第36話 渦巻く因縁
「しかし、刃鬼の奴め。無茶苦茶しよって……」
虎子は応接間の斬り刻まれた畳や、バラバラになったテーブルを見て眉をひそめた。
「アキ、本当に大丈夫か? 平然としているが、普通ならトラウマものだぞ?」
「……多分、大丈夫」
「無理をする事はないぞ? というか、刃鬼からは説明というか前置きのようなものはあったのか?」
「いや、なんかいきなり襲われたっつーか、斬りかかられた」
「……あの馬鹿たれめ。なにも変わっとらん」
虎子はため息をついて天を仰いだ。
「昔っからなんにも変わっとらん。有馬の男は馬鹿ばかりだ」
「昔? 前にもあったのか? こんな事」
「こんな事ばかりだよ。それよりも、この感じだと『
アキは自分でも生きているのが不思議なくらいだと感じていた。
裏留山の登場で曖昧になっていたが、あんな事をされても無事だったなんて、実感がない。
虎子はアキの体を検める様に眺め、そして触診するようにして触った。
「まあ、刃鬼も本気で斬るつもりはなかっただろうし、あいつもそこまでの馬鹿ではない。だが、手加減があったとしても有馬流の『本物の』剣を受けても無傷とは………」
「俺も実感無いよ。でも、何とか避けれたっつーか、逃げ切れたっつーか、勝手に体が動いたって感じで」
「……それを見越して刃鬼は刀を抜いたんだな。曲がりなりにも、お前はリューと正面から打ち合ったんだろう?
虎子はアキに顔を寄せ、瞳を覗き込むような格好になった。
あまりの近さにアキは戸惑うが、虎子は両手でアキの顔を固定するようにして続けた。
「お前の
「は? 澄が?」
「前に話をしただろう? 今日、澄が護符術でお前の事を調べると」
「……ごま油が何とかってあれか?」
「はっはっは、あれは冗談だ」
「わかってるよ」
「期待したか?」
「してねーよ」
「まぁ、とりあえずリュー達と合流しよう」
アキと虎子はそんなふうに軽口を交わしながら応接間を後にした。
だが、虎子は応接間の襖を閉める際、もう一度だけ斬り刻まれた室内に目をやり、その視線を鋭くした。
(あれ程の斬撃で、無傷。それにあの余裕か……)
ちらりとアキを見やる虎子。
信じられない、という言葉は、形にせず飲み込んだ。
その頃、刃鬼と留山は武人会事務室で手続きを済ませ、虎子らと合流。
「ところで裏様。お連れ様はどちらへ?」
「流石は有馬会長。お気付きでしたか」
「ええ、まあ……(あんなヤバそうな気配、気付かないわけないよ……)」
すると、ちょうど刃鬼を探していたリュー、澄、マリー姉妹が彼らを発見。
真っ先に動いたのはマリー姉妹だった。
「お館様〜!!」
留山を見つけた途端、姉妹は一気に元気をとりもどし、まるで本当の子供の様にはしゃいだ。
「おやかたさま〜!!」
駆け寄る姉妹。留山はまるで我が子にそうするように、二人を抱きとめた。
「裏様、その子達は……」
刃鬼は『その子供たちがあの
「この子達は当家の使用人ですよ有馬会長。先程お話した私の同行者です。さぁ二人とも、ご挨拶を」
留山に促され、マリー姉妹はぴったり揃って頭を下げた。
「私はマリー・マリオン!」
「私はマリー・ルイ!」
『二人合わせて、マリー
何度も繰り返された自己紹介なのだろう。姉妹の動きは一糸乱れず、声も完璧にハモっている。
アキはまるでアイドルの様な自己紹介をぶちかましてきた姉妹に「すげーな」と感心したが、他の武人たちは二人が完全に殺気を消していることに感心していた。
(この姉妹、只者ではないな……)
虎子は姉妹の底知れなさに警戒し、刃鬼は姉妹が未登録の『鬼』である事が気掛かりだった。
(この二人は他の雑魚とは格が違う。このクラスの鬼が他にもいるのか……?)
留山はそんな姉妹を満足気に眺めていたが、ふと顔を上げてリューを見やり、「おお」と感嘆の声を上げた。
「キミが虎子の妹さんだね? 噂は聞いているよ『リューさん』……キミとは「はじめまして」だね。裏留山だ。以後お見知り置きを」
どこか慇懃な口調の留山。虎子はそれだけで神経を逆撫でされる気分だったが、リューはにっこりと微笑んでいた。
「一之瀬流です。よろしくお願いします」
そして、ゆっくりとお辞儀をした。
リューの丁寧な挨拶に留山も微笑み、彼は握手を求めて右手を差し出した。
「今後とも力を合わせて頑張ろう、リューさん」
虎子は思わず一歩前へ出て留山の右手をはたき落とそうとしたが、留山がそれを牽制する。
「野暮な真似はやめたまえよ虎子。キミが何を心配しているか分からんでもないが、私は以前の私とは違う。和平のために暴力は不要だ。だから改めて言うよ。心配無用だと」
それを訊いた虎子は動揺した。
自分の知っている留山なら、絶対に口にしないセリフだ。
単純に嘘をついて自分たちを欺いている可能性は極めて高いが、彼の口にした『和平』という文言が虎子をその場に縫い止めるのだ。
人と鬼の共生……そんな絵空事とも言える事が、現実味を帯びてきた今。
自分が長年夢見てきた世界に、今が一番近い……。
結果、虎子はリューと留山が固い握手を交わすのをただ眺めるに留まる。
或いは留山がそのままリューに襲いかかるのでは無いかと危惧したが、二人の間に戦闘の気配が発生する様子は無い。
(……私が敏感になりすぎなのか?)
笑顔で握手を交わすリューと留山を見つめ、虎子はむず痒い思いだった。
「リューさん。いつも不死美からキミの事は訊いているよ。私に何か出来ることがあったら何でも相談してくれたまえ。この裏留山、及ばずながら力になろう」
留山の言葉は、その大人の男然としたルックスも相まってとても頼もしい。
それを聞いたリューは、嬉しそうに微笑んだ。
「……それでは、一つ教えていただきたいことがあるんですが」
「ほう? 私がお答え出来る事であれば、なんなりと」
「……
『
その名が出た途端、虎子の表情が凍りついた。
リューと留山の右手は、まだ繋がれたままだった。
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