第43.5話 一之瀬姉妹

 ここは医務室。留山との接触後、リューが虎子によって運び込まれた医務室だ。


 虎子は眠るリューの顔を、ベッド脇に置かれていた簡素なパイプ椅子に体を預けながら見詰めていた。


 虎子はいままで何度こうしてリューの寝顔を見詰めてきたのだろうかと自問した。


 ある時は喜び、ある時は悲しみ。

 ある時は怒り、ある時は絶望した。


 今は、愛情しか感じない。


「リュー……済まない」

 虎子は眠るリューの頬に優しく触れた。

 柔らかで滑らかで、まるで子供のようだ。 

「全て、私のせいだ」

 こうしていると思い出す。そう、リューがまだ本当の意味で子供だった頃を思い出すのだ。


 リューをただ強くするために、ただそれだけを目指してリューの人間性を壊し、否定し、尊厳を踏みにじったあの頃を。


(私がお前の人生に『復讐』を据えてしまった。自分もそうだった。だから、避けたかった。それなのに、私はお前に同じ轍を踏ませている……)


 心の中でそう告白した虎子の瞳がじわりと滲み、それはすぐに雫となって彼女の頬を滑り落ちた。

「済まない……許してくれ、リュー……」


「あやまらないで……」  

 リューの声だった。その手が虎子の手を優しく包み込むように握っていた。

「お姉ちゃんは、なにも悪くない……」

 薄っすらと瞳を開いたリュー。彼女は虎子の声を聞いていたのだ。

「め、目を覚ましたか。どうだリュー。体に異常はないか?」

 突然の事に戸惑う虎子。余計なことを言ってしまっていないか不安になったが、おそらく問題はないだろう。


「……はい。大丈夫です。」

「無理をするなよ。まだ寝ていても構わないんだぞ?」

 ゆっくりと体を起こすリュー。壁掛けの時計に視線を投げ、キュッと口元を締めた。

「……よかった。武人会議には間に合いそうです」

 そして少しだけ表情を緩めて虎子を見た。

「私は大丈夫です。裏さんとの事も、私が悪いんです。だからお姉ちゃん、謝らないで下さい」  


 虎子の懺悔をリューはそう捉えたが、その実は違う。しかし、それを改めて説明することは出来ないし、意味もない。 

 だからこそ、虎子は葛藤するのだ。


「……ああ。わかった。わかったよ、リュー」

 虎子が顔を上げてリューを見やると、リューは突然その身を抱くようにして震えていた。

「……どうした、リュー?」

「裏さんのことを思い出してしまいました……」


 わなわなと震えるリューの姿に一抹の不安を禁じえない虎子。

(やはり留山に恐怖を……) 


 無理もない事だと思う。あの巨凶・裏留山とまみえれば誰でもそうなる。或いは、もう留山の前には立てないほどの圧力プレッシャーを植え付けられていても不思議ではない。


「……大丈夫か? リュー」

「お姉ちゃん……あの、裏さんって人……」

 リューはゆっくりと顔を上げて、虎子を見た。

「……嫌な人ですね」

「……は?」


 リューは彼女らしくなく、嫌悪感を隠すこともなく、心底嫌そうな顔をした。

「なんかネチネチっとしてるっていうか、イヤらしいっていうか……私、ああいう人は苦手です」

「……ははは、そうだな。私も昔からあいつは苦手だ」


 リューは決して留山に対して恐怖を抱いていたわけではなかった。

 そんなリューに虎子は安堵すると同時に、その精神的な強さに驚かされてもいた。  


「……お姉ちゃん。私は大丈夫です。だから、そんな顔しないで……」

 虎子の手にそっと添えられたリューの手。そこから伝わってくる力強さに、虎子も勇気付けられる心持ちだった。

「さぁ、もうすぐ時間です。行きましょう。武人会議へ」

 リューの力強い言葉に、虎子は頷いた。

「そうだな。行こう、リュー」

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