第7話 龍の技
ボクサーがグローブを外すという事がいかに危険か。
そんなものは想像に難くない。
それを1番理解しているのは、この場では金田だろう。
金田は全ての
商品としての少女は諦めた。例え値打ちが下がろうと、顔が判別できないくらいに潰れようとも、この
だから金田は本気で拳を放った。
本気の足捌きで、本気の拳を殺す気で打ち込む……が、やはり
金田は自分の持ち得るありとあらゆる技術を駆使して少女の破壊を試みるが、何もかもが通じない。全て躱され、届かない。一言で言えば、金田の攻撃をリューは見切っていたのだ。
会場は沸きに沸いた。八百長を叫ぶ者もいたが、そんな下らないものではないとアキは分かっていた。
リューは金田の動きを見て動いている。目で追って、十分な余裕を持って躱している。それがどれほどの事か……数多の強敵を打ち倒してきたアキですら、あれほど完璧に相手の技を見切る事はできない。リューの
「くそおお!」
金田の動きが精細を欠きはじめた。パンチは大振りになり、足運びは乱雑だ。焦りがはっきりと見てとれるし、息も上がってきた。
「ちくしょおお! なんでだああ!」
金田は既に理解していた。この少女と自分の戦闘能力には天地ほどの開きがあり、彼女が自分ではどうあがいても到達できない領域の人間であると、もう分かっていた。
「……金田さん、もっと精進してください!」
この試合、初めてリューが攻撃を放った。
彼女の初弾はシンプルなローキック。格闘技の試合なら珍しくもない技だが、その速度が尋常では無かった。
ドシュッ!!
重たい物が高い場所から地面に激突する様な重低音。地響きがする様な重い蹴りが金田の左大腿部で弾けるまで、誰もリューの蹴り脚を目視出来る者は、アキを含めて誰もいなかった。
「〜〜〜ッ!!」
金田はたった一撃でその軽やかだった動きを止め、太ももに受けた衝撃と激痛に意識を刈り取られる。
直後、白む金田の視界を引き止める様にリューの追撃が彼を襲う。
ガッ!
鈍い音。今度は金田の頭部がのけぞった。リューの掌打が顔面を真っ直ぐに打ち抜いたのだ。
ずむ……ッ!
砂袋を穿つ様な、濁った音。
掌打を受けて上半身がのけ反った金田に、リューは追い討ちの前蹴りを放ち、それは金田の
「……うぶっ……」
金田はうめき、その場に崩れ落ちて、そのまま
流れる様な三連撃。その全ては金田に吸い込まれ、彼はリングに沈んだ。
「……あのー、金田さん? まだやりますか?」
蹲ったまま立ち上がれない金田の頭上からリューが尋ねると、金田はそのままの姿勢で小さく首を横に振った。その様子は場内のスクリーンにも映し出され、会場の全ての人間がその事実を共有した。
決着……!
ゴングが打ち鳴らされ、会場が大歓声に包まれた。
とんでもない大番狂わせだ。大喝采がリューを讃え、リューはそれにペコペコとお辞儀をして応えている。
アキは息を呑んだ。リューの意味不明な強さや、次は自分が彼女と戦うという事実……からではない。リューの隙を窺う様に、金田の瞳がぎらついたのを見逃さなかったからだ。
「リュー! 気をつけろ!! 金田は……」
言葉が止まる。間に合わなかった。
アキの呼びかけも虚しく、リューは金田の低空タックルをまともに食らってしまったのだ。
敗北をカモフラージュにした奇襲。
会場は一瞬静まり返ったものの、即座に金田の卑劣な行動に大ブーイングを投げた。
しかし金田はそれらを無視してリューに馬乗りになった。つまり、マウントポジションだ。
「うるせぇんだよ……もう試合なんてどうでもいいんだよ……」
金田は目を血走らせ、よだれを垂らしてリューを見下ろす。体の大きな男が少女に馬乗りになる光景は、この上なく下品なものだった。
「殺してやるよ……お前、マジでぶち殺してやる!」
会場のスタッフがリングに向かうが、鉄条網や鍵が邪魔をしてすぐには止めに入れない。
「おらあ! 死ねやクソガキ!!」
金田は邪魔が入る前に全てを終わらせようと、その拳を振りかぶり、リューの顔面目掛けて打ち下ろす……と、その時。
「私、あなたみたいな卑怯な人、だいっきらいです」
リューは忌々しげに言うと、馬乗りになった金田の体を邪魔なものを
すると金田は軽々と押し出され、後ろ向きに転倒し、ごろんと転がった。
「……え」
金田は呆然とした。完全に決まったマウントが、無造作に、しかも片手で押されただけで簡単に抜けられてしまったのだ。
リューは立ち上がり、それが彼女とは思えないくらいに鋭い視線を金田に向けていた。
「……あなたに九門九龍は使わないつもりでしたが、気が変わりました」
その時には、金田も既に立ち上がっていた。そしてリューに向かって突っ掛けていた。
まだ終わっていない。絶対に許さない。その意思が金田を突き動かしたが、どんな事をしても結果は変わらなかっただろう。
リューは重心をやや前方に向け、声を張った。
「九門九龍・『
瞬間、金田の体が跳ねた。リューの左脚が、彼の股間に深々と突き刺さっていたのだ。
誰もが驚いた。なにせ、全くの予備動作もなしに、まるで瞬間移動の様にリューが蹴りを繰り出したからだ。
だが、それだけでは終わらなかった。
金的を食らって前のめりになった金田の側頭部に、いつの間にか、本当にいつの間にか、リューの右廻し蹴りが突き刺さっていたのだ。
しかも打ち下ろす鞭の様に放たれたその蹴りは、金田の頭部を容赦なくリングへと打ち下ろし、金田は顔面からリングへと激突した。
バァンッ!
金田の頭部がリングで跳ねる。
それはまるで空気の抜けたボールのように、叩きつけられた勢いで少しだけバウンドして、そのまま動かなくなった。
白目を剥き、泡をふいて失神する金田にリューが別れを告げる。
「……精一杯手加減しました。怪我はないはずです。今後は心を入れ替えて真面目に精進して、立派に更生してくださいね、金田さん」
静寂……ただし、それは観客たちの静寂。
皆、あまりの出来事に声を失っていたのだ。
だから、会場には金田の頭部がリングに激突した衝突音の残響だけが残されていた。
「……うーん、思わず技を使ってしまいました。お姉ちゃんに叱られちゃいます」
リューはぺろりと舌を出し、アキに笑いかけた。
「さあ秋くん、お待たせしました! いい試合にしましょうね!!」
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