第17話 12年前の炎
「12年前、災害があったって……父さんが大勢助けたって、どんな事が……っ!」
アキの言葉が突然止まった。春鬼の人差し指が、アキの唇に軽くあてがわれたのだ。
その動きを制する様に塞がれたアキの唇。
指先が触れるまで、アキは春鬼の動きに反応できなかった。
それ程に春鬼の動きは素早かったのだ。
「……落ち着け、国友」
そして真剣な眼差しでもアキを制している。
春鬼の様な美形にこんな事をされては、同性のアキでも流石に戸惑う。
しかし、それが功を奏し、春鬼の思惑通りにアキはそれ以上言葉が出せない。
春鬼はアキが落ち着くのを見計らい、澄に目配せをした。
「……澄、頼む」
すると澄はうん、と頷いてどこからともなく無地の短冊状の紙切れを取り出し、4人の中心に置いた。
すると何の模様も無かった短冊に突然文字が浮かび上がり、薄く輝く六角形の模様が散らばったと思うと、それはすぐさま霧散した。
(???)
アキは目の前で起きた不思議な現象に目を丸くした。澄はそんなアキをフォローする様に、護符を指先で弄びながら言う。
「これが
「な、なんでそんな事を?」
「いい話じゃ無いからに決まってんじゃん」
澄は腕を組み、パイプ椅子の背もたれに体を預けた。
「……アキは単に忘れてるわけじゃ無いんでしょ、春鬼」
春鬼は黙ってアキを見つめていた。それは何かを逡巡する様な沈黙。時間にすれば僅かな間だ。
「詳細は俺も聞かされていない。それは国友に直接話すと、親父は言っている。それでなくても『会長』を差し置いて俺が勝手な事を言うわけにはいかないだろう」
アキはハッとした。親父、という言葉と有馬という姓。それに会長……ということは。
「有馬さんは、武人会の……」
春鬼はアキの問いかけに瞳で答える様に、少しだけ長い瞬きをして頷いた。
「そうだ。俺の親父は武人会会長、有馬刃鬼だ。その会長が国友、お前に会いたがっている。とはいえ、肝心の本人が来週末まで不在だ」
「……そうですか」
会長不在であるならば自分の欲しい答えも直ぐには得られない。アキは焦る気持ちを自覚しつつも落胆を隠しきれなかった。
肩を落とすアキに、リューの表情も暗い。春鬼はそんなリューをチラリと見ると、「だが」と言葉を続けた。
「12年前に
彼の言葉にアキは顔を上げ、リューは「いいんですか?」と伺う様に小さく言った。
「それに関してはなんの制限も受けていない。ただ、あまり声に出して言うことではないが……」
「そのための籠目守りだよ。わかるよね、アキ」
澄が身を乗り出してアキの顔を覗き込む。そんな澄の肩に春鬼の掌がポンと添えられると、澄はふん、と鼻を鳴らしながら「鈍いなぁ」と憎まれ口ひとつで素直に下がった。
「……要するに、悲惨な話ということだ。この高校に通う生徒は皆、あの惨劇を経験している。肉親や友人を失った者も少なくない。そして、お前のご尊父に救われた者も大勢いる。それを踏まえて聞いて欲しい」
春鬼は一寸間を置いた。それはアキの準備を待ったのか、それとも自分の準備を整える為なのか、自分でもわからなかった。春鬼もまた、あの日を経験した1人だからだ。
「……お前はあれを災害と聞いたか。確かにそうだ。実際、国の公式な記録には大規模な山火事による災害として記録されている。しかし、事実は違う。あの日、仁恵之里で起きたのは鬼の暴走だ。無数の鬼達が蓬莱山(ほうらいさん)にある蓬莱神社(ほうらいじんじゃ)の結界を破り、仁恵之里に雪崩れ込んだ。そして暴虐の限りを尽くしたんだ」
「……鬼?」
「そうだ。鬼だ」
「……それ、本当なんですか?」
「記憶を無くしたお前が理解できないのも無理もないが、本当だ。言っておくが俺は正気だ。嘘や冗談も言っていない。あれは災害じゃない。鬼と人間の、一晩限りの戦争だったんだよ」
春鬼は真剣な眼差しのまま、アキの顔を見つめていた。
「それが、仁恵乃里の現実なんだ」
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