第54話 師弟の絆
そして週末。
虎子はいつも土曜の朝に勤め先から仁恵之里へ帰って来る。だから土曜の朝食は家族全員で食べるのが一之瀬家のお約束になっていた。
アキはこのお約束の輪に自分も入れるのが嬉しかった。
朝食後、大斗は「締め切りが近いよぉ……桃井さんが怖いよぉ……」とブツブツ言いながら仕事部屋へ行き、居間にはアキとリュー、そして虎子の3人きりになった。
「……あの、お姉ちゃん」
リューが言い出しにくそうにしつつも、ついに切り出した。
「ん? なんだ? リュー」
「え、ええと……」
食事中から落ち着かない様子だったので何かあるな、と思っていたアキ。その何かの予想はついていた。
「先週の武人会議の時の事、覚えていますか?」
「ああ、覚えてるよ。つーか、勇次と
「えっ!! なんで知ってるんですか??」
「刃鬼からメールが来たんだよ。自分は用事があって行けないから春鬼と二人でお前達の試合を仕切ってくれって頼まれたんだ。まぁ、私は春鬼の経験値のためにもサポートに徹するつもりだけどな」
本当はめんどくさいだけなんじゃね? というツッコミをアキはごくんと飲み込んだ。
「まぁ、こんな事になるんじゃないかと思ってたがな」
そんなことを言いながら、虎子はどこか楽しそうだ。
リューは戸棚から封筒を取り出し、それをテーブルにそっと置き、虎子に差し出した。
「武人会から決闘の許可状を頂きました」
虎子は封筒を手に取り、中から一枚の紙を取り出して眼を細めた。
「うむ、確かに。それで?」
「果たし合いの許可を頂きたく存じます」
正座し、深く頭を垂れるその美しい
考えてみればこのふたりは師弟だ。普段はとても仲の良い姉妹だと言うことと、虎子の性格から忘れがちだが、こと九門九龍という武術の中では絶対的な上下関係がある。師匠の許可なく勝手に決闘に挑むわけにもいかないのだろう。
虎子は深く頭を下げたリューを見詰めたまま何も言わない。リューもまた、何も言わずにその姿勢を維持した。
じっとリューを見詰める虎子の瞳はまるで我が子を見詰める母親の様だった。ただ、不安げな瞳なのが気に掛かる。
そんな物憂げな瞳が、不意にアキへ向いた。
どうしてそんな瞳を自分に向けるのか、アキには全くわからない。助けを求めるような、弱々しい目だ。
そんな虎子らしくない瞳はゆっくりとリューに戻り、虎子は幼子に問うように口を開いた。
「リューよ。お前はどうして戦う?」
漠然とした問いかけだった。勇次との対決に関係性を感じない。しかし、リューは顔を上げて、真剣な面持ちで答えた。
「強くなりたいんです。その為にも鬼頭くんと試合う事は、とても意義のある事だと考えています」
「
「……お母さんの仇を討つためです。お母さんの無念は、私が晴らします。だから、おねがいします!」
そして再び頭を垂れたリュー。虎子はそのままリューをじっと見つめた。
「……」
そして彼女は目を閉じ、その薄い唇を噛んだ。
そんな表情は、もしリューが顔を上げていたら絶対にしなかっただろう。
なぜなら、その表情を言葉で例えるなら『後悔』だからだ。
虎子は決闘に反対なんだろうか。
虎子はリューが鬼頭勇次に負けると思っているんだろうか。だからこの流れを止められなかった事を後悔しているのか?
アキがそんな事を考え始めた時、虎子は再び口を開いた。
「わかった。存分にやりなさい」
それを聞いたリューは即座に顔をあげた。そしてその目が最初に見たのは、
虎子の顔に、先程までの弱々しさはない。そこにあるのは弟子の勝利を信じる師匠の
「やるからには勝てよ、リュー」
その言葉が、リューの顔に満開の花を咲かせた。
「はい!!」
その返事に虎子も笑顔で応えたが、アキにはその笑顔もどこか儚げに見えたのは何故だろう。
虎子の感情の変化がわからない。彼女の心がプラスとマイナスを行ったり来たりしているように見えるのは気のせいだろうか。
「……勇次はお前にとって未知の強さを持つ相手だ」
虎子が真剣な声色で言うと、リューの表情も引き締まる。
「はい。それは肌で感じています」
「武人クラスとの対決はリスクも多いが得るものも多いだろう……そこでだ!」
虎子は突然立ち上がり、拳を高々と突き上げて胸を張った、
「早速稽古だ!対鬼頭勇次戦に向けて特別稽古だ!」
「わぁい! やったあ!!」
リューは飛び上がって喜んだ。リューは社交辞令で喜んでいるのではない。本気で、本心から喜んでいた。
「善は急げだ! 道場へ行くぞ! アキも来い!」
「……は? 俺? なんで?」
「いいから来い! いい機会だからお前にも色々と教えてやるよ色々となウフフ」
「なんだよそのウフフは?!」
「いいから行くぞ!」
ドタドタと居間を後にする3人。
そうして無人になった居間だが、どこらから、何かが細かく振動するような音がする。
それは置き去りにされた大斗の携帯が着信を知らせる音だった。
画面には『桃井みつき』と表示されていた。
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