第4話 ふるさとの夢と魔法
アキが悪い夢でも見たような気分を引きずりながら目覚めると、時計は正午を回っていた。
(ずいぶん寝ちまったな……)
あのあと例のふたりを追い出すように帰して、アキはそのまま眠ってしまった。
だからその後、彼らがどうなったかは分からない。きっと、仁恵之里とやらに帰った事だろう。
(これで良かったんだ。これで……)
心のどこかで『故郷』に後ろ髪を引かれる気持ちは、正直に言えばあった。
(でも、俺には関係ないことだ。大体、身に覚えがないんだし……)
実は、あれは全て夢で、リューや大斗、故郷のことも何もかも夢や幻で……そうなら良かったのに、とも思った。
「……」
久々に誰かとまともに話をした。
思えば、同年代の人間とはしばらくコミニュケーションをとっていなかった。
リューとの会話は、僅かな時間だったが心に温かなものを感じた。
アキは様々なものを引きずりながら起き上がり、水でも飲むかと台所を見やると、そこにはリューが居た。
しかも、エプロン姿だった。
「は?」
その声に反応したのか、リューはアキの方を振り向くと、
「あ、おはようございます! 秋くん」
と、満面の笑みをアキに向けた。
「え、は? ちょ、なんで? 帰ったよね?」
「はい。帰りましたよ。で、また来ました。鍵が掛かってなかったので、お邪魔しちゃいました」
「いや、そうじゃなくて……なんでまた来たの?」
「だって、ご飯作る約束したじゃないですか」
リューは出来たての料理をアキに見せた。
「お昼ですけど、メニューは朝ごはんです! 一緒に食べましょう!」
「こ、これは……!(美味そう……)」
リューの用意した食事があまりに美味しそうだった事と、やはり故郷の事が気になるアキはそのまま素直に彼女の厚意に甘えることにした。
「そ、そういうことなら、ご、ご馳走になろうかな……」
「はい! 喜んで!」
そうしてふたりの遅い朝食が始まった。
「……旨い」
リューの料理を一口食べ、アキの口から出たのは率直な感想だった。
「ホントですか? やったぁ!」
心底嬉しそうなリュー。その笑顔にアキの胸が高鳴った。
(可愛いな、この子……)
思わずリューに見入ってしまうアキ。すると彼女は小首を傾げ、
「どうかしましたか?」
と、澄んだ瞳を向けてきたのでアキの胸は更に早鐘を打った。
「いや、なんでもないよ。と、ところでさ、親父さんは?」
「東京見物に行きましたよ」
「ええ? 娘を放ったらかしにして?」
「私はこうして秋くんのお家に来てますし、各自自由行動です」
「自由か……親父さん、生き方も自由そうだな」
「あはは、そうですね。私はお父さんのああいうところ、大好きですよ」
食事が済み、リューはコーヒーを淹れた。
それをすすりながら、アキは本当に久しぶりに暖かな気持ちになった。
同い年の、そして友人と呼べる存在のいないアキにとって、この時間は安らぎ以外の何物でもなかった。
「ありがとうな」
アキが言うと、リューは『?』マーク1つ分というような顔をした。
「食事、作ってくれて」
するとリューは照れ笑いでお辞儀をした。
「いえいえ、お粗末様でした」
その仕草も可愛らしく、アキの心は揺らぐ。
しかし……。
「……こんなに良くしてもらっといてアレなんだけど、やっぱり俺は……」
アキが言いかけると、リューはポンと手を打った。
「あ、そろそろです!」
「……?」
何のことかわからないが、リューは時計を見た。
時計の針は午後2時を指していた。
『もし』
突然、女性の声がした。
アキは単なる空耳かと思ったが……
『もし、リューさん。よろしいですか?』
と、その空耳は明確な言葉になっていた。
一体どこから聞こえてくるのかわからないが、リューは全く疑問に思う素振りもなく、「はい! ……いいですよね? 秋くん」
と、当たり前のように訊いてくるので、アキはわけも分からず頷くしか無かった。
「え? あ、うん? ……何が?」
リューはにっこり微笑んで、虚空に向って声を上げた。
「大丈夫ですよ、
『それでは、失礼いたします』
アキが呆気に取られていると、突然『黒いもの』が視界に入った。
「な?! に!?」
それは黒い煙の様な……感覚的に言えば、
『闇』だった。
煙の様な、液体のような、よくわからない塊のような真っ黒なモノが、リューの隣に渦を巻くように集結していくではないか。
「うわぁ! なんだなんだ!? 何だよこれ!」
アキは恐怖するが、リューは気にする様子もなく、むしろ笑顔で、
「瞬間移動です」
と、意味不明な事をさらりと言ってのけた。
闇はどんどん大きくなり、アキの恐怖も同じように大きくなっていく。
そして闇は
「!!!」
アキはまさに度肝を抜かれる思いだった。
目の前の超現象もさることながら、霧散した闇の中から金髪の美女が現れたのだ。
言葉の通り、絶句するアキ。
いきなりの『瞬間移動』も大概だが、なによりも現れた女性の美しさに言葉を失ったのだ。
その人を一言で表現するのであれば『美女』しかなかった。
絵画の貴婦人のような黒いドレス。そして美しい金髪に釣り合う美貌。
しかもプロポーションの良さがひと目で伝わってくる、まさに絶世の美女だった。
「あぁ……あわ、あわわ……」
アキはこの状況に相応しい言葉を探すが見つからない。
手詰まりのクリリンの様に声を震わせるアキに、金髪の美女は恭しく頭を垂れた。
「お久しぶりです。国友あ……」
顔を上げた彼女は、そこで静止してしまった。
あ、と言ったまま硬直した美女。
何事かとアキも固まる。リューは不思議そうな顔で彼女を見た。
「『あきくん』ですよ、不死美さん。どうしたんですか?」
不死美と呼ばれた美女はハッとしたように我に返ると、
「あ、秋さん、でしたね……失礼しました。あまりに逞しくお成りなので、つい驚いてしまいまして……」
取り繕うように、それでも上品に笑うと、彼女は改めて姿勢を正した。
「わたくしのこともお忘れかと存じます。ですので改めてご挨拶させていただきますわ。わたくし、
不死美は再び丁寧且つ、美しい所作でお辞儀をした。
「く、国友秋です……」
訳も分からず、とりあえず挨拶を返すアキ。
アキはこのわけのわからない状況で、こんなにも落ち着いた笑みを浮かべる平山不死美に現実感がなかった。
「あ、あの、さっき、あなた、どこから……?」
既に言葉も途切れ途切れのアキに、リューは当たり前のように言った。
「瞬間移動の魔法ですよ。不死美さんは『魔法使い』なんです。……それも覚えてないんですか?」
そんな無茶苦茶な事を隣で言うリューに不死美も特に反論などをするでもなく、ゆったりと微笑んでいた。
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