第14話 みんなで食べよう晩御飯
その日の夕食はアキの歓迎会という事でリューが腕を振るったのだが、やはりというか何というか、リューは料理の腕も抜群で、いかに大斗が家事から遠ざかった存在かを浮き彫りにさせた。
居間のちゃぶ台の上に並べられたご馳走の数々に、アキは思わず息を呑んだ。
「わ、すげぇ……」
長い間外食かコンビニ弁当が主食だったアキにとって、目の前の家庭料理の数々は感動的ですらあった。
「そ、それほどでも……えへへ」
リューがとても嬉しそうにしているのを虎子は我が子を見るように、優しく目を細めて見つめていた。
リュー達の表情には、先程見せたような悲しみの様子は既に消えていた。
気丈に振る舞ってくれているのか、重い現実を必死に受け止めているのか、それは当人たちにしか分からない。
だが、決して『受け入れてはいない』のだと、アキは直感していた。
リューが堪えたあの涙に、並々ならない感情の深さを感じていたからだ。
アキはリューの母親・「雪」の事を覚えていない。12年前に亡くなったというが、それは父の話に出てくる「12年前」の事に違いない。
大きな災害があったというが、どんな災害だったのか。
それが原因で自分たちは故郷を去ったのだろうか。
でも、父がその際に何かしらの活躍をしたのであれば、別に故郷を去る必要も無かったのではないか。
アキにはわからない事だらけだ。それを考える度、アキは心がもやもやしてきて、思考がまとまらなくなる。
特に「誰か」の事を考えるとそのもやもやは更に濃くなり、思考そのものがどこかへ行ってしまう……
「秋くん、どうかしましたか?」
不意にリューが呼ぶ。アキはハッとして顔を上げた。
「……お口に合いませんか?」
リューが不安そうにアキを見つめていた。
(俺、何考えてたんだっけ……)
アキは相当ぼんやりしていた様で、自分が食卓について箸を手にしていることすら忘れていた。
「い、いや、美味いよ。……うん、美味い」
アキは箸に挟んだままだった魚の煮付けを頬張る。
(何か考えてたような……まぁ、いいか)
それよりも、煮付けの旨さの方が重要だった。
魚の味を生かした素朴な味付けは派手さは無いが、毎日食べてもきっと飽きないだろうと思わせる旨さがあった。
「よ、良かったです……」
リューは胸を撫で下ろし、少しだけ頬を赤くした。
「リューは料理上手だからな。どうだアキ、嫁に」
虎子が言うと、リューは耳まで真っ赤にして、急に黙ってご飯をぱくぱくし始めたので虎子は笑った。
「はっはっは! まぁ、アキ。前向きに考えておいてくれ。私は大賛成だがな」
「お、お姉ちゃん……!」
「……お父さんは意見をする事もゆるされねぇのかよ」
大斗が恨めしそうな視線を虎子に投げると、虎子は更に笑った。
(賑やかな家族だな……)
アキは久しく感じていなかった「家族」と言うものをひしひしと感じていた。
こんな風に誰かと食事をするのも久々だと思い出し、嬉しい反面言いようのないむず痒さを感じていた。
それは自分がここにいてもいいのか、と言う所在の無さだ。
今の自分にとって、ここは用意された場所であり、どれだけ受け入れてくれているとは言え、一之瀬の人々も他人である事に変わりはないからだ。
「さぁ、そろそろ帰るか」
食事が終わってしばらくすると、虎子が荷物をまとめ始めた。
「……帰る?」
アキが問うと、虎子はやれやれと肩をすくめて言った。
「会社の寮だよ。毎回毎回この瞬間に『楽しいお休みももう終わりなんだなぁ』と実感させられてしまうよ。今年の連休は短かったしな」
確かに、今年のゴールデンウィークは4日間しかなかった。金土日、そして振替休日の今日。
アキはそのうち丸1日間気絶していたので大変勿体無いが、それを思わせない濃密な4日間であった。
「お姉ちゃんのお勤め先は仁恵之里じゃないんですよ。ここからかなり遠くて……」
