第48話 進撃の桃井

 武人会議もアキの索識も取りあえずは無事終了し、アキ達が有馬家を出る頃には既に日も落ちかけていた。


 有馬家専属ドライバーの藤原が運転する車の中、帰路につくアキ、リュー、そして虎子は終始無言だった。


 波乱含みの武人会議のみならず、裏留山の出現まであったのだ。武人たちが疲労困憊になるのも無理はない。


 藤原はそう考え、特に話題を振ることなく無言で運転に専念した……かったのだが、助手席に座り、流れる景色に視線を任せる虎子の何かを憂いた瞳に心を奪われ、普通に運転するのもやっとだった。

(虎子様……いつにも増してお美しい……)


 普段から男勝りで快活な虎子が不意に見せる、か弱い瞳。一之瀬虎子ファンクラブ会員番号一桁台の藤原はこの瞬間を永遠のように感じていた。


 だが、このままではハンドル操作を誤って事故を起こしかねない。

 仕方がないので藤原は不本意だったが何気ない会話を振った……つもりだったが、その一言が空気を一変させた。


「そうだ、大斗さんのお仕事は上手くいったんでしょうかね?」

「……ん?」


 虎子が虚ろに反応した。そのアンニュイな仕草に藤原の心臓がバクバクと音をたてる。

「い、いやあの、桃井さんがお見えだったでしょう? 漫画の締切だったんじゃ……虎子様?」


 虎子は唐突に目を丸くし、何かとんでもない発見をした学者の様な顔をしている。

「そうだ……そうだった……」

 リューも両手を口に当て、知ってはいけない何かを知ってしまった様に呆然としている。

「あ、あの、虎子様? リュー様?」

 その様に、藤原が恐る恐る口を開く。

「よろしいですか? 虎子様……」

「ど、どうした? 藤原」

「……到着しました」

 同時に、車は一之瀬家の門の前でゆっくりと停車した。



 アキはなにがなんだかよくわからないまま車を降り、静まり返った自宅を遠目に見て呟く。

「……なんか、妙に静かだな」

 リューと虎子はそれを単に静かだとは思わなかった。

 まるで足を踏み入れてはいけない樹海のような凶々しい空気が、大斗の安否を絶望的なものにしているようだったからだ。


「と、とにかく行きましょう!」

 リューは勇気を振り絞って前へ出る。

「う、うむ。アキ、お先にどうぞ」

「え?ちょっと? イヤだよ!」


 と、3人が縦一列で死地を目指すのを藤原は敬礼で見送った。

「どうか、ご武運を……!」



 一之瀬家の玄関は引き戸なので、勢いよく開くとガラガラと音がして、こちらの行動を察知されてしまう。

「静かに……!」

 だから虎子は細心の注意を払い、ゆっくりと戸を開けた。


「そこまで気にする必要あんのか?」

 アキは首を傾げるが、リューも虎子もこの状況は何度も経験している。虎子は述懐した。


「限界まで追い詰められた人間を甘く見ない方がいい。以前同じような状況で大きな音を立てたことがあったが、極限状態にまでナーバスになった桃井さんに滅茶苦茶怒鳴られたぞ。この私が思わず怯むほど、鬼気迫るものがあった」

