第2話 幼馴染の女の子

 ここでアキの生い立ちを少々……。 


 アキの父は1年前に死去し、以来彼は天涯孤独の身だった。


 身寄りの無い彼は児童保護施設で暮らす事になったのだが、施設の生活に馴染めず、逃げ出したりする事も度々だった。


 そんな中、様々な偶然が重なって例の地下闘技場でファイターとして活躍する様になり、オーナーが自慢のコネクションを駆使してアキを引き取ったのだった。


 そうしてアキは辛うじて『高校に通う普通の少年』という体裁を保っていたが、近いうちに学校を辞めて、その後は本格的にアンダーグラウンドの世界に身を投じても良いと考えていた。


 と言うより、何もかもがどうでも良いと考えていた。

 彼はどうしようも無い虚無感と孤独を抱えていたのだ。


 しかし、その孤独を他の誰かで埋めようとしなかったアキ。

 彼はオーナーに頼んでひとりで生活できるような部屋を用意してもらった。


 オーナーは所有するマンションの一室をあてがうつもりだったが、アキは家賃の安いボロアパートを選んだ。

 彼はできるだけ誰にも頼らず、ひとりで生きていくことを選んでいたのだ。



(今日の空手家、大丈夫だったかな……まぁ、どうでもいいか)

 アキは地下闘技場の帰りは自宅近くのコンビニで夕飯を買い、帰宅するのがひとつのルーティンだった。

 だから今日もコンビニに寄り、買い物を済ませ、帰宅する……その後がいつもと違った。


 アパートへ着くと、入口の脇に誰かが立っているのに気が付いた。

 アキが帰宅するのはいつも深夜だ。誰かに会うなんてことは今まで一度も無かった。


(……女の子?)

 アパートの住人だろうか。どこかの学校の制服姿の女の子が立っていた。

 同年代だと思うが、この辺りでは見たことが無い制服だった。


 時刻はもう午前を回っている。誰かを待っているのか、それとも鍵をなくしたか……どんな理由にせよ、気になる


 アキは気にしない素振りをしつつも、少女を意識しながら自宅へと向かった。

(かわいい子だな……いや、かなりかわいい)

 少女は間違いなく美少女の分類に入るだろう。アキが彼女をそんなふうに浮ついた目で見ていた……その時だった。


「秋くん……?」

 女の子はアキをじっと見つめ、もう一度いった。

「……秋くんだ!!」



 少女は突然アキの名を呼び、駆け寄って来てアキの手を取った。

「秋くん! 国友秋くんですよね!!」

 予想もしない展開にアキは戸惑った。そして自分の指に絡みつく、少女の細い指先にも戸惑った。


「え? そ、そうだけど……えと、その、どちらさま?」

「リューですよ! 一之瀬いちのせ りゅう! 幼馴染みの……って、覚えてないんですか?」

「うん……覚えてないってか、そもそも知らないっていうか」

「そうですかぁ……でも、大丈夫です! だからアキくん! 私と一緒に故郷ふるさとに帰りましょう!」

「……は? 故郷? い、いきなり何いってんの? つーかなにが大丈夫なんだよ……」

「まさか、仁恵之里にえのさとの事も覚えてないんですか?」


 顔を寄せ、不安げな瞳でじっと見詰めるその少女に胸が高鳴った。

 間違いなく美少女だ。いや、そんなこと間違えようがない。


「……どうかしましたか? 顔が赤いですけど」

「え? