仁恵之里武人会
第27話 武人の集う郷
6月を間近に迎えた週末。
じめじめとした空気が少しずつこの
ついに、アキが武人会会長と面会する、その日がやって来た。
「き、緊張する……」
午前10時からの予定だが、アキは緊張のあまり5時過ぎには目覚め、それからというものずっとそわそわし続けていた。
表の道場からはリューと虎子の朝稽古の音が元気よく響く。
現在午前6時半。場所は一之瀬家に併設された武道場。アキはそこでそわそわしまくっていた。
リューは毎朝、虎子は仕事から帰ってくる土日の早朝から揃って朝稽古をしているが、アキは自分には関係がないので今まで特に見学をしたりはしなかったが、今日は少しでも気を紛らわそうと道場に顔を出していたのだ。
「おいアキ、見ているくらいなら一緒に……やらないか?」
虎子は道着の襟を掴んでちょっと悪そうな自動車修理工の様にアキを誘ってみたが、アキは乗ってこなかった。
「いや、見てるだけでいいよ……」
しかし、リューはここぞとばかりに猛アピール。
「秋くん、そんな事言わずに一緒にやってみましょうよ、九門九龍!」
リューは是非ともアキにも九門九龍をやってほしいと常日頃から思っていたが、アキにはそのつもりは全く無かった。
「いや、俺には無理だよ。だいたい、俺には
「なくても武術は学べます! だから一緒にやってみましょうよ!」
どうしても一緒にやりたいリュー。彼女らしくもなく強引さが顔を出しかけたので、虎子がそれを優しく諌めた。
「まあ待てリュー。無理強いはいかん。武というものは心身ともにそれを受け入れる状態でなくては意味が無い」
「とは言え……」と言いつつ、虎子はアキに視線を移した。
「アキ、
「……ん、まあ、うん」
そう言われても別に無くてもいいし、悲観もしてないんだけどなぁと、アキは思ったが声には出さなかった。
「そのあたりの事も今日、時間を作って調べると刃鬼は言っていたよ」
「え、なんか調べんのか?」
「ああ。お前の身体にごま油をよーく塗り込んで、こうやってこうやって、こねくり回すように丁寧に丁寧に……」
両手を円を描く様に蠢かせる虎子。リューはにっこり笑ってそれをスルーした。
「大丈夫ですよ秋くん。
「そうそう。澄は上手いぞ? あいつの手は小さいから痒いところに手が届いて」
「……お姉ちゃん?」
リューの笑顔が張り付いている。さすがの虎子もおふざけはここまでと観念したようだ。
「じょ、冗談だよ、冗談」
虎子は咳払いで誤魔化し、「うむ」と、尤もらしく頷いて言った。
「武人会の武人は大きく分けて武術で鬼に対抗する『武人』と、仙術や妖術といった
「ふぅん」
「……なんだその気の抜けた『フーン』は。もっと『マジで?』とか『超能力ぅ?』とか、いいリアクションないのか?」
「いや、だって
「なに!?」
突然、虎子の顔が真剣になった。緊張で張り詰めたと言った方が正しいのかもしれない。
「魔法と言ったか!?」
「あ、ああ。ほら、平山さんっていう魔法使いの人が……」
「……平山不死美と会ったのか?!」
「会ったっていうか、リューと大斗さんと一緒に来たんだよ、東京に……」
「そうなのか、リュー!」
「は、はいっ」
虎子の豹変ぶりに慌てるリュー。それまでの穏やかな空気が突然緊迫してしまっていた。
「お、お父さんが電車の時間に遅れてしまって、それで困ってたら平山さんが送ってくださるって……」
「……そうか。大斗のアホめ……!」
急に雰囲気が悪くなってしまった。
リューもどうしていいのかわからない様子で戸惑っている。アキはなんとか取り繕おうとリューの前に出た。
「あ、あのさ、平山さんと俺が会ったのって、なんかまずかったのか?」
「……いや、そういうわけではない。取り乱してすまなかった」
虎子は自分を落ち着かせる様に深く呼吸し、自分を戒めるように唇を浅く噛んだ。
「平山不死美は
「え?! 全然そんななふうに見えないぞ?」
「あの見た目に騙されて油断し、頭から食われたヤツは数知れない。アイツは人類の脅威だぞ。お前も十分注意して……」
虎子の口調かおどけ始めた。そのタイミングでリューがすすっと虎子を遮るようにアキの前へ出た。
「もう、お姉ちゃん! 平山さんは悪い人じゃありませんよ。和平交渉も最前線で頑張ってる人なんですから、そんなこと言っちゃだめですよ」
「ふん。リューはアイツの腹黒さを知らんからそんな事が言えるんだよ」
どうやら虎子は平山不死美を快く思っていない様だ。
(まあ、無理もないよな)
虎子が言う事には、平山不死美は鬼の総大将……ということは、12年前の戦いにも深く関わっているに違いない。
ただ、それにしては虎子の口振りは軽い。声色から12年前の凄惨さは感じないし、むしろ軽口程度にも思える。
そんな疑問が伝わったのか、虎子はそっぽを向きながらもアキに言った。
「平山についても刃鬼から話があるだろう。アイツに関しては刃鬼から聞いてくれ。私は個人的感情が邪魔をして正確には伝えられそうにないからな」
個人的感情というのが気になるが、無駄に詮索をするのはやめよう。アキはそう思って「わかった」とだけ応えた。
「さあ、そろそろ朝飯にしよう。リュー、なめたけってまだあったか?」
いつもの虎子に戻った様だ。リューはアキにだけ聞こえる様に、こっそりと耳打ちした。
「お姉ちゃんと平山さんは昔からのお知り合いらしいんですけど、どうも反りが合わない様なんです。でも、平山さんは立派な方なんですよ。鬼と人間が争わなくても良くなるように12年前からご尽力なさっているんです」
「……さっき言ってた和平交渉ってやつか?」
「そうです。解決しなきゃいけない課題が多くて難しい問題なんですけど、平山さんのご活躍のおかげで、もしかしたら実現するかもしれないって」
「そうなのか? すごいな。上手くいくといいな」
「……ええ。そうですね」
微笑むリューの笑顔の裏に、アキは微かな陰を感じてハッとした。
和平交渉が実現したとしても犠牲になった人達が戻ってくるわけじゃない。特に、犠牲者の遺族の傷が癒えるわけでもない。
リューの母親にしたってそうだ。鬼と人間の争いがなくなったところで、リューがこの12年間抱えてきた悲しみや寂しさが無かったことになるわけではないのだ。
それなのに、軽々しいことを言ってしまったとアキは後悔したが、彼にはそれ以外にかける言葉が見つからなかった。
「……俺にもできる事があったら、なんでも協力するからさ」
だからアキは精一杯の心を込めてリューに言った。
するとリューにその気持ちが伝わったのか、彼女は瞳を潤ませて、花が咲いたような笑顔でそれに応えたのだった。
「はい! ありがとうございます、秋くん!」
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