 プロの仕事とはそういうものだ。虎子はそう付け加えた。


「お父さん、大丈夫ですか……?」

 玄関は明かりがついておらず、居間から漏れる薄い灯りだけが頼りだった。


 リューは薄暗い玄関からゆっくりと廊下へ進み、呼び掛けながら大斗を探す。虎子とアキもそれに続くが、程なくして先頭を行くリューが何かにつまづいて転倒した。


「きゃっ!」

「大丈夫か? リュー?!」 

「へ、平気です……」

「取りあえず電気をつけよう」

 虎子が廊下の灯りをつけた途端、アキが叫んだ。

「げ!! 大斗さん?!」

 リューがつまづいたのは、廊下に横たわる大斗の巨体だった。


「おい大斗! しっかりしろ!」

 虎子が大斗の頬を往復ビンタして気付けると、彼は虚ろな瞳で「キャンディ……キャンディ……」と繰り返す。


「駄目だ、自我崩壊を起こしている……」

 虎子は顔を伏せ、せめてもと、大斗の顔にハンカチを被せた。


「余程の修羅場だったようだな……」

 虎子は辺りに散乱した漫画用品に目を落とす。

 まるで家探しでもされたような有様に、これは本当に漫画制作の現場かと疑いたくなるような惨状だ。


「お、おいリュー、虎子。あれ……」

 アキが指差す先には薄暗い室内でパソコンに向かい、キーボードを乱打する桃井の姿があった。


「……ブツブツ……ブツブツ……」

 モニターの照明に照らされ、ぼんやりと浮かぶ桃井の顔。なにやら独り言を言いながら一心不乱にタイピングする様は不気味を通り越して恐怖である。


「ブツブツ……ブッ……ブツッ……ブ」

 桃井はブツブツ言いながらキーボードを乱れ打ち、それはドラムプレイさながらに勢いを増し、やがて絶頂を迎えた。


「お、終わったーーーー!!!」

 桃井は絶叫と共に立ち上がり、両拳を高々と掲げて雄叫びをあげる。

雄雄雄雄雄オオオオッ!! 終わったー!! セイッ! セイッ! セイッ!! ッシャア!!!」


 超絶ハイテンションで虚空に向かって正拳突きを繰り出しまくる桃井。


「せんせー! 大斗先生! 終わりました! データ入稿完了です! 間に合いました! 間に合ったんだよおおお! どこです先生! あ、いた! 先生! 大斗さん!! うおおおおおあああ虎子さんんんッ!!??」


