第43話 今昔仁恵之里

「まず、武人会がどんな組織かは知っているね?」

「おに、と戦う組織って事ぐらいしか……」


 アキの返答に、刃鬼はうん、と頷いた。

「そう。正確には『魔物まもの』っていうくくりになるらしいけどね」

「ま、魔物、ですか……」

「そうそう。ドラクエの敵みたいな感じ。僕も子供の頃は夢中になってやったなぁ、ドラクエ」


 アキはシューティングゲーム派なのでRPGには詳しくはないが、ドラクエぐらいは知っていた。しかし、アキの抱いていた(というか実際に遭遇した)鬼のイメージと、スライムのような敵キャラのイメージは違いすぎる。


「鬼、というのは大雑把にまとめた言い方なんだよ。僕らに危害を加えたりして敵対している存在が『鬼』。感覚的にはそれでいいんだ。でも、平山さんや裏さんは違う。彼らは鬼じゃない」

「え、じゃあ、なんなんですか?」

「彼らは『マヤ』と言って、彼らの世界……『カルラコルム』というんだけど、マヤはそこを支配する神に近い存在、というのが彼らの主張なんだ。もうわけがわかんないでしょ?」

「え、ええ。まあ」 


 あんたが言うなよとツッコミたいアキだった。刃鬼はそれもお見通しと言った風に微笑み、続けた。

「カルラコルムはマヤが住んでる場所を頂点として、下層にマヤより身分の低い者、更に下層にもっと身分の低い者……みたいな感じの階層構造になってて、それをまとめて魔界と呼んでいるんだ。マヤはそこから使えそうな魔物をピックアップして労働させたり、使役したりしてるそうだ。今日ここに来てたマリー姉妹もそれだね。彼女たちはおそらく魔族で、裏留山との契約で彼に隷属している使い魔だろう。平山さんも同じようにひとり魔族の女の子を使い魔にしてるけど、その子はいい子だよ。マリー姉妹みたいに上っ面だけ取り繕ったような『鬼』とは違う。それはきっと、会えばわかるよ」


 あまりにファンタジーな話なので嘘か冗談にしか聞こえないが、実際に裏留山やマリー姉妹と対面した時に感じた得体の知れなさ、というか、身の危険を感じさせる凶々しさは確かに異様だった。

 平山不死美にしてもそう。彼女は目の前で空間を移動して見せたが、今ならあれが手品ではなく『魔法』と言われても納得してしまう。アキはその程度にはこの仁恵之里の事を理解していた。


「そんな武人会はなんと500年も前から鬼と戦ってこの『日本』を守り続けて来たんだ」

「500年? しかも日本? 仁恵之里だけじゃないんですか?」

「そうだよ。奴らはどこにでも行っちゃうから困ったもんでね。たまに犯人も動機もわからない殺人事件とか神隠し的な事件あるでしょ? あれは鬼の仕業だったりする事も多いんだ。そういう輩を退治したり、そもそもこの仁恵之里から極力出さないように抑止したりするのも武人会の仕事のうちさ。日本政府もそれを昔々から知ってるから、武人会は国から正式な委託を受けて『鬼退治』をしたり、治安維持のための協力をしたりもしてる。警察とかで対処できればいいんだけど、鬼を倒すには最低でもライフルとかマシンガンみたいな銃火器類が必要だし、銃で倒せるのもそれこそスライムレベルの雑魚だけ。アキくんを襲った鬼のレベルでそうだな……戦車1台分ぐらいの戦闘能力ってとこかな? それを鑑みれば、500年の信頼と実績を誇る我らが武人会に任せとこうってなるのも自然な流れだよね」

「戦車? じゃあ、虎子は戦車並みの強さって事ですか……」

「ははは、虎子は最新の戦闘機以上だよ。しかも無補給で何日も戦えるくらいのね」


 なんだかとんでもない話の連続にアキはすこし疲れてしまい、ため息混じりに脱力してソファーの背もたれに体を預けた。

 その様子に刃鬼は微笑み、懐から小さな黒い手帳を取り出してテーブルに置いて、それをアキに勧めるようにして差し出した。


「これは武人会の会員である証明書だよ。これがあればJRや高速道路がタダで乗れちゃうよ。そんな夢のパスポート……欲しくない?」

「あ、怪しい……」

「大丈夫大丈夫、本物だよ。しかも、仁恵之里本部の会員証だよ? 超レアだよ?」

 冗談のようなことを真面目な顔で言う有馬刃鬼という人物……本当に虎子と似た者同士というか。その強引さにアキは色々と戸惑った。


「でも、僕はまだ武人会で戦えるかどうかもわからないし、その、識ってやつもあるかどうかも分からないんでしょ?」

「それはどっちでもいいかな」

「……え?」


 刃鬼は立ち上がり、窓際で遠くを見つめながら言った。

「僕的にはアキくんに識があれば良し、なくてもまあ良し、なんだよ。どれだけ探しても見つからなかった秋一郎とキミが見つかって、今こうして仁恵之里にいる。僕はそれだけでも十分なんだ。僕だけじゃなくて、みんなそう思ってるよ」

「でも、それじゃあなんか……」

「悪いって? 何も悪くないよ。悪いどころか、これは良い兆しなんじゃないかって思うくらいだよ。鬼との和平が現実的になってきた今、キミが仁恵之里に帰ってきたのはまるで運命の神様の思し召しだと思うんだ」

「運命、ですか……」


 虎子も同じような事を言っていた。

 運命……それを刃鬼は肯定的に捉えていたが、虎子はどこか懐疑的だった。アキはそれが気になっていた。


「運命には逆らえないよ。その運命を受け入れるかどうかは別だけどね」

 そう言い、刃鬼は笑った。アキはとても笑えるような気分ではなかったが、悪い気分では無かった。


「……有馬会長」

 アキはテーブルに差し出された手帳を開き、呟いた。

「なんだい?」

「この証明証のページ……僕の写真貼ってありますけど」

「ああ、虎子にお願いしてこっそり用意してもらったんだ。生年月日とか電話番号とかも。まぁ、そういうこと」

 手帳の1ページ目にある武人会会員証のページは既にアキの写真入りで個人情報が正確に記載済みだった。


「武人会へようこそ! 国友秋くん!」

 刃鬼は心底嬉しそうに言った。そして……

「というわけで、実はこれから会議があるんだけど、ついてきてね。ホントは武人じゃないと参加できない会議なんだけど、今日は特別にキミも参加ね」

「え? いまからですか?」

「うん。今日の議題はちょっと荒れるかもしれないけど、武人会と仁恵之里を知るにはいい機会だと思うし」

「でも、いいんですか? なんか特別な会議なんでしょう?」

「まぁ、いいでしょ」


 軽い……アキはなんだかけむに巻かれているような気分だった。

「さて、なにか質問はあるかな?」

「質問、ですか……」

 今のところ質問しかないが、そのすべてをここで明らかにするのは無理だろう。そう考えながら、アキは虎子との会話を思い出していた。

「会長、父さんと平山さんの事を教えてほしいんですが」

 その問いかけに、刃鬼は意外そうな顔をした。


「そうか、アキくんは平山様と面識があるそうだね。でも、お父さんの事だけじゃなくて、どうして平山様の事を?」

「……平山さんの事を詳しくって訳じゃないんですが、この前虎子と話をしてたとき、平山さんの話題になって、平山さんの事は会長から教えてもらえって言われて。平山さんは父さんの事も俺の事も知っていました。俺は平山さんに会ったことがあるんですか?」

「……僕も詳しくは分からないけど、秋一郎は武人会の武人だったし、平山様とも当然面識はあった。その流れでアキくんとも面識があっても不思議じゃないと思うけど。何か気になることでもあったのかな?」

「なんていうか……平山さんとはどこかで会ったことがあるような気がしていて」

「ほうほう、記憶が蘇ったとか?」

「でも、それも最近の話です。思い返してみれば……みたいな感じで。他人の空似かもしれないし」

「あんな美人はそうそういないよ。一度会ったら忘れることなんて無いんじゃないかな」

「はは、そうですね……」

「まあ、そういうふうに記憶の糸を手繰って行くことも重要だよ。焦ることはないから、少しずつ思い出していけばいいし、思い出せないなら、新しい思い出を作ればいいさ」

「……はい」


刃鬼は壁に掛かった時計を一瞥し、立ち上がった。

「さぁ、そろそろ会議の時間だ。心の準備はいいかな?」

 刃鬼の悪ふざけでもするような問いかけに、アキは迷いながらも頷いた。

「でも、ホントのホントにいいんですか? そんな大事そうな会議に出席しても」

「心配症だなぁ。そういうところは秋一郎そっくりだ。会議の事なら大丈夫。詳しいことは歩きながら説明するよ。さ、行こう」


 そうして刃鬼は不安がるアキの背中を押すようにして自室を後にしたのだった。


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