第13話 ひとつ屋根の下で……

 一之瀬家は平屋建ての日本家屋で、敷地が物語る様にかなりの広さだった。


 しかし、使っている部屋は多くはなく、普段生活しているエリアは限られているので広さはあまり感じないとリューは言う。


「全部使っちゃうとお掃除が大変ですから」

 と、リューは苦笑するが、全体的に掃除と整理整頓が行き届いたこの家を見るに、リューの家事スペックの高さはあの適当な父親に由来するのだろうとアキは感じていた。


 その適当な父親はアキの荷物の入った段ボールを勝手に漁っていた。


「こら! お父さん! なにしてるんですか!」

 リューが慌てて大斗を止めようとしたが、大斗が目当てのものを探り当てる方が早かった。

「悪りぃなアキ。でも、見せてやりたかったからよ」


 アキには大斗が何を言っているのか最初はわからなかったが、彼が手にしているのが父の位牌だと気が付いて全てを察した。

 それはリューも同じだった。


「おーい秋一郎! 見てみろ、仁恵之里だぞ! 帰ってきたんだぞ!」

 大斗は外に向かって位牌を高々と掲げて涙した。


 するとリューも目に涙を浮かべ、「おかえりなさい! おがえりなざいい!」と声を上げ泣いた


 その様子にアキは深い感謝を覚えたものの、やはり実感がなかった。

 父に関する事、仁恵之里に関する事……全てに於いて、アキは今も現実感を持てないままでいたのだ。


 それが顔に出ていたか、虎子がアキの肩に手を置いて言った。


「私達だけではないぞ。仁恵之里に住まう全ての者が、お前とお前のご尊父の帰郷を喜んでいる。お前が覚えていなくとも、皆は忘れていない。……記憶はいずれ戻るさ。気長にやればいい」


 虎子の言葉は優しく、力強い。励みになる。

 ただ、一之瀬家だけではなく、仁恵之里に住んでいる人達がみんな忘れていないとはどう言う事なのか。


「……どうして仁恵之里の人たちまで喜んでくれるんですか?」

 アキが尋ねると、虎子は遠くの山々を見つめて言った。


「……お前のご尊父は12年前に仁恵之里ここで起きた『大災害』の時に多くの人の命を救ったそうだ。秋一郎氏は武人会の武人として立派に責務を果たしたと、刃鬼からそう聞いているよ」

「大災害?……それがリューが言ってた『12年前に起きたあんな事』……?」

「リューがどのようにをお前に伝えたかは分からないが、そうだ」

「その時に父さんが、人命救助とかしたんですか?」

「まぁ、そうだな。結果的にはそうなる。ただ、私もご尊父の活躍については人づてに聞くにとどまっているからな……何せ面識が無かったものでな。詳しく伝えられなくて、申し訳ない」

「い、いえ……え?」


 アキはキョトンとした表情かおで虎子を見詰めた。

「どうした? アキ」

「今、面識が無かったって……? 虎子さんは父さんに会った事、無いんですか?」

「ん。……ええと」


 彼女の口ぶりからすればそうだ。

 『らしい』という言い回しや、今の言葉。それらをそのまま受け取れば、彼女は父に会ったことが無いと言う事にならないか?


 純粋な疑問としてアキはそう尋ねたのだが、虎子は言葉を詰まらせた。


「あ、いや、うん、そ、その頃私はまだ未熟者でな、武人会の武人では無かったんだ。だから、そういう意味で秋一郎氏とは面識がなくてなぁ」

「でも、俺は昔この家の隣に住んでたってリューが言ってました。なら、顔を合わす事ぐらいなかったんですか?」

「わ、私は当時高校生になりたての思春期まっ只中で、超絶多感な時期だったんだよ。しかも里一番の恥ずかしがり屋さんだったから、お隣さんとも殆ど交流することがなくって……まぁ、よくある話じゃないか?」


 彼女の様子が何か変だと思ったものの、アキは無意識に計算していたある事に答えを出し、思わず声に出してしまった。

「27歳?!」


 虎子は?マークひとつ分と言った顔をしたが、すぐにそれが自分の年齢だと言う事に気が付き、「そうだっけ?」とまるきり他人事の様に言った。

「だって、12年前に高1の15か16歳なら今は27か28歳でしょ?」

「んー、そうなるかな。それが何か?」

「見えないなって……」

「は?」

「俺、てっきり同じ高校の3年生か、大学生だと思ってました」

「ほう、それは私が若く見えると言うことか?」

「……はい。すごく」

「……ぷっ」

 虎子は堪え切れないと言った様子で、突然大爆笑した。


「あっはっは! そりゃあ嬉しいな。はっはっは!」

 何がそんなにおかしいのか、虎子はひとしきり笑うと、アキの背中をばんばん叩いてうんうんと頷いた。


「いやあ、面白いなぁアキは。しかもお世辞も上手い」

「別にお世辞なんかじゃないですよ……」

「そうかそうか。ありがとう。私は嬉しいぞ」



 楽しそうに笑う2人を遠巻きに見ていたリューが、「秋くん」とすこし遠慮気味に彼を呼ぶ。

「お話の途中ですみません。ここのお部屋、秋くんが使ってくださいね」


 リューが案内したのは六畳の和室だった。

 採光がよく、清掃が行き届いた部屋をアキは一目で気に入った。



「さあ、そろそろ晩御飯の準備に取りかかりますね」

 リューがそう言うので時計を見ると、もう午後5時を回っている。

「でも、その前に」

 リューが大斗に目配せすると、大斗はわかっている、と言う様に頷いた。


「なあアキ。秋一郎の位牌なんだけどよ、こっちでいいか?」

 大斗はアキを先導するように廊下を進み、すぐ先にあった部屋の襖を開けた。

 するとそこは仏間で、奥には立派な仏壇があった。


ゆきも秋一郎に会いたかっただろうしな。昔はみんなで集まっては朝まで飲んだんだぜ。秋一郎、酒が弱くてさぁ……」


 仏壇の前の写真立てには、とても綺麗な女性の写真が飾られていた。どうやらその人が「雪さん」の様だ。


 大斗はその写真の隣に位牌を置き、手を合わせたまま、アキに問うた。


「ここでいいか?」

 それが何を訊いているのか、聞き返すまでもない。

「はい」

 アキは即答した。


 その様子を、アキはじっと見つめた。

 (あの写真立ての「雪さん」は、誰なんだろう……)


 その視線を感じ取ったリューは、微笑んで言った。

「お母さんです」


 誰の、なんて聞くまでもない。

 アキには、リューの笑顔が泣いているような、深い悲しみに満ちているように感じられてしまったからだ。


「12年前……あの日に、亡くなったんです」


 声を震えさせるリューの肩に、虎子の優しい手が添えられていた。

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