第23話 化け物と怪物
弾き飛ばされたアキは真横に吹っ飛び、地面に叩きつけられた後も勢いは止まらず、そのまま数メートル転がり、フェンスに激突してようやく止まった。
もう終わりだ。
心の声がそんな弱音を吐きながらも必死に生き延びる術を模索する。
幸いなことに骨折や内臓の損傷は無さそうだ。全身打撲は間違いないが、動けない程のダメージではない。
鬼は知能が低いのか、アキの方をぼんやりと眺めているだけで、追撃の気配がない。
今の攻撃で随分距離が開いた。すぐに襲って来ないのなら、即座に食い殺されたりする危険はないのかもしれない。
もしかしたら、逃げられる……!
一縷の希望がアキの心を軽くした。気持ちが前へ向いた。
それと同時に体も前向きになったようで、激痛を無視してゆっくりと立ち上がり、体の正面を鬼の方向へ向けたのだ。
ダメージで震える膝を隠そうともせず、それでも一歩を踏み出して闘争心を見せつける根性は見るものに勇気を与える事だろうが、残念ながらこれは無観客試合だ。
それに当の本人はそんなプライドの見せびらかしを全く望んでいなかった。
何で逃げないんだよ、俺!
アキの精神と肉体は解離し、肉体に至っては最早制御不能だった。一歩、また一歩と鬼へと向かって行き、またしても両腕を持ち上げて前傾姿勢をとり、構えた。
脳は戦闘停止を命令しているのに、肉体はそれを無視して特攻を試みようとしている。
明らかに勝ち目が無い戦いに臨む絶望感は惨めですらあったが、体はそれを否定するように、全ての筋肉が灼ける様に熱かった。
鬼はじっとアキを見つめ、何もしない。ただアキが間合いに入るのを待ち、そのままアキの乱暴な前蹴りをまともに受けた。
「
アキの蹴りが放たれ、鈍い音と共に命中する。
「……」
鬼の下腹部にはアキの放った蹴りが突き刺さったが、鬼は無反応のまま、今度は右脚をぶん、と振り上げた。
アキはそんな無造作な蹴りを脇腹から背中にかけてもろに喰い、そのまま全身が舞い上がる様に浮き上がっていく。
「あがっ!」
雑に蹴り上げられたアキの口から濁った音が零れ落ち、彼は放物線を描いて3メートルほど先に墜落した。
地面に叩きつけられるダメージを、アキは初めて知った。そして受け身の重要性を改めて思い知った。
全身が軋んで鋭い痛みに悶絶している。
直接ダメージを受けていないはずの関節まで悲鳴を上げる始末だ。
鬼はやはり無表情で、ただその場に突っ立っていた。
圧倒的を超える絶望的な力の差だ。
何故なら相手は間違いなく化け物なのだ。モンスターだ。嘘の様な本当の話だ。自分は今、怪物になぶり殺しにされようとしている。
何故こんなことになったのか。どうして鬼と遭遇して、しかも逃げずに戦っているのか。
戦う?
父さんは、こんなのと戦っていたのか?
12年前、鬼の暴走を前に多くの人を助けたという父。どんな活躍をしたのかわからないが、直接戦ったわけでは無いかもしれないが、もし逃げていたなら、人の命を助ける事なんてできるはずがない。
あの皺々の手。皺だらけの顔。
まだ40代だというのに、まるで老人の様な風貌だった父。そんな父が、こんな化け物を前に逃げることなく、大勢の人を助けた……。
全身に力が入った。身体が熱い。腕が体を支え、がくがくと震えながらもアキは立ち上がった。そして鬼の方を向いて、構えた。
すると鬼が笑った。
にやっと不気味な笑みを浮かべ、アキの方へと歩き始めたのだ。明確な意志を持ち、愉快そうな表情はきっと嗜虐心がそうさせるのだと言われなくても分かってしまう。殺戮の予感に歓喜している。
原因はわからない。何故いきなり意志を持って自分に向かってくるのかは分からなかったが、アキは不思議と怖くは無かった。
だが、それは諦念からくる自棄の心持ちだったのかもしれない。
死にたくないな。
純粋な気持ちが心から染み出したその時だった。
「秋くん!!」
夕闇と死が迫る公園に、リューの声が響き渡った。
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