第16話 17歳の普通
転校という響きはあまり良いものではない。
住み慣れた場所を離れ、人間関係も1から構築しなければならない。
これが大人ならどうと言う事は無いのだろうが、17歳の多感な時期であれば、その心境は想像に難くない。
アキも勿論、例に漏れる事なく不安でたまらなかった。
彼の場合は『自分の知らない過去』が明るみになって行くのが特に恐ろしかったのだが……
その不安は全くの杞憂だった。
アキは学校総出で大歓迎され、皆はアキの身の上を十分に理解し、あえて彼の過去や東京での暮らしを詮索するものは誰一人として居なかった。
もともと根回しされていたのか、思いやりなのかは分からない。
ただ、その理由に父親の影響があるのは疑いようが無かった。そうでなければこの歓迎に説明がつかない。
「……父さん、
昼食の際、学食でリューが用意してくれた弁当を食べながら、アキは心の中の疑問をそのままの形で
「大勢の人を助けたんですよ」
向かいの席に座ったリューは、優しい声でそっと添える様に言った。
「……」
アキは弁当に視線を落としたまま、押し黙る。
とても丁寧に作られた弁当だ。朝の忙しい時間にこんなに丁寧で美味しい弁当を用意してくれるリューも、やはり「大勢の人を救った人物の息子」に対して気を遣ってくれているのだろうか。
リューだけではなく、皆が皆『父の恩義に報いるため』に、自分に対して良くしてくれているのだろうか。
……そんな穿った見方をしてしまう。
「……お口にあいませんか?」
リューが心配そうな顔でアキを覗き込んでいる。
そうじゃない、と答える前に誰かの声が飛んで来た。
「リューの手作り弁当目の前にして辛気臭せー顔してんじゃないっての」
女の子の声だった。
アキが顔を上げ声の方を見ると、澄が弁当箱を持ってこちらへ近づいてくる。
(いや、あいつは声が出せないよな)
澄ではないか、と他に目をやるアキだが……
「ここ、座ってもいいよね?」
と、澄がはっきりと言葉を発している。予想通り、子供の様な可愛らしい声だった。
「え、護法って喋れないんじゃ」
「誰も喋れないなんて言ってないでしょ。言葉を制限されてるんだってリューが言ってたの忘れた? それと、護法なんて呼び方やめてよね。しばらく会ってなかっただけで、知らない仲じゃないんだし。澄でいいよ、澄で」
澄はリューの隣に腰を下ろし、「いただきまーす」と言うが早いか、ぱくぱくと弁当を食べ始めた。
「喋れないのは武人会が絡んでない場所だけ。例えばその辺の道端とか、バスとか電車ん中とか。でも、学校とかリューの家とか、武人会と
澄は普段自由に言葉を出すことが出来ないせいか、ここぞとばかりにすらすら喋った。
「まぁ、護符を使えばどこでも喋れるっちゃあ喋れるんだけどね。おでこに護符貼るんだけど、カッコ悪いし前が見えにくいしであんまりやりたくないのよ。だし、これで十分」
澄はスケッチブックを取り出してポンポンと叩いて見せた。
「……んで? どーしたのよアキ。暗い顔しちゃって。転校早々いじめられたとか?」
澄は澄なりに気を遣ってくれている様だったが、それすらも父の
「そんなんじゃねーよ……その逆だよ」
「逆?」
澄が怪訝な声を上げたのと同じタイミングで、涼やかな男の声がアキの頭上から降ってきた。
「皆が皆、無条件に歓迎するから気疲れしてるんじゃないか?」
そのよく通る声が食堂内に響いた瞬間、その場にいる殆どの人間(主に女生徒)の視線が声の主に集中した。
アキが振り返ると、そこには背が高く、切れ目が印象的なかなりの美男子が立っていた。
「あ、シュン
まずリューが反応し、その後で澄が
「お、
と、かなり親密な感じでその男子生徒に接した。
リューと澄の反応に差がありすぎて、この男の素性が全然予想できない。
(誰なんだ……?)
すると男子生徒はアキの視線から察したか、彼の方からアキに声をかけてきた
「きみが国友 秋君だね」
彼はアキを知っている様子だ。
アキはよくわからないまでも「はい」と返事をすると、彼はその端正な口元を少しだけ緩め、握手を求めて右手を差し出した。
「俺は3年の
「……国友 秋です。よろしくお願いします」
差し出された右手を取り、握手に応えるアキ。
春鬼は薄く微笑むと、持っていた巾着を机の上に置き、言った。
「隣、いいかな?」
彼が置いたのは弁当箱だった。
「ど、どうぞ」
アキが答えると、春鬼は笑顔を見せて着席した。
彼はアキの様子から何かを感じ取ったか、アキの目をしっかりと見ながら言った。
「……何か困り事か? もしそうなら遠慮なく言ってくれ。俺はこれでも生徒会長だ。きっと国友の力になれるはずだ」
力強く言う春鬼に、アキは思わず声が出た。
「じゃあ、教えて欲しいことがあるんですが……」
「なんだ? 俺に教えられる事ならば、なんでも聞いてくれ」
「12年前の事を……教えてください」
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