第44話 武人会議
「武人会議っていうのは仁恵之里武人会の実力上位9人で構成される『
刃鬼はそう説明しながら廊下をずんずんと進み、あとに続く不安がるアキを気にせず会議室を目指す。
「まあそんなに肩肘張ったものじゃないよ。お茶しながら『最近どう?』『ぼちぼちだね』みたいな感じでふわっと終わるし。でも、今日はちょっと揉めるかもね。奉納試合が近いから」
「奉納試合? なんですか、それ」
アキが聞き返すと、刃鬼は歩みを止めた。
「……っ」
アキは思わず息を飲んだ。目の前には荘厳さを感じずにはいられない程、いかつい扉が行く手を阻んでいたのだ。
「着いたよ。ここが武人会議室だ」
刃鬼はアキの質問には答えることなく、その重量のありそうな扉をゆっくりと開いた。
その部屋は洋室で、広くて採光の良い明るい部屋だった。
中央に大きな円卓が置かれ、そこには虎子、リュー、澄、春鬼、珠鬼、そして背が高く、目つきの鋭い男が着席して刃鬼の到着を待っていたようだ。
(6人? 会長を入れても7人……)
アキは残りの二人よりも、鋭い目つきでこちらを見つめる若い男が気になった。
(俺と同じぐらいの
男の体は相当に鍛え込まれているようで、一見すると単なる筋トレ愛好家程度にみえるが、袖から覗く腕や太い首に目を凝らしてみるとその筋肉のハリと密度は明らかに質が違った。同年代とは思えない鍛え込み様に見受けられたのだ。
(……あいつもリューみたいに強いんだろうか)
リューといえば医務室にいっていたようだが、すっかり回復した様子で着席しているところをみると大事には至らなかったようだ。
アキと目が合うとリューは一瞬表情を緩めたが、すぐに真顔に戻って刃鬼に顔を向けた。そして刃鬼が部屋に入り、一歩踏み出した途端に全員が一斉に起立した。
「おまたせしました。早速始めよう。みんな、着席を」
流石は会長、彼が部屋に入った瞬間から空気が変わった。
刃鬼もいつもの柔和な雰囲気とはまるで別人の様に威厳を漂わせ、集まった武人達も真剣な顔をしている。ピリピリと張り詰めるようなこの部屋の空気が、『武人会議』というモノの重要性を物語っているようだ。
(俺、ホントここにいてもいいのかな……)
アキが戸惑っていると、刃鬼はこほんとわざとらしい咳をひとつ。
「……その前に」
と、一拍おいてアキの背後に回り込み、彼の肩をわっしと掴んで言った。
「今日からみんなのお友達になった国友秋くんです! はいご挨拶〜っ」
「……え? は?」
刃鬼は戸惑うアキに面白可笑しそうな笑顔を向けていた。
「イイイイャッホォウ!」
虎子は両拳を高々と挙げて歓喜し、リューは心底嬉しそうに「ご入会おめでとうございます! アキくん!」と、百点満点の笑顔をアキに向けていた。
さっきまでの真剣な空気がどこへやらだった。
「さあアキくん、挨拶してして」
「え? あ、はい……国友秋です。よろしくおねがいします……」
よくわからない状況に戸惑いつつも、アキがお辞儀をすると虎子とリューは(ちなみに珠鬼も)大喝采で迎えたが、春鬼はそれを遮るように挙手をした。すかさず虎子が突っ込む。
「おいおい春鬼、異議ありとかシラケる事いうんじゃないだろーなあ? これは決定事項なんだよもう決まっちゃってんの。隊服の採寸も済んでるんだよ。それなのにお前って奴は……」
「待て虎子。俺はそんな事を言いたいんじゃない。だいたい、武人会に隊服など無い」
「じゃあなんだ? 何が言いたい?」
「国友が武人会に入る事に、俺は異論はない。しかし、国友本人はどう考えているんだ? それに、国友の識の件もある。仮に国友が
春鬼の言う事は本当にそのとおりで、誰も彼に異論を唱える者はいなかった……と、その時。リューが立ち上がった。
「秋くんは、私が守ります」
リューはまるで宣言するように声を張った。
「どんな事があっても、私が必ず守ります。だから……」
「国友はどうなのか、が問題じゃないのか? リュー」
春鬼は厳しい口調で言う。リューはそれでも食い下がろうと何かを言いかけたが、それを虎子が制した。
「春鬼の言う事も
全員の視線がアキに向く。アキはそのプレッシャーに押し潰される事なく、自分の気持ちをありのまま言葉にした。
「俺は、武人会に入りたい」
アキの言葉にリューの瞳が輝き、虎子は拳を握ってガッツポーズをかまし、春鬼は眉一つ動かさずにアキの次の言葉を待った。
「……俺が鬼と戦えるかどうかはわからないけど、父さんの事とか仁恵之里の事とか、武人会なら一番詳しくて、一番理解できるだろうし、もし俺が何かの役に立てるなら、立ちたいと思う」
父さんがそうしたように……という言葉はわざわざ言葉にしなくても、その場の皆に伝わった事だろう。刃鬼はアキの言葉に目頭が熱くなる思いだった。
「……春鬼。これでわかっただろう。アキくんは本気なんだ(涙声)」