 大斗に駆け寄ってきた桃井は当然、虎子たちと鉢合わすわけで。


「虎子さん?! リューちゃん! アキくんまで!! いつからそこに!?」

「いや、今だよ、いまさっき、ホントに今さっき帰ってきたばっかりだから……」


 見てはいけないものを見てしまった一同はサッと桃井から視線を外した。


「そ、そうですか、私ったら、大きな声だしてませんでした?」

「いや、私は何も……なぁ、リュー」

 虎子のアイコンタクトをうけ、

「はい、私も何も聞いてませんし、見てません」

 リューのアイコンタクトをうけ、アキもうんうんと頷いた。それは人としての優しさゆえだ。


「とにかく、原稿は間に合ったようだな」

 虎子が言うと、桃井は心底安心したようなため息をついた。

「はい、今から編集部にもどってたら全然間に合わないので、全部データにして、一枚ずつ送信して……疲れました」


 すると自我崩壊から回復した大斗が弱々しく呟いた。

「間に合ったんだな、桃井さん……」

「はい! 間に合いました! 大斗さん、頑張りましたよね、私達……!」 


 そう言って立ち上がった桃井だが、すぐにバランスを崩して畳に膝をついた。

「痛たた……足がもつれて……」

「大丈夫か桃井さん?!」虎子が桃井を抱きとめた。

「す、すみません。ずっと座りっぱなしだったもので……」

「大斗が不甲斐ないせいで申し訳ない。いつもあなたに迷惑をかけてしまって……」

 虎子が頭を下げると、桃井はそれを慌てて制した。

「やめて下さい、虎子さん。私も仕事ですし」


 疲れ切っていてもデキる女を崩さない桃井だったが、その顔に見える明らかな肉体的&精神的疲労の色は濃い。そこで大斗はポンと手を打った。 

「……そうだ桃井さん、今日はウチに泊まってったら?」

「え?!」


 ……今のはリューの「え」だ。

 一瞬変な間ができたが、大斗はそれを素通りするように続けた。


「原稿もデータで送ったろ? 他に仕事が無いなら、今から無理して帰らなくても良くないか?」

 時計はもうすぐ午後7時を回る。今から桃井が東京にある編集部に戻ったとしたら、既に深夜だ。そもそも電車があるかも危うい。


「いえ、でも……」と、遠慮を見せる桃井。

「外せない仕事かなんかあんの? 無いの?」

「特にこれと言ってありませんが、今から急に泊まらせて頂くなんて……」

「別にいいよ。ウチは広さだけが取り柄なんだし。いつも桃井さんには世話になってるからさぁ」


 大斗は強引に話を進めるが、リューはそれに難色を示した。

「お、お父さん。桃井さんお困りですよ?それに急にそんな事言っても着替えの用意もないでしょうし……」

「んなもん、虎子。貸してやれ」

 急に話を振られ、さすがの虎子も困惑してしまう。

「お、おいおい大斗。貸すのは構わないが、桃井さんの都合も聞かずに話を進めるのは……」 

「そうですよお父さん。ね、桃井さん」


 虎子はともかく、リューは明らかに嫌がっている。桃井の『遠慮』を引き出そうと必死なのが伝わってくるようだ。


「そうですね……」

 桃井はスマートフォンを取り出し、慣れた手付きで明日の予定を確認。そして……


「そう言っていただけるなら、お言葉に甘えさせて頂いてもよろしいですか? 今日はもう退社時刻ですし、明日も午後からの出勤ですから。着替えも一通り持ってます。突然泊まりの仕事もしょっちゅうですからね」

「ええ!?」


 今の「ええ!?」も、リューだ。

「よっし、そうと決まればメシでも食いに行くか〜?」


 大斗は乗り気だが、リューは真逆だ。

「ちょ、お父さん! ちょっと強引すぎますよ。桃井さんは女性なんだから、急に泊まるとかは色々とあると思いますよ? 色々と」

「お前も虎子も女のコだろ。手助けしてやれよその色々をよ」

「えええ? でも、その、それはちょっと」 


 明らかに様子がおかしいリューに、桃井はそっと声を掛けた。

「……やっぱり、ご迷惑かな? いきなり泊まられるとか、イヤよね」

「い、イヤとかじゃなくて、その……」


 そんなどっちつかずのリューに大斗は珍しく苛立った様子だった。

「おいリュー、今日だって桃井さんがいなけりゃ原稿間に合わなかったんだぞ?それに今からじゃ東京行きの新幹線なんて終電にも間に合わないかもだろ。それなのに帰れってのはちょっと薄情じゃねえ?」

「べ、別にそんなこと言ってるわけじゃありませんよ。でも、ただ……」


 急に険悪な空気が漂い出した。桃井はそれを敏感に察し、「やっぱり私、帰ります。東京まで帰れなくても、ビジネスホテルか何かに泊まります」なんて事を言うが、それは火に油を注ぐ事にしかならなかった。


「いいや、今日は泊まってけよ桃井さん。世話になりっぱなしなのにそれは申し訳がたたねぇよ。リューも訳わかんねぇ事言ってんじゃねえぞ」

「わ、訳わからない事じゃないですよ……」

「ならなんだよ、言えよ」


 空気は最悪だ。普段仲の良い親子なだけに、いざ親子喧嘩となると険悪さも増して見えるというものだ。


「……虎子、なんかヤバくないか?」

 アキが虎子に耳打ちする。

「……そうだな。しかたないか」

 虎子は立ち上がり、今にでも口論を始めそうなリューと大斗の間に割って入った。


「まあまあ、ふたりとも」

「なんだよ虎子。お前もなんか文句あんのかよ」

 大斗は滅多に見せないくらいの険しい顔で言う。リューは今にも泣き出しそうだ。


「違う違う。いいから私の話を聞け。リューも、桃井さんも、いいかな?」

「え? は、はい」

 3人が虎子に注目する。

「アキ、お前もだ」

「え? 俺も?」

「いいからこっちへ来い」


 こうして全員が虎子に注目した。

「……話の前に」

 虎子はおもむろに右手を胸の高さまで上げ、軽く伸ばして指先に力を込めた。

 そして……


 パチィッッ!!


