第11話 一之瀬 虎子
あ、と言ったまま固まってしまった一之瀬姉。
「……お姉ちゃん?」
リューが呼びかけてもそのまま硬直というか、どこか呆然としていた。
あの黒いドレスの女性……平山不死美もそうだった。
どうしてかはわからないが、2人はアキを見るなり、全く同じ反応を示したのだ。
「お姉ちゃん……?」
リューの声色が妙だ。少しトーンが落ちたのだ。
「どうしたんですか?」
その瞬間、姉の瞳から何かがぽろ、とこぼれ落ちた。
それは病室の床に落ちると脆くも潰れ、砕け散った。
涙だった。
「大丈夫ですか……?」
リューが心配そうに姉の肩に手を添えると、姉は小さく首を振り、顔を上げた。
「……いや、なんでもない」
そう言って笑顔を見せた。
今のは一体なんだったんだろう。まるであの涙が見間違いだったのかと思うほど、姉の笑顔は明るかった。
「……久しぶりだな、アキ」
リューの姉は、はっきり言って美人だった。
艶のある長い黒髪。鋭いが優しげな瞳。整った目鼻立ち。おまけに長身で、スタイルも良い。
リューは『可愛い』と表現するのが相応しいが、姉は文句なしの美人だ。
まるで女優の様な彼女に、アキはやはり見覚えが無かった。
「……は、はい……」
なので、アキが返答に窮しているのは明らかだ。
そんなアキを見て姉はうん、と何かを察するように頷いた。
「……そうか、記憶喪失だったか?」
姉はぐっと顔を寄せ、アキの瞳を検める様に覗き込んだ。ただでさえ魅力的な彼女が超接近するので、アキは緊張した。
「違いますよお姉ちゃん。いろいろと覚えてないだけです」
「なるほど、そうだな。失ったわけではないものな。これは失礼した」
リューの指摘に姉はふっと微笑むと、姿勢を正し、名乗った。
「私は
そして右手を差し出し、握手を求めた。
虎子の目は自信に満ちていた。全身からは力強いエネルギーが滲み出ている様に感じられ、その名の通りまるで『虎』の様な雄々しさを感じさせる迫力がある。
しかし、差し出された右手はまるで陶器の様な、女性らしい美しさだった。
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします……」
アキはその覇気に促される様に彼女の握手に応じた。
(……細い手だな……)
虎子の整えられた指先には、武術の武の字も感じられない。リューは彼女が武術の師匠だと言っていたが、俄には信じられない華奢な手だった。
虎子はアキの手を握ったまま「うむ」と唸り、
「聞いていたとおり、
と、アキを見つめてそう言った。
「やっぱりそうですか……と言うことは、『
リューが言うと、虎子は少しだけ首を横に振った。
「そうだな、確かに識だが……それも曖昧だ。私ではわからない」
「じゃあ、やっぱり武人会本部に……」
「いずれにしても刃鬼に会いに行くだろう。まあ、当の刃鬼がしばらく不在だから、分かるのは来週末だな」
「……そうですね」
わけも分からず置いてけぼりにされた子供の様な顔をしてしまっているアキに気がつき、虎子は彼の肩をポンポンと、元気付けるように軽く叩いて笑った。
「まあ、細かいことは気にするな。今わからなくてもそのうちわかるだろうし、とりあえずお前はこの遙かなる故郷・仁恵乃里でスローライフを満喫すればいい。鬼が出るけどな」
「……え?」
ぐいぐい話を進めていく虎子の言葉の中にアキはとても気になるキーワードがあったが、彼女はお構いなしで続けた。
「そうそう、もうすぐ大斗が迎えに来る。着替えを持ってきたから、ほら」
虎子はそう言ってアキにカバンを手渡した。
「……着替えるって、なんでですか?」
「ん? 退院するんだよ。丸1日寝てたんだ、骨が折れているわけでもないんだし、もう大丈夫だろ?」
「……1日!?」
「そうだよ。お前は正確に言うと土曜の晩から今の今まで約40時間気絶状態だったんだ。それにしても、加減していたとはいえリューの技をまともに受けてその程度で済んでいるとは、なかなかやるなぁ。なあ、リュー」
リューはごめんなさいごめんなさいと頭を下げまくっている。虎子はそれを見て楽しそうに笑った。
「はっはっは! 仁恵乃里ではそんなもの日常茶飯事さ。アキもこれから少しずつここに慣れていけばいい。なぁに、一緒に住むんだし、心配することは何も無いさ」
「……え?」
またしても気になるキーワード。アキは今度こそタイミングを逃さなかった。
「い、一緒に住むって.……?」
「私たちとさ」
「ど、どこで?」
「そりゃあ
アキと虎子の視線がリューに向くと、リューはにっこりと微笑んだ。
「秋くんはこれからずっと、私たちのお家で一緒に暮らすんですよ。……あれ? 言ってませんでした?」
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