刃鬼は春鬼の瞳をじっと見つめ、彼の心に問うような声色で言う。
「……」
春鬼はその視線を真っ向から受け、それでもそれを受け入れようとはしなかった。
「アキくんが武人会に入る事に異論は無いんじゃなかったのか? 春鬼」
「無い。だが、国友の身が危険に晒される事は変わらない」
「だから賛成はできないっていうのか? 言っている事が矛盾してないかい春鬼。お前らしくない」
それはアキの身を案じての事なのだろうけど、春鬼は素直にアキの武人会入会を認めない。彼らしくない態度に、場の空気は徐々に重たいものに変わっていく……、
その時。
「……あのさ、ちょっといいかな」
澄だった。彼女の小さな右手がちょこんと挙がっている。
「アキの索識の結果、先に言っていい?」
澄はちらりと春鬼を見た。まるでアイコンタクトの様な視線だったが、春鬼にそのような事をされる心当たりはない。
これはこの悪い空気を払拭しようとした澄なりの助け舟のつもりなのだが、春鬼はその真意に辿り着けなかった。
「……(鈍感だなぁ!)」
その様子に澄はちょっとだけがっかりしたが、気を取り直して刃鬼に顔を向けた。
「結論から言うと、アキの識が何かは分からなかったよ」
ざわ……。
その答えは予想しなかったと言わんばかりに、会議室の空気はざわめいた。
「わからなかった?
刃鬼は考えもしなかった結果に戸惑っていた。
「うん。なんていうか、識が揺らめいてて、形になってないの。秋一郎おじさんの識の気配はあるから同系統だと思うけど、こんなのは初めて。お父さんなら何かはわかるかもだけど、ではあたしじゃここが限界。ごめんなさい」
「いやいや。謝ることはないよ澄。分からないなら、仕方ない」
「でもあたしも気になるし。あたし、アキ連れてお父さんのところに行って聞いてこようか?」
「そ、そんな事までしなくていいよ。だいたい護法先生のお体に障るし、病室で索識なんて無理だよ」
病室、という言葉が気になった。澄の父親は入院でもしているのだろうか。
しかし、今この状況でそれを確かめられるほどアキは無神経じゃない。
「とりあえず今んとこはアキが戦えるかどうかはわからないってのが結論ね。まあ、武人会に入ったからって絶対に実戦投入ってわけでもないし、今は少しずつ慣らしていって、その中でアキのポジション決めてけばよくない? 焦ることないって。これからも索識は続けていって、少しずつでもアキの識を解明していこうと思うし。それでいいよね? アキ」
澄の提案に虎子はうんうんと頷き、「異議なし」と声を張った。
確かに、仮に『識』というものが使えたとしてもいきなり鬼と戦うなんて無理だし、アキも武人会というものをもっとよく知っておきたい。
その中で、失ってしまった父との思い出も何か見つかるかもしれない。そのためにも時間は必要不可欠だ。
「会長がそれでよければ……」
アキが言うと、刃鬼は「いいかな?」とその場の全員に問うた。
「……」
室内に訪れた沈黙は決して負の感情ではなく、むしろ肯定のそれだ。
「じゃ、そういうことで」
刃鬼は軽く言うと、満足そうに微笑んだ。
「さてさて、大事な議題も済んだことだし、お茶にでもしよっか。……コーヒーがいいひと〜。紅茶がいいひと〜」
(なんか、軽いなぁ……武人会議って言うくらいだからもっと重々しいモノかと思ってたよ)
アキはようやく緊張から解き放たれ、椅子に深くその身を預けた。
(でもこれで、少しは父さんに近づけたのかな……)
その後は運ばれて来たお茶とともに会議とも世間話ともつかない歓談の時間が流れ、穏やかに武人会議は進行した。
「……さぁ、とりあえず今日の議題は全部済んだね」
会議の終わりに刃鬼はそうまとめたが、アキの感触としてはそこまで会議っぽい内容ではなかったし、重要会議のはずなのに本当にこれでいいんだろうかと思うようなマイルドな雰囲気だった。
「じゃ、これで今回の武人会議は……あ、そうそう。一つ言い忘れてた。今年の奉納試合はリューにおねがいしますね」
刃鬼が「奉納試合」という言葉を出した瞬間、場の空気が急激に張り詰めた。
空気が薄くなった様な感覚は、人の感情が極度に昂った緊張だ。
誰も何も言わない、一触即発と言ってもいい視線が交錯する中、リューはすっくと立ち上がった。
「謹んでお受けいたします」
まるで大河ドラマの登場人物の様なセリフと共に、深々と頭を垂れた。
「……よろしくおねがいします」
刃鬼もその場で深くお辞儀をした。
穏やかな空気が一変。唐突に殺伐を極めた雰囲気にアキが混乱していると、それまで沈黙を守っていたあの若くて背の高い男が突然挙手をし、低い声で唸った。
「異議あり!」
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