 虎子の指先が乾いた音を立てた。


 ……静寂。

 それまで騒がしかった部屋が一瞬で静まり返り、全員が呆然と虎子をただ見つめるという異様な状態となった。


「桃井さん」

 虎子は曖昧な瞳で自分を見つめる桃井の肩を揺すった。

「今日はとっても大事な用事があるから、絶対に東京に帰らないといけないと言ってなかったか?」


 虎子が言い聞かせるように言うと、桃井はあっと声を上げた。

「そ、そうでした! でもどんな用事だったかな……」

「何かだ! 何か重要な用事があるとかなんとか、私に言ってたじゃないか!」

「何か!? そう、何かです! 何か大事な用事がありました!」


 すると大斗も「それならしかたねぇなぁ」とあっさり諦め、まるでさっきまでの言い争いが無かったことのようになってしまった。


「でも困ったな……今からじゃ仁恵之里駅の電車に間に合っても、新幹線の最終には間に合いそうもありません……」

 桃井が弱々しくため息をつく。しかし、虎子には秘策があった。


「それは私がなんとかしよう!」

 そしてスマートフォンを取り出し、電話アプリを起動してある男へ電話をかけた。

「……藤原か? 私だ。今からウチに来てくれないか?」


 電話の相手は有馬家専属運転手、藤原だった。


 藤原『今から? 如何いかがなさいましたか?』


 虎子「桃井さんを大至急、名古屋駅まで送って欲しいんだ」


 藤原『名古屋駅? 今からですか? どうしてです?』


 虎子「桃井さんが急用で、大至急東京まで戻らねばならんのだ。仁恵之里ここから一番近い新幹線の駅は名古屋だ。だから……」


 藤原『今からでは無理ですよ。仮に名古屋駅まで行けたとしても、その頃には新幹線はもう動いてませんよ」


 虎子「何を弱気な事をいってるんだ藤原。お前ならできる! それとも、この私の頼みを聞けないと言うのか?」


 藤原『いやいや、いくら虎子様の頼みと申されましても、物理的に無理なものは無理です』


 虎子「頼む藤原! このとおりだ!」


 藤原『落ち着いて下さい虎子様、そう仰られても車も車庫に入れてしまいましたし、そちらまで伺うだけでも15分はかかります」


 虎子「藤原!! 仁恵之里のみならず近隣の峠という峠を全攻略したお前を仁恵之里最速の男と見込んでの頼みだ! 今お前が来てくれなければ、今お前がやらなきゃ、大斗も桃井さんも職を失うかもしれないんだ! そうなればみんな死んじゃうかもしれないんだ! もうそんなのは嫌なんだよ! だから動いて……動いてよぉ!」



 虎子はシンジくん以上に声を振り絞り、スマートフォンを握りしめて叫んだ。

 その瞬間。


 うォオン……


 どこかで何かが唸った。


「なんの音だ?」

 アキは始めて聞く音に窓を開けると、その音は唸りを伴って次第に大きくなってゆく。

「……エンジン音?」

 そう、それは明らかなエンジン音。


 F1マシンさながらのエグゾーストノイズはギャギャギャ! アアアアッッ! と、タイヤが地面を削るようなドリフト音と入り乱れ、凄まじい勢いで近づいてくる。


「……来た! 行くぞ桃井さん!」

「え?! ちょ、虎子さん?! きゃっ!」

 虎子は桃井の荷物をかき集め、それを桃井ごと担ぎ上げるようにして外へ出た。


「ふじわらーーー!」

 虎子の呼びかけに応じるが如く、一之瀬家の門の前に一台の高級車が爆音と共に横付けされた。

「虎子様!!」

「来てくれたか! 恩に着るぞ!!」

 なんとそこには藤原が立っていた。虎子が通話を終えてからまだ2分も経っていないのに、だ。


「藤原、間に合うか?」

 虎子の問いかけに、藤原は腕時計に一瞬目を落とし、答えた。

「ご安心ください虎子様。ワンミニッツあれば、イナフです」

「……良し! 頼んだぞ!」


 そして桃井を後部座席に押し込む虎子。

「桃井さん、今日は本当にありがとう。そしてお疲れ様でした。次回も宜しく頼みます。あとはこのスーパードライバー藤原に任せておけば大丈夫。あなたを駅まで運んでくれる!」

「あ、あの、虎子さん……この人、ワンミニッツでイナフとか言ってますけど大丈夫なんですか?!」

「多分言いたかっただけだろう。とにかく、藤原の運転技術ドラテクは仁恵之里でも右に出る者はいない。しかもこの車は武人会カスタムだ。覆面パトカーですら後塵を拝すこの車なら絶対に間に合う。私が保証するよ」

「あ、安全運転でおねがいします……」

「良し藤原! 出してくれ!」


 虎子の号令で藤原は颯爽と運転席に飛び乗り、雄叫びのような空吹かしをかまして勢いよくギアを入れた。

 出発の合図だ。


 その一瞬、桃井が切なげな瞳を見せた事を虎子は見逃さなかった。

 それは別れを惜しむ、思慕の情ゆえの瞳。


 ギャリギャリギャリッッ!! 

 タイヤが悲鳴を上げながら超回転し、車は一気にトップスピードに乗って加速。

 あっという間に走り去ってしまった。


「……なあ虎子、本当に大丈夫か?」

 追いかけてきたアキが恐る恐る言う。

「心配ないさ。多分」

 曖昧な感じが実に怖いところだが、これ以上突っ込んでも何もメリットがないのでアキはもう何も言うまいと決めた。


「アキ、リューは? 追いかけて来なかったのか?」

「え? ああ、大斗さんと家の中にいるよ」

「そうか……」

 虎子はやれやれと言ったふうに深く息を吐いた。


「なぁ虎子。こんな事訊くのもアレなんだけどさ、リューって桃井さんの事、苦手なのかな」

「何故そんな事を訊く?」

 野暮な質問だとアキ自身思っていたが、虎子は特に難色を示しているわけではなさそうなので、アキは続けた。


「朝もそうだったけど、リューが桃井さんをあんまり家に入れたくなさそうだったからさ。泊まってくのも嫌がってたみたいだし」

「……リューは雪の事を考えているのさ」

「ゆき? リューのお母さん?」

「そうだ。リューは雪以外の女性を家に上がらせたがらないんだよ。もちろん私や澄といった身近な人物は問題無いがな。母親との思い出が詰まった家に他の女の気配が混ざるのが嫌なんだろう。生々しい感情だが、私には理解できる。……それだけに、リューがああなってしまった責任の一端も感じている」


 アキもリューの気持ちがわからなくもなかったが、虎子が言った最後の一言がわからない。

(責任の一端って、どういう事だ?)

 問いただそうにも、悲しげな瞳を見せる彼女に言葉を掛けるのをためらってしまうアキ。


「……」

「どうした? アキ」

 そんなためらいを見透かされそうで、アキは言葉を取り繕う。

「え、ええと……そうそう、桃井さんいきなりどうしたんだろうな」

「さあ? あの人も忙しい人だからな。急用なんて日常茶飯事だろう」

「でもスマホで予定見てただろ? あの人がそういうのを見落とすとか、イメージじゃないからさ」

「確かに桃井さんは超絶優秀だが、あれでいてなかなかおちゃめなところもあるんだよ。まぁ、それがスケジュール管理と関係はないだろうが……」


 言いかけて、虎子の動きが止まった。

「な、なんだよ虎子」

「……いや、なんでもない」


 虎子はアキに背を向け、家の方へと歩き出した。

「さあ、戻ろう。アキ」

「あ、ああ」


 今の間は何だったんだろう。

 何かに気が付き、それを誤魔化すような雰囲気だった。アキはそれを有馬家でも感じてた。


 虎子は何かを隠している?

 でも、何を?


 前を歩く虎子のを背中を見つめ、アキは少し不安になった。


 仁恵之里でも最強格と謳われる一之瀬虎子。 

 しかし、その背中は歴戦の勇者のそれではなく、見た目相応の女性の背中だ。

 或いは、少女のそれと言ってもいいかもしれない。


 そんな虎子のアンバランスさに感じた不安。

 ……いや、これは不安ではない。


 きっと、アキは虎子の事が少しだけ心配だったのだ。



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