リューが虎子の荷造りを手伝いながら言うと、虎子がその先を続けた。
「ここから通勤するにも毎日の事だと考えると現実的ではないし、かと言って部屋を借りるのも経済的に楽じゃない。それに大斗があんなんだろ? 色々心配でな。まあ、それより何より、私にはリューに九門九龍を伝えるという使命がある。だから安上がりな寮住まいにして、週末だけでも家に帰るようにしているんだ」
虎子は晩酌が過ぎて酔い潰れてしまった大斗をチラ見してため息をついた。
「リューの様なデキる娘でなければ今頃この家はどうなっていた事か……」
「大丈夫ですよ。お父さんも頑張ってくれてますから、私も頑張れるんです」
「お前はホントいい子だなぁ。無理しなくてもいいんだぞ。大斗全然頑張ってないし」
虎子がリューの頭をよしよしと撫でると、リューは本当に嬉しそうな顔をする。もしリューが猫ならゴロゴロと喉を鳴らしているに違いない。
リューは虎子を見送ると言うのでアキも玄関までついて行くと、虎子は車庫の方からマウンテンバイクを押してやってきた。
「え? まさか自転車で帰るんですか?」
リューが言うには虎子の勤め先は車で移動するのが当然な程、遠い場所だった。しかし、虎子は荷物をマウンテンバイクの荷台にくくりつけ、手袋をはめてやる気満々だ。
「武術家たるもの常に鍛錬よ。せいぜい2、3時間の距離だ。いい運動だよ」
「2、3時間で着く距離じゃない気が……」
「はっはっは。気合を入れれば2時間を切れるぞ」
虎子は颯爽とマウンテンバイクに跨ると、「そうだ、アキ」とアキを呼び寄せた。
「アキ、私達はもう家族だ。私に対して『ですます』を使う必要はない。『さん』も無しだ。リューのようにお姉ちゃん……なんてのは恥ずかしかろう。まあ、虎子と呼び捨てにしてくれ」
虎子はそう言うと、カラカラと気持ち良く笑った。
「……お姉ちゃん、気をつけてくださいね」
リューは名残惜しそうな顔で半泣きになっている。余程別れが寂しいのか、声も消え入りそうだ。
「ああ、わかってるよリュー。また週末帰ってくるから、稽古を怠るなよ」
「……はいっ」
寂しさを堪えて明るい返事をしているのは見ればわかる。虎子もそれは痛いほど分かっているのだろう。彼女の顔も寂しさを堪えているのがよく分かった。
「では、また会おう!」
虎子はマウンテンバイクを発進させるとそのまま振り返る事なく走り去った。
「……毎週そうですけど、この瞬間が寂し過ぎて辛いです……」
リューはため息混じりで虎子が去った方向の空を見つめて呟いた。
この2人を見ていると本当に仲の良い姉妹だと思うと同時に、まるで親子の様にも見える。2人を結ぶ絆は、家族の絆でもあり、師弟の絆でもあるのだろう。
「さぁ、秋くん。明日の準備をしましょうか」
「……明日?」
リューが不意にそんな事を言うので、アキも最初は何の事か分からなかったが、玄関に揃えられた真新しい靴を見てすぐに気が付いた。
「学校か……」
武人会はアキの転校手続きだけではなく、転入先の仁恵之里高校の制服から鞄、靴の用意まで何から何まで準備万端に揃え、筆記用具の用意までしていた。
ありがたい事なのだが、アキはまだ現実を受け入れ切れてはいない。転校に対してもそうだ。
それを察して、リューはアキを励ます様に一際明るい声色で言った。
「大丈夫ですよ秋くん。私と秋くんは一緒のクラスですし。そうだ。友達も紹介しますね!」
リューの気遣いはありがたいが、やはり気持ちは急に切り替えられない。
不安よりもむしろ、これから訪れる『現実』の方が怖い。
アキは、これから自分の知らない『過去』が次から次へと露わになっていくのが正直怖かった。
だからアキはリューの気持に対し、言葉なく頷くだけで精一杯だった。
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