第68話 あなたは武人です

「勝者……一之瀬 流!!」


 勝利者の宣言は、この結果が絶対に覆らない保証である。


 リューはそれを聞いた途端、勇次からそれこそ脱兎の如く離れて彼を解放し、気を失う彼をその目で確認した。


 その途端、へなへなと脱力し、ぺたんとその場に尻もちをついて力なく天を仰いだ。

「……勝った……」 

 掠れるように呟く彼女の表情は、喜びよりも安堵の色が濃かった。

 同時に、観衆から祝福の拍手と声援がリューに降り注ぎ、健闘を讃えるそれも同じように勇次へと降り注いだ。


「リューーー!! おめでとう!!」

 澄はいの一番にリューの胸に飛び込み、涙ながらに親友の勝利を祝福した。

「ありがとう、澄」

「リュー! すごいよリュー! ほんとにすごい! おめでとう! おめでとう!!」

 泣きじゃくる澄の頭を優しく撫でるリュー。そこへ虎子がやってきて、リューの頭を優しく撫でた。

「おめでとうリュー。課題は残るが、良い戦いだったぞ」

 嬉しそうに微笑む虎子。リューはそれ以上に嬉しそうに笑った。

「はい! ありがとうございます!!」

 虎子は笑顔で頷き、そして倒れたままの勇次のもとへ行き、失神する勇次を抱き上げると……

「むん!」 

 と、短い気合いと共に勇次を一瞬強く抱きしめた。気付けである。


「……虎子さん……」 

 意識を取り戻した勇次は目の前の虎子と、辺りの状況から全てを察知。

「……負けたんスね……」

 そう呟くと、悔しさを隠すようにうつむいた。

 しかし虎子は彼の肩を抱き、

「良い戦いだったぞ、勇次」

 そして彼の背中を平手で思い切り叩いた。

「胸を張れ!」


 バッチィ!!

 

 乾いた音が痛々しいが、勇次はそれを心地よく感じていた。

「良い勝負だった!」

 虎子が拍手を送ると、会場の全員がそれに呼応するように惜しみない拍手を二人へと贈る。


 アキはリューの側へ歩み寄り、しゃがみ込むリューに視線を合わせるように片膝をついた。普通にしゃがまなかったのはどうしてか自分でもよくわからないが、とにかく彼女に対する敬意を表したかったのだ。


「お、おめでとう、リュー」

 なんでもっと気の利いたセリフが出てこないものかと自分でも歯痒かったが、リューは目に涙を一杯に溜めて、微笑んだ。

「ありがとうございます……アキくんの声、聞こえましたよ」

「え? ああ、アレね……勝てよとか、勝手なこと言って、なんかごめん……」

「そんなことないです。あの声があったから、私は勝てました。勝ちたいって、心の底から思ったんです」


 リューはおもむろにアキの手を取った。

 彼女の手は傷だらけで、とても高校生の女の子の手とは思えない状態だったが、リューはそれを毛の先程も気にする様子はない。


 それはリューにとってそれが普通であり、日常であり、彼女が戦う存在だからなのだろう。

 リューは自分に疑問を抱いてなどいない。リューは、自分を信じているのだ。


 アキはその手をまるで宝物のように優しく、丁寧に握り返した。 

 するとリューは一瞬驚いたように肩を震わせたが、それはすぐに落ち着いて、彼女は頬を少し緩めて、そしてそれを赤らめた。


「あれ? あれれれ? リュー??」

 澄が冷やかし、リューは更に照れて、といつものような穏やかな空気が流れかけたが、突如その流れが断ち切られた。

 鬼頭勇次が現れたのだ。

 勇次はリューの前で立ち止まると、無言でリューを見つめた。


 澄はすぐにリューを守るように勇次の前に立ちはだかり、護符を構えた。

「何よあんた気色悪っ! もう勝負はついたっつーの! 納得できねーってんなら、リューの代わりにあたしが相手になってやンよ!」

 しかし勇次は澄には一瞥もくれず、黙ってリューだけを見ていた。


「澄、大丈夫です」 

「え? リュー??」

 リューはゆっくりと立ち上がり、勇次と向き合った。 

「鬼頭くん……」 

 勇次は何も言わず、リューを見つめたまま……

「……」

 おもむろに姿勢を正し、両腕を上げて胸の前で交差させ、勢いよくそれを両脇まで引いて頭を下げた。 


 美しい『十字礼』だった。


 それを見て一同驚きと、その整えられた所作に見惚れてしまったので勇次がそのまま立ち去るまで誰も反応できなかったが、リューは慌てて彼を呼び止めた。

「鬼頭くん!」

 勇次はリューの呼びかけに反応することなく、足も止めず、振り返りもしなかった。

 しかし、リューは続けた。


「あなたは私が女だからといって手心を加えたりしなかった! ひとりの倒すべき敵として、私に本気で向かってきてくれた! だから私も全力を尽くすことができたんです!」


 勇次はやはり振り返らない。しかし、リューはそれでも声を上げる。これだけはどうしても伝えたかったからだ。

「ありがとう鬼頭くん! あなたは……あなたは、その名に恥じない『武人』です!!」

「……」 

「立派で、強くて、誇り高い、堂々の武人です! あなたと戦えた事……あなたと一緒に戦える事を、私は誇りに思います!!」

「……」

 勇次は結局足を止めず、ふり返らず、そのままその場をあとにした。

 

澄は腕を組みながらその様子を見て一言。

「照れてやんの。耳真っ赤じゃん」

 確かに勇次の耳は真っ赤だったが、虎子は少し違う感触を感じていた。

(男泣きか……)

 そして勇次は静かに去っていった。


 春鬼はその背中を最後まで見送ると、リューのところへやってきた。

「おめでとう、リュー。試合の結果は詳細と併せて会長に報告するが、お前の勝ちは確定している」

「はい。ありがとうございます」

「この試合に勝ったと言うことがどういうことかはわかるな?」

「はい。心得ています」

「奉納試合の奉納者に正式内定……武人として一世一代の大役だ。頑張れよ」

「はい! がんばります! よーし、気合い入れますよ! えい、えい……む!」

 直前までの元気が一転、リューは突然ふらついた。

「むむむ??」

 よろよろとふらつき、アキに倒れ込むようにして座り込んでしまった。

「お、おいリュー? 大丈夫か??」

「はい、大丈夫なんですけど、安心したらなんか疲れがどっと来たっていうか、眠たくなっちゃって……」

 そしてリューはそのまま目を瞑り、黙ってしまった。

「え? リュー? もしもし?」

 慌てるアキを横目に虎子はすかさずリューの脈と熱を測り、そしてリューの頭を優しく撫でた。

「心配ないよ。眠っているだけだ。あれ程の死闘だったんだ、無理もない」

 

 そしてリューを抱きかかえ、静かに寝息を立てるリューに囁いた。

「……本当の死闘はこれからだぞ……」


 だから今だけは。

 せめて今だけは。


 今後リューが臨む戦いの苛烈さを知る武人達は、誰もリューの眠りを妨げたりはしなかった。


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