第50話 俺と戦え

 仁恵之里高校の武道場は本当に立派で、空調も完備の上に畳も床材も上質。天井の高い風格漂うデザインもさることながら、見るからに上等そうな木材を多用した、武道場としての威厳を失うことのない厳格さすら醸す見事な「武道空間」だった。


「おお、マジでスゲー!」 

 アキと勇次以外誰もいない武道場に、アキの感嘆の声がこだまする。

 その直後、背後でカシャンと金属音がした。

「……」

 ふり向くと、勇次は武道場の扉の鍵を内側から施錠していた。今の音は、その鍵が掛かる音だったのだ。


「……なんかそんな予感してたんだよね」

 いきなり閉じ込められた状況なのに、アキの余裕の態度に勇次はふん、と鼻を鳴らした。

「じゃあ、なんで俺がこんな事したかも分かるか?」

「いや、それはちょっと」

 アキはあえて言葉を濁した。ここは勇次の出方を見て対処を考えるべきだと判断したのだ。

「国友。お前に訊きたいことがあるんだよ」

 勇次の口調も、声のトーンもさっきまでとは明らかに違う。他者を威圧するようなこの声が、勇次の地声なんだろうとアキは肌で感じた。さっきまでのさわやかなそれは、かりそめのものだったのだ。

「訊きたいこと? なんだよ」

「お前さ、一之瀬と付き合ってんのか?」

「……は?」


 想定外の質問だった。アキが予測し、用意していた返答の一切を白紙に戻す質問だ。

「お前らいつも一緒にいるだろ。学校来るのも帰るのも。メシの時も」

「いや、それは俺がリューの家に居候させてもらってるからで……メシん時は自然とそうなるんだよ。澄も来るし」

「じゃあ付き合ってないのか?」

「ないよ。つーかなんでそんな事訊くんだ……って、まさか鬼頭おまえ!」

ちげぇ。お前の考えてる理由じゃねぇ」

「リューの事、好きなのか?」

「だから違うってんだろ! もういい!!」


 勇次はどすどすと荒々しい足音でアキに近寄り、その襟首を捻り上げた。物凄い力だ。

「お前から一之瀬に、鬼頭勇次オレと奉納試合の奉納者を交代しろって言え!」


 ああ、やっぱりそうだよね。ほぼほぼ予想通り……。アキは心の中でそう呟いた。


「なんで俺が言わなきゃいけねーんだ? 自分で言えよ」

 言って、アキは勇次の手を払い除けた。

「国友の言う事なら一之瀬も聞くだろ? 付き合ってなくても」

「知らねーよ。とにかく決めるのはリューだろ。俺は関係ない」

「あるよ。お前になくても俺にはある。お前が説得すれば一之瀬も俺に奉納者を譲るに決まってる。だから……」

 突然、勇次は構えた。空手家らしい、重厚な構え方だった。

「俺の言うとおりにしろ。じゃねぇと……」




 その頃、リューはアキを探して校内を歩き回っていた。

「アキくん、どこに行ったんでしょうか……」

 携帯に電話をかけても繋がらず、メールの返信もない。アキは行方不明だ。

 途方に暮れるリュー。そんなリューの背中をつんつんと突くのは澄だった。

「どーしたのよ、リュー」

「澄……アキくんを知りませんか? 担任の先生からアキくんを呼んできてほしいって言われて……」

「アキなら鬼頭と一緒に歩いてるの見たよ」

「え?!」

 リューの表情が強張った。


「なんか知らないけど、メチャメチャ仲良さそうだったよ」

「……どこに行ったか、わかりますか?」

 リューの顔は真顔で、少しだけ声のトーンが低い。澄はその様子に胸がざわついた。


「と、遠くから見ただけだからそこまでは……電話とかした?」

「しましたが繋がりません。電源を切ってるんでしょうか」

「……もしかして武道場じゃない?」

「武道場? なんでそう思うんです?」

「あそこ電波悪いじゃん。しょっちゅう繋がらなくなるし」

「確かに……っ!」

「そういえば二人が歩いてった方って、武道場の方だね」 

「っ!!」

 突然、リューは走り出した。


「え?! ち、ちょっと、リュー!?」

 澄は慌ててリューを追う。リューは全力疾走で廊下を行き交う生徒達の間を縫うように走り抜け、武道場の方へと向かっている。澄も全力で追いかけるが、引き離されないのがやっとだ。  


「待ってってば! リュー!!」

 普段は運動が得意ではないリューだが、こと戦闘モードになると異次元の身体能力を発揮する。澄は護符を展開して足場を作り、階段や教室をショートカットをしながらリューを追うが、距離は全く縮まらない。


(もしかして、鬼頭のやつ……!)

 澄の脳裏を勇次の『目的』が掠めていく。リューもそれを恐れているのだと、澄は妙に納得していた。

(やっぱあの時、声かけときゃよかった!)


 澄の知る限り、鬼頭勇次は無愛想で口数が少なく、誰かと肩を組んで歩くようなタイプではない。彼は時代遅れなくらい硬派を絵に書いたような人物だ。その鬼頭勇次が出会って間もないアキと親しげに肩を組んで歩くか? 答えはNOだ。

(だったら鬼頭の目的なんて知れてんじゃん! このままじゃリューがやばいよ!)


 澄は必死にリューを追う。リューが武道場に着く前に、最悪の状況になる前に、リューを止めなければ!


「リュー! だめ! これは罠だよ!!」

 リューは武道場に到着したものの、施錠された扉に行く手を阻まれていた。

「リュー、待って待って、あたしの話を聞いて!」

 澄の呼びかけに耳を貸さないリュー。その様子から相当焦っているのは見てわかるが、鍵が開かないからとその扉を蹴破ろうと助走をつけ始めたので、澄は身を挺してそれを止めた。

「ちょちょちょ、落ち着いてリュー!」

 リューに抱きつくようにして止めに入った澄に、リューは懇願するような顔で言った。

「澄、鍵を開けてください!」

「リュー聞いて! これは鬼頭の罠だよ!」

「おねがいします澄! お願い!!」

「……」


 大親友にそんな顔をされては……澄は戸惑いながらも護符を取り出し、扉に貼付けた。

 すると「カシャン」と金属音がした。護符術によって扉の鍵が解錠されたのだ。

 直後、リューは勢い良く扉を開け、その目で『最悪の状況』を見てしまった。


 リューの目に飛び込んできたのは、鬼頭に組みふされ、畳に頬を擦り付けられたアキの姿だった。

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