恵之里高校の制服に身を包んだ呂綺魔琴が……2つ目の変化が、ついに訪れたのだ!
「ここにあきくんがいるんだね……」
魔琴は嬉しそうに呟くと、仁恵之里高校の校舎を見てニヤリと笑みを浮かべたのだった。
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