第40話 アキの知らない仁恵之里
「……先輩……国友先輩」
少女の声がアキを呼ぶ。
(先輩? 誰が?)
アキは闇の中、
そんなぼんやりとした世界で、なおも少女の声はアキを呼ぶ。
「国友先輩、大丈夫ですか?」
「誰が……? 何が……って!?」
アキは急激に眩しくなった視界に驚くように跳ね起き、同時に自分が布団の上に寝かされていた事に気が付いた。
(……そっか、澄になんかされて、気を失って……)
なんとなくの記憶を繋ぎながら状況を把握する為に、あたりを見回すと、すぐ隣に見たことのない女の子が正座して自分を見つめていた。
「えっ!? うわっ?! ……あの、その、誰?」
素っ頓狂なアキの声がおかしかったのか、その少女はくすくすと笑ったが、どこか上品な印象を受ける仕草だった。
「ごめんなさい。……国友先輩ってどこかお茶目ですね。澄ちゃんが言ってた通り」
そう言ってにっこり笑う少女はどこか大人びた雰囲気が漂う色白で、長く真っ直ぐな黒髪が印象的な美しい少女だった。
「あ、そういえば先輩とは初対面でしたね。自己紹介が遅れてすみません。私は
「あ、こ、こちらこそ……国友秋です。よろしく、麗鬼さん」
「ふふ。麗鬼、でいいですよ」
「う、うん。わかった」
畏まる麗鬼よりも畏まるアキ。そんなアキに対して、麗鬼は穏やかな笑みを向けていた。
(有馬さんの妹さんか……どおりで可愛いわけだ)
兄妹と言われて納得だ。有馬春鬼が絶妙に少女化したような凛とした空気感と容姿端麗さには、きっと誰もが目を奪われることだろう。
(……でも、俺が先輩で、有馬さんの妹さんってことは、1年?)
話の内容からすれば間違いない。しかし、話し方もそうだが、立ち居振る舞いの全てがとても下級生とは思えないほど洗練されている。
「……」
アキはちょっとだけ自分が恥ずかしくなった。
「どうかしましたか? 先輩」
「いや、なんでもないです」
「?」
麗鬼は小さく首を傾げたが、直ぐに姿勢を正してもう一度アキに問うた。
「先輩、お体は大丈夫ですか? どこか異常を感じるところはないですか?」
「う、うん。特にないよ」
「立てますか?」
「多分」
アキは多少不安があったものの難なく立ち上がることが出来た。それを見て麗鬼はうん、と頷いた。
「流石は秋一郎おじさまのご令息です。索識は識に相当な負荷がかかります。普通はそんなふうに立てませんよ」
「索識……澄のやったアレか……」
確かに、澄の索識の影響で気を失ったという自覚があったアキ。しかし、体に負荷を感じたわけではなかった。
「先輩。問題なければこのまま父のところに案内させて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「父……有馬会長?」
「はい。父が先輩とお話がしたいと。言い換えれば、先輩を連れてくるようにと、会長から申し付けられました」
「……」
アキは戸惑いや不安より、『ついにこのときが来た』というような心持ちだった。
「……勿論」
アキがはっきりと答えると、麗鬼は少しだけ驚いた様な表情を見せたが、それを隠す様に立ち上がった。
「では、参りましょう」
有馬邸は本当に広く、まさにお屋敷といった風情だ。麗鬼のあとを付いて歩くアキだったが、一向に刃鬼の元に辿り着けない。
板張りの廊下は一体どこまで続いているのか……アキは超高級旅館にでも来た様な気分だった。
ふと、麗鬼の歩みが止まった。
「……麗鬼?」
何事かと見やると、そこには虎子が立っていた。
「と、虎子?」
「アキ、索識は終わったようだな。体は大事ないか?」
虎子はそこで待っていたのか、それともどこかに身を潜めていたのかと言う程に、まるで突然そこに現れたかのように、その場に佇んでいた。
「う、うん、まあ。いまんとこは。それより、リューは大丈夫なのかよ」
「問題ない。今は寝ている。しばらくあのままにしておこうと思う」
「……そうだな。それがいいと思う」
「ところでアキ、お前は今から刃鬼の尋問を受けにいくのか?」
「じ、尋問? そんなんじゃないよな? 麗鬼」
振り向き、麗鬼の顔を見たアキは思わず声が出た。麗鬼はまるで鬼の様な形相だったのだ。
「ひぃッ?! 麗鬼??」
麗鬼の鋭い眼光は、明らかに虎子へと向けられていた。
「……虎子、お父様を侮辱する気かしら……?」
そんな必殺の意気を孕む視線を受けても虎子は涼しい顔だ。
「まさかまさか。そんなわけなかろう。つーかお前は極端なんだよ、麗鬼。もう少し肩の力をぬいたらどうだ?」
朗らかに笑う虎子とは対照的に、麗鬼の鋭さはその凶暴さを増していく。
「……不愉快だわ。あなたは、いつも」
そう呟くと、麗鬼は突然身を屈めたかと思った矢先、虎子へ向かって突っ掛けた。
「今日、ここで決着をつけてやるわ! 虎子!!」
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