第18話 異界の扉が破られるとき

「鬼……って言われても」


『鬼』について、アキは未だに眉唾ものだと感じているし、信じるなんて無理な話だとほとんどスルーしていた。


 リューが『鬼』と言った時も半信半疑にもならなかったし、それが普通だと今も信じて疑わない。


 しかし、それでも春鬼の瞳は真摯に『真実』訴えかけている。それは理解できていた。



「国友、あれを見ろ」

 春鬼が学食の窓を指さす。その向こうには雄大な山々が広がり、その中に一際大きな山があった。春鬼の指先はそこを指している。


「あれが蓬莱山だ。この地方で最も高く大きな山だ。その入り口に神社がある。それが蓬莱神社だ」

「その神社がなんなんですか?」

「蓬莱神社の神殿に『門』がある。それは異界へと繋がっていて、その異界が鬼の住む世界だ。12年前の夏、その門が破られ、鬼がこの仁恵之里に押し寄せた……あとは説明するまでもないだろう」


 リューの母が命を落としたのもその日に違いない。

 春鬼が話を濁した理由を察したアキは頷き、目を伏せた。


 信じられないという思いと、そうでない確信が彼の心を混乱させ、思考を停止させる。

 これ以上考える事に意味があるのかすら分からない。そんなアキに助け舟を出すように春鬼が言った。


「来週末、武人会本部に来るようにと、親父からの伝言だ。悪いがお前に拒否権は無い。上から目線で申し訳ないが、それが仁恵之里ここの不文律だ。だが、親父はお前を取って食おうという訳じゃ無い。色々と話がしたいと言っていたよ。ウチの親父とお前のご尊父は親友の間柄だった。だから、俺達の知らないあの日の事や、それからの事を知る事ができるかもしれない。いずれにしても、お前にとって悪い影響は無いと思う」

「……」


 アキは俯いたまま春鬼の話を聞き終え、それに頷いたのかそうで無いのかわからない、曖昧な反応で応えた。


 無理もないと感じていた春鬼は何も言わなかったが、澄は明らかに呆れるようなため息を吐き、アキの弱々しい態度に不満を感じているようだった。リューは何も言わずにただアキを見守っていた。


「……それともう一つ」

 春鬼が付け加えた。その口ぶりはあらかじめ用意してあった内容を、タイミングを見計らって露わにしたような含みがあった。


「リュー、澄。国友と親父の話が終わった後、武人会議を開催するそうだ。その時に、今年の奉納試合ほうのうじあいに関しての通達がある。必ず出席するように……と、親父からの言伝だ。宜しく頼む」


 春鬼の言葉にリューと澄の様子が変わった。

 空気が一瞬で張り詰めたものに変化したのだ。


 リューは「わかりました」と、背筋を伸ばしてそれに応え、澄は吐き捨てる様に「わかった」と、彼女らしくない、暗い表情で応えた。


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