第65話 心意気があるから

 リューの『咲麻』が勇次の脳天を捉えた!

「ぅぐぅっ!!」

 勇次の視界に火花が散り、口から押し潰されて濁った音が溢れる。


 だが、浅い。

 仕留めるには至らない。

 リューは即座に次の攻撃に移ろうとするが……


「!!」 

 再び目眩のような視覚のブレに襲われ、初動が鈍った。


 勇次はその隙を見逃さず即座に離脱。

 リューとの十分な距離を取った。

(今のは、さっきのと同じ……)


 リューはその距離を安全圏だと感じた。

(でも、『次』が来ない……)

 根拠は乏しいが、今なら、恐らく『何も来ない』と直感したのだ。


 その様子を見て虎子の口角がほんの少しだけ上がった。

(リューは気がついたか……それとも、純粋な勘か?)

 いずれにしても、たった一度の被弾でそこに辿り着くのは並の武道家では不可能だ。それを可能にするのは才能……いや、それを超えた『天稟てんぴん』の為せる技だろう。


 ゆっくりと立ち上がるリュー。

 顔面への三連撃は正直、こたえた。

 しかし、まだまだ戦える。


 鼻血は酷いが骨折はしていない。

 歯も折れていない。眼球も損傷なし。

 痛いことには違いないが、無事だ。

 普通の人間なら顔面が文字通りに潰れてしまっていただろう。

 それを、持ち堪えたのだ。


 何より懸念していた脳へのダメージは軽微だった。視界はクリアだし、ふらつきもない。つまり、脳震盪は起こしていない。


 ではあの目眩はなんだろう。

 同時に感じた『武力ぶぢから』の揺らぎはなんだろう。

 そしてその目眩の後に来た『墜落感』。

 足元が突然抜け、落下するような感覚。

 あの感覚は初めての経験だった。そして、全く抗えなかった。


(鬼頭くんの攻撃は3度だった。変化する蹴り。見えなくなる突き。そして、あの落ちる感覚からの膝……)


 それだけで多くの推察が生まれたが、それを確実なものにするにはそれぞれ立証する必要がある。

 そのためには、拳を交える外はない。


(あとは、あの武力の揺らぎが何なのかが分かれば……)


 とらこが言っていた『鬼頭流の本質は武力の扱いに在る」という言葉。

「……結局お姉ちゃんに頼ってばかりです。私もまだまだですねぇ」

 自嘲気味な笑みを浮かべつつ、リューはそこに勝負の分かれ目があるのだと確信した。



 そして再び対峙したふたり。

 初っ端から激しい攻防を繰り広げたふたりに、会場から歓声と拍手が湧いた。


 澄はリューの健在にガッツポーズを決め、叫んだ。

「よっしゃー! 全然効いてないぞ鬼頭ー!! リュー最強! 鬼頭雑っ魚おおおwww!!」 


 小学生並の煽りを飛ばす澄。

 そんな澄にやや呆れ気味な視線を向けつつ、春鬼はアキの腕から手を離した。

「国友、俺達武人会は常識の外にいる。お前も武人会の人間なら、最後まで見届けろ」

「……」

 アキは言葉が出てこなかった。

 そこに拒否や否定の意味合いはないが、すぐに飲み込むことが出来なかったからだ。

 飲み込むには大きすぎて、いびつすぎる。

 しかし、いずれはそれも叶う。

 春鬼はそう信じ、アキもリューと勇次の戦いを通じてその覚悟が像を結んで行くことを感じていた。



 勇次は焦っていた。

 リューの想像以上の強さと、頑丈タフさにもそうだが、何よりも切り札と言ってもいい技を使ってしまった事に歯噛みしていた。

 一気に畳み掛け、そして終わらせるという目論見が外れてしまったのだ。


(アレを耐えるとか有り得ねぇ……) 

 だが、ノーダメージも有り得ない。

 勇次もそこだけは確信していたし、実際リューもかなり消耗していた。なにより、リューは生れて初めてのダウンを喫したのだ。

 これは精神的にも大きな打撃だった。

(さっきのは正直危なかったですね……不覚です)


 今日までこれといった苦戦もせずに勝ちを重ねてきたリュー。稽古や練習試合では虎子に負けたり春鬼に一本をとられたりと『負け』を経験してはいるが、実戦では一度の敗北もない。

 そもそも、実戦での敗北はそのまま死を意味するが、それでもリューは命の危険を感じたことはなかった。


 だからこそ、今のダウンは鮮烈だった。

 もし、実戦の場で同じ状況におかれたらと思うと背筋が凍る。


「……強いですね、鬼頭くん」

 リューは思わず口に出していた。

 それは感動にも似た、敬意でもあった。

 それに対して勇次は特に言葉もなく、

「……ふん」

 と、鼻で笑った。


 そして構え、ゆっくりと間合いを詰める。


 おおお! と歓声。

 いわば第2ラウンドの始まりに観衆は興奮したのだ。


 リューもそれを受けて構え、同じく間合いを詰めていく。


 始まりとは対照的な、じりじりとした攻防。

 相手の様子を覗いながら距離を詰めていく両者。


 程なくして制空圏が触れ、それを敏感に感じ取った勇次が先程と同じく先手を取った。

「ッッ!!」

 掠れるような呼気と共に繰り出される、積極的に踏み込んでの連突き!


 が、その連突きを強行突破するように、リューが防御無視で突っ込んできた!

「たあああっ!!」

「ッ!?」

 勇次はその気合いと行動に気圧され、僅かだが体が止まった。緊張が走ったのだ。


「九門九龍・『弓代ゆみしろ』おおッ!!」

 突進とともにリューが繰り出したのは全力のナックルアローだった。

 大振りそのもののパンチはそれでも凄まじいスピードとそれに比例する威力で勇次の顔面を打ち抜いたのだ。


 バァンッ!! という衝突音と、空気の振動をもろに感じるほどの衝撃インパクト。リューの小さな拳が勇次の顔面に突き刺さる!!


 繰り出すパンチに全力をのせ、飛び上がってまで思い切り振り抜くその姿はまるで子供のケンカのようだったが、威力は十分だ。


 勇次は正直に言ってこの「雑な」パンチは想定外だった。一之瀬流なら、こんな力任せな攻撃はしてこないと高をくくっていたのだ。


 ぐらり……


 傾ぐ勇次の長身。リューは攻め込むなら今をおいて他にはないと直感した。

(3度の技は『かすみ』、『おぼろ』、『うつろ』とみて間違いない……霞は分かっている。では、どちらが朧で、どちらが虚か……)


 追撃に向かうリューが踏み出したと同時にワッ!! と歓声。

 その追撃に合わせるように勇次が彼女の首元目掛けて貫手ぬきてを繰り出したのだ。


(違う!!)

 リューは咄嗟に踏み込んで体を止め、顔を仰け反らせるようにして勇次の打ち上げるような猿臂ひじうちを間一髪で躱した。

貫手はいつの間にか肘打ちに変化していたのだ。


『やはり』、霞だ。この距離なら、霞。

そして、今感じた武力の揺らぎは決定的だった。

「この感じ……覚えました!」

 リューは思った通りの結果にちらりとその白い歯を見せた。

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