第47話 マリー姉妹の『いっただっきま〜す!』
「蓮角藍之助、さん……?」
アキは記憶の糸を辿る。丁寧に、出来得る限り、現在から過去に遡る。しかし……。
「……うーん、聞いたことないですね」
アキがそう言うと、留山は先刻承知といった風に頷いた。
「そうか、まあそうだろう。しかし、藍之助を知る者なら、キミを見て皆同じような事を思うだろう。『キミは藍之助の生まれ変わりか?』なんてね。そしてこうも思うだろう。『あの能力も同じなのか?』と……」
「その、宝才や識を無効化するとかいう?……」
武力への耐性を失った事も?
アキは確かにリューの武力には為すすべも無く敗北したわけだが、あれは耐性云々の問題ではは無いような気がする。純粋に力量の差というか、強すぎる力の前に敗れ去っただけだろう。
そう思い、アキはその事を言葉にはしなかった。
「事実、キミからはその藍之助の気配を微弱ながら、だが確かに感じる。今は簡単な宝才や識しか無効化出来ないが、やがて藍之助のようにあらゆる識も宝才も無効化してしまうかもしれない。そのために相応の修行が必要なのか、それとも才覚のみでそこまで辿り着くのかは分からないが……」
留山はゆっくりと羽ばたき、その羽の動きを徐々に早めていくモンシロチョウに目を細めた。
「あるいは、純粋な『進化』によってその境地へとたどり着くやもしれないね」
留山は顎に貯えた品のある髭を摩りながら、アキを値踏みするように眺め始めた。
「な、なんですか裏さん、急にジロジロと……」
「いやね、辿り着く先は『虎子』かもな、なんて思ってね」
「は? なんで虎子? どういう事ですか?」
「藍之助は虎子と相思相愛の仲だったんだよ」
!!
いきなりとんでもない情報が飛び出した。
下世話と分かっていながら、アキは好奇心を抑えきれなかった。
「相思相愛? つまり虎子はその、藍之助さんと付き合ってたんですか?」
「いやいや、付き合っていたなんて生易しいものではない。あの二人は……おっと、口が滑ってしまった。これ以上はやめておこう」
「……でも、藍之助さんは裏さんと同じ……その、種族というか、なんていうか……」
アキが安易に『鬼』という言葉を使わないのは彼らへの気遣いだ。留山もそれは分かっていた。
「そうだよ。だが、愛に人種も種族も関係ないさ。事実、キミは魔琴をどう思う?」
「そ、そりゃあ……カワイイと思います」
「素直だね。でも、それでいいんだよ」
頬を赤らめるアキに、留山はふふふと意味深な笑みを浮かべた。
「……話が逸れてしまったが、兎にも角にもその藍之助と瓜二つのキミだ。もしかしたら、虎子のほうが先にキミに辿り着いてしまうかもね」
と、留山は冷やかすような笑みと仕草でアキをイジる。
「や、やめて下さいよ。それに、藍之助さんはお亡くなりになっているんでしょう? それなら虎子も辛かったに違いないし、そういうのってちょっと……」
「そうかな? 悲しみに疲弊した女性の心を癒やしてあげられるのなら、わかった上で全てを受け止めてあげるのも男の度量だと思うがね」
そう言って留山は両手を広げ、胸を張る。
「キミは不謹慎に受け取るかもしれないが、藍之助の虎子に対する深い愛をこの目で見ていた私はそう思う。心というものは誰も彼もが同一に均一に癒せるものではない。誰しもが想い人の面影を追い求めるものさ」
留山のような大人の、しかも飛び抜けた男前が言うのなら格好も付くが、アキはまだまだ高校生。そんな少年が男女の心のなんたるかを語るには早すぎる。
「男とは、その女性が欲する『男』を幕引きまで演じきることが出来て一人前の男なのだよ、アキくん」
そんな留山に、黄色い声を上げる二人の少女がそこにいた。
「きゃあ! 御館様、カッコいい!」
「御館様、素敵です! 抱いて!!」
マリー姉妹だった。いつの間に現れたのか、いつからいたのか、全くの突然のように、マリー姉妹はそこにいた。
「やあマリオン、ルイ。用事は済んだかな?」
留山が訊くと、姉妹は揃って『ハイ!』と元気よく答えた。
「御館様を欺く狼藉者は成敗いたしました!」
「この世に血の一滴も残さないように、ぜーんぶ食べちゃいました!!」
そして、二人揃ってお腹をポンポンと叩いてみせた。
「そうかそうか。ご苦労だった」
留山は満面の笑みでマリー姉妹の頭をなでた。
「……あ、国友さんっ!」
マリオンは不意にアキを見詰めて、言った。
「国友さんを襲った奴隷は罰として死刑にしましたから、ご安心ください!」
物騒なことを笑顔で言うマリオン。
「死刑にしたあと、マリオンと二人で骨までたべちゃいました! おなかペコペコだったので助かりました! ごちそうさまでした!」
ルイが満足そうに言うと、再び揃ってお腹をポンポンと叩いてみせた。
「そ、そう。そうなんだ……」
アキは子供の冗談と一笑に付したかったが、異様に膨れた姉妹の腹部を見ると、笑える気分にはならなかった。
「そうそう国友さん……」
マリー姉妹はにいい、と不気味に口角を吊り上げた。
「たとえ国友さんでも、御館様に歯向かうようなことがあれば、食べちゃいますからねぇ」
そう言って、きゃはは! と楽しそうに笑った。その様は二人の整った顔が醜く歪んでいくようで、アキは思わず目を背けてしまう。
「う、うん。気をつけるよ……」
あくまでも子供の冗談だと自分に言い聞かせるアキ。しかし、マリー姉妹はアキの感じている自分達への恐怖心を見透かすように、ニヤニヤと笑っていた。
それを知ってか知らずか、留山は二人をたしなめる。
「こらこら、アキくんと私はもう友人だよ。そんな二人が争うなんて、そんな事があるはずないじゃないか」
「きゃはは! そうですよね! 失礼しましたっ!」
マリー姉妹はペコリと頭を下げ、一歩下がった。
「……それではアキくん、我々はこれで失礼するよ」
留山が軽く右手を上げると、彼の足元から黒い煙の様なものが立ち上がり、それは闇となって渦を巻いていく。
「と、そのまえに。今私が話したキミの能力の話だが、ここだけの話にしておいてくれたまえ」
「え、どうしてですか?」
「あれはあくまでも私の見解だ。武人会は別の見方をするかもしれない。そしてキミは武人会の所属だ。ある組織に属する以上、その組織の考えには従わねばならない。部外者である私の意見など無いも同然だろうがね」
留山の言う事ももっともだ。
しかも現時点では敵側に位置する留山の意見。今は伏せておかないと、何かとトラブルを招きかねない。
「……わかりました。みんなには黙っておきます」
「うむ。理解が早くて助かるよ。それともう一つ……」
留山は口元に人差し指を立てる仕草で言った。
「藍之助の事をキミに話したことは、くれぐれも虎子には内緒にしておいてくれたまえ。藍之助の事で虎子も心に傷を負っている。その傷を癒やすのには時間が必要だ。あえて思い出させたくはない」
「そうですね、わかりました」
「それに……私は虎子に『お喋りな男』と思われたくないんでね」
そう言って、男前な微笑みとともにウインクをしてみせた。
「それでは失礼する。また会おう、アキくん」
すると闇の渦は勢いを増し、3人を包み込んでいく。
「国友さん、さようなら!」
「またお会いできる日を楽しみにしてます!」
マリー姉妹は揃ってお辞儀をし、その後は可愛らしく手を振った。
ぶわっ、と闇が膨張し、次の瞬間にはその場に何も、誰もいなかった。闇が3人を連れて行ったのだ。
「裏さん……悪い人じゃなさそうだな……」
アキは彼らが去った跡を舞う、時間を取り戻したモンシロチョウを眺めて呟いた。
…………
……
…
留山達は自分達の世界へと戻り、彼は古城の様な
「お疲れさまでした、
ルイは空いたグラスに二杯目の酒を注ぐ。
「うむ。それにしても、アキくんとゆっくり話ができて良かったよ」
「でも……御館様ったら、ぷぷ」
マリオンは何かを思い出して、小さく吹き出してしまった。
「どうかしたかな? マリオン」
「だってぇ、御館様……御冗談ばっかり」
ルイもマリオンと同じ様にクスクスと笑っている。
「冗談? なんのことかな?」
するとルイが飼い猫のように留山に擦り寄り、耳元で囁やいた。
「奉納試合が無くなればいいなんて。心にも無いことを仰るからぁ」
マリオンはルイとは逆側で、同じように留山の耳元に甘い吐息を漏らす。
「人間なんて皆殺しにしてやるって、正直に仰ればよかったのにぃ」
傍から見れば、二人は父親にじゃれつく双子の姉妹のようだ。しかし、ふたりとも大人の女の顔をしている。親には見せられない、はしたない顔だ。
「ふふふ、あれはリップサービスだよ。今はあれでいいんだ」
留山は姉妹の頭を優しく撫でる。うっとりと蕩ける姉妹の顔に、理性は既に無い。
留山の手が頭から背中、腰へと下がって行くに連れ、姉妹の吐息はより甘く、荒くなっていく。やがてそれは淫靡な音と共に、明らかな悦楽を帯びていく。
「御館様ぁ……」
留山は切なげな姉妹の吐息を浴びながら、そしてそれを楽しみながら呟いた。
「今はあれでいい。いい夢を見るといい。悪夢に変わるまではね……」
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