第56話 【拡散推奨】九門九龍宗家一之瀬虎子による武術講座【完全無料】
ここは一之瀬家に併設された道場。
道着姿の一之瀬姉妹はやる気満々だが、普段着姿のアキは見学に徹する気満々だった。
一之瀬姉妹はふたりとも空手や柔道で使用する一般的な白い道着姿で、虎子は黒い帯を締めているが、リューは白い帯だった。
「九門九龍に段位はない。免許皆伝に至ったものは皆、黒帯を締める習わしだ」
虎子が言うと、リューは「一日も早く黒帯を締められるように頑張ります!」と相変わらずの前向きさで虎子を喜ばせた。
「うむ。別に色なんてなんでもいいが、黒い方がカッコいいからな。がんばれよ!」
そういう理由? とアキが小首を傾げていると、虎子の矛先がアキに向いた。
「それはそうとアキ。お前も道着に着替えてこいよ。一緒にいい汗流そうぜ?」
「いや、前にも言ったけど俺はいいって。武道とかガラじゃないよ」
「まー、無理強いするつもりはないが、いつかはお前も何かしらの武を志す日が来るよ」
虎子はふふっと意味深な笑みを向けた。
「さて、それではアキの為にも九門九龍とはなんぞや、
虎子はいきなり学校の職員室にあるようなホワイトボードを引っ張ってきたが、一体どこから持ってきたのだろう。
とにかく、その白い板面に『九門九龍』と書いた。かなりの達筆だった。
「まず、九門九龍というのは私が創始し、長い長い年月をかけて編み上げた、鬼に対抗するための武術だ……って、なんだふたりとも、その顔は」
アキもリューも「?」という文字が頭上に浮かび上がったような顔をしていた。
「……創始? 虎子が1から始めたってことか?」
アキが言うと、リューは相変わらず『?』という顔をしていた。
「お母さんは『500年くらい前にどこかのお姫様が編み出した武術』だって教えてくれましたが……」
すると虎子はうん、と頷き、何事もなかったかのように笑った。
「そうそう。それそれ。500年くらい前のそれよ。それでだ」
誤魔化すとかそういうレベルではなく、完全スルーで虎子は話を進める。
「その超絶美形で絶対最強だったお姫様は立って良し寝て良しのウェルラウンダーだったが、美少女の宿命かな、当身技に関しての
言って、虎子がリューにウインクすると、リューは嬉しそうに力こぶを作って見せた。
「はい! 私も関節技の方が得意なんです!」
アキはリューの関節技を見たことがなかったが、当身技なら実際に見たし、喰らった。
(アレより得意って、どんだけだよ……)
改めてリューの底知れなさに慄くアキだった。
「さて、ここからが今回の稽古の肝だが……」
虎子はホワイトボードに「
「武力とは、簡単に言うと人間の生命力と潜在意識の具現化だ。その両方を心と体でコントロールし、様々な効果を得ることができる。より強く、より速く、よりしなやかに、より頑強に……そういった強いイメージ力が生命力と共鳴し、筋肉や心肺能力、そして精神力を加速させ、結果的に体力や動体視力、瞬発力として具現化するんだ。たとえば腕力が爆発的に向上したり、耐久力が増したり、自然治癒能力を促進させたりとな。そして我が九門九龍はというと、武力の効果を身体能力全体の向上に向けている。腕力はもちろん、スピードも普通の人間を遥かに超える水準にまで引き上げるんだ。防御力に意識を向ければ、銃弾でも跳ね返すぞ。そしてそれらを無意識のレベルで自在に操る事が出来ねばならん。ただ、これは九門九龍に限ったことではないし、武人会の正武人なら出来て当然のいわば、基礎だ」
「銃弾を……跳ね返す?」
「まぁ、当たると痛いことには変わりないから、もし銃で撃たれたら普通に避けるけどな」
そんなバカなとアキは話半分だったが、リューは鬼頭勇次の蹴りを顔面に食らって、しかも2階から落ちてアスファルトに激突しても殆ど無傷だった。それを自分の目で見た以上、銃弾のくだりは冗談としても、人間離れした耐久力を得られるのは確かなのだろう。
「……なあ虎子。俺には武力がないんだろ?それって生命力が弱いとかって事か?」
アキの質問に、虎子は首を横に振った。
「いいや。お前にも一般人と同程度の武力はある。しかし、仁恵之里出身の人間にしては脆弱だし、識に潜在能力を全振りしている『識匠』にしても弱すぎる。それでは鬼を
「な、なんかディスられてるみたいだな……」
「そんなつもりはないぞ。お前が並の人間より強いのは確かだし、今は判然としていないにしても、この先お前の識の解明が進めばそれに相応しい修行によって我々と一緒に戦うことも十分可能だ。それに識匠はその性質から、もともと武力が弱いんだ。だから、武力の強弱に関してお前は特に気にする事はないよ」
虎子はそこで一旦呼吸を整え、声色を真剣なものに変えた。
「さて、ここからが本題だ。勇次との決戦に備えての作戦会議といこう」
そして虎子はホワイトボードに『鬼頭流鬼組討』と書いた。
「きとうりゅうおにくみうち、と読む。勇次の修めている武術だ。リュー、ちょっと来てくれ」
「はい!」
虎子に呼ばれ、リューは虎子の正面に立った。
「戦国時代の戦場格闘術に
そして虎子はリューの顔面から首、脇、股関といった急所が集中する部位に素早く手刀や足刀を繰り出す真似をした。
「実際は刀を用いる。甲冑の隙間から刃を差し込んで相手を
こうして見ていると、虎子は本当に武術家で、リューの師匠なのだなぁとアキは(はじめて)実感した。
「鬼頭流鬼組討はその鎧組討を打撃技寄り……現代で言う空手に近い形で発展させて鬼に対抗する技へと進化させたが、その完成に大きく寄与したのが武力だ。むしろ、鬼頭流の真髄は武力の扱い方にあると言ってもいいだろう」
虎子は半身に構え、前蹴りを繰り出した。素人目に見ても美しい蹴りだった。
「リュー。聞くところによるとお前は勇次の前蹴りを
言われてリューはバツが悪そうに苦笑し、頭をポリポリと搔くようにして、そして俯いた。
「お、お恥ずかしい限りです」
そんな態度のリューは非常に珍しい。しかし、決して虎子はリューを責めているわけではなかった。
「恥ずかしくなどないぞ。お前ほどの腕前でも初見では防御すらままならない……それが鬼頭流の恐ろしさよ。ほぼ間違いなく、勇次は『
霞、と聞いてリューは顔を上げた。
「……鬼頭流には
「そう、その霞をお前は喰らった」
虎子はその場で上段の廻し蹴りを繰り出し、途中で蹴り足を前蹴りの格好へと変化させた。
「霞は武力の精密なコントロールによって技の軌道を変える技だ。まるで幻でも見たのかと思うほど自然に変化するところから『霞』と名付けられたそうだ。初見では、まず対処できまいよ」
あの蹴りを思い出し、リューの蹴られた唇がピリリと痛んだ。
「有り得ない事に対応出来ず、防御ができませんでした。あれが、霞……」
「ちなみに、なぜ私がお前の食らった技が霞だと断定できるかというと、朧と虚は霞とは性質が違う。しかも勝負を明確に分ける技だ。勇次はお前との対決を見越して切り札は残したのだろうな。だが仮にその必殺技を用い、その場で決めに来られていたら……」
虎子は意味深な笑みをリューに向ける。それは決して嘲笑うようなものではなく、あくまでもリューに対して勝負というものを真摯に問う姿勢を崩してはいない。
「……いずれにしても、私は私の九門九龍を全身全霊で鬼頭くんにぶつけるだけです。そして、必ず勝ちます」
「うむ。その意気や良し。では、朧と虚についての解説は必要か?」
アキはそれを妙な質問だと感じた。
必要もなにも、その為にここへ来たのでは? と思ったのも束の間、リューは首を横に振った。
「必要ありません」
「なんでだよ?!」
今のはアキの言葉だった。思わず口をついてしまった。それほどの疑問。
「……なんでだよリュー。相手の手の内を知っておくことは大事なことじゃないか? その方が勝負も有利になるだろうし。もしそんな事は卑怯だとか思ってんなら、そんな事はないぞ。情報戦だって立派な勝負のうちだろ?」
アキがリューの為にそう言っているのは虎子も分かっていた。だからこそ、リューは困ったような笑顔で返した。
「そうですね。私もそう思います。でも、私は自分でたどり着きたいんです。きっと、この一戦は私にとってとても意義深い勝負になると思います。だからこそ、自分なりに考えて、努力して、自分自身で辿り着きたいんです。私の理想に……」
リューの
リューの背中を見つめる虎子の哀しげな瞳に気づいたアキは、道場へ来る前に虎子が見せたあの苦悩に苛まれる表情の理由が少しだけ分かった気がした。
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