武人対決

第49話 危険な気配

 とてつもなく濃密な週末が明けて月曜日。


 アキは疲労を引きずりながら登校し、睡魔と戦いながら授業をうけていた。


 黒板の前で講義する教師の言葉はまるでBGMのようにアキの脳を素通りし、睡魔に味方するつもりなのか、容赦なくアキの眠気を誘う。

(……でも、リューや澄の方がしんどいよな)


 今回の一件で、彼女達が武人会の武人として背負うものの重さと大きさを痛感したアキ。

 特にリューは苛烈とも言える重荷を背負った。

『奉納試合』という重荷だ。


 人間と鬼が、どちらかが死ぬまで戦う?

 そんなバトル漫画みたいなシチュエーションがあるか? アキはまさにバカバカしい話だと未だに信じられないが、それを信じ込ませる様に、ある男がアキの前に現れた。

 鬼頭勇次だった。


「国友、ちょっといいか?」

 放課後、アキが廊下を歩いていると背後から鬼頭勇次の声がアキの背中を叩いた。

「……何か?」

「そんなに警戒するなよ」

 鬼頭勇次はあくまでも友好的に接しているつもりなのだろうが、背が高くて体格も良くて目付きが鋭くて、おまけに喧嘩っ早そうな男を警戒しない人間などいるだろうか。


「会議の時は悪かったよ。空気ぶち壊してさ」

 勇次はあの時の悪態を反省しているようだったが、謝るならリューに謝るべきだ。

「俺は別にいいよ。でも、リューには一言あっても良くないか?」

「ちゃんと謝ったよ。奉納試合の事も諦める」

「……」 


 嫌にあっさりと諦めたものだ。会長の前であんな態度を取ってまで欲しがった奉納試合の出場権。それを簡単に放棄するなんて。

 だが、同時にアキは鬼頭勇次はそれほど無茶苦茶な人物でもないのかも、と思い始めていた。

 武人会議の時も最低限の礼節は弁えていた様子だし、今だって素直に謝罪している。


「……で、何か用事?」

 無下にするのも悪いし、取りあえず話だけでも聞こう。アキはそう考えた。

「お前さ、前の学校で部活とかやってたのか?」

「やってないよ。つーか、俺が東京で何してたか、鬼頭おまえも知ってんだろ?」

 武人会の人間なら自分の素性なんて先刻承知だろう。アキはそう考えてすこし斜に構えた言い方をしたが、勇次は別段気にする素振りもなかった。

「賭け喧嘩だろ? 知ってるよ。でもそれって部活みたいなもんじゃねえ?」

 ふふ、と勇次は初めて笑顔を見せた。

「……で、それが何か?」

「だからそんなに警戒すんなって。俺はただ部活の勧誘に来ただけだよ。お前さ、空手やらないか?」

「空手? お前、空手部なの?」

「まあね。でも部員は俺一人なんだよ。国友みたいに即戦力になりそうな奴に入部してほしいんだけど」

「……お前ひとりで俺100人分以上強いんだろ。 世界大会出ても余裕で優勝できるんじゃねーの?」

武力ぶぢからは仁恵之里以外じゃ使っちゃダメなんだよ。それに鬼と戦うのとスポーツは別。俺はあくまでも競技武道として空手をやりたいんだよ」


 勇次が見せた意外な一面だった。

(見た目は怖そうだけど、実は真面目な奴かも?)

 アキは警戒をしつつも、彼が奉納試合にこだわるのも何か深い理由があるのかもしれないと思っていた。

 彼もまた、リューや澄のように愛する家族を奪われた一人なのか……。


「でもなぁ、俺は部活とかはあんまり……」

 アキはやんわりと断ろうするが、勇次はアキの言葉に覆いかぶさるように言った。

「見学だけでもいいだろ? 仁恵之里高校うちの武道場は立派だぞ? 見るだけならタダなんだし、お前も武人会の人間ならああいうのは見といて損はないと思うけどな」

「うーん……」

 そんな事を言われては断るに断れない。

 まぁ、見るだけなら……と気持ちが傾きかけたのを察したか、勇次は強引にアキを道場へと誘導し始めた。

「まぁまぁ、いいからいいから」

「おい、ちょっと、鬼頭?」

 勇次はアキの肩を抱き、ふたりは親友同士のようにして武道場へと向かった。


 その様子を、たまたま通り掛かった澄が遠くから見ていた。

「……なにあいつら。急に仲良すぎじゃない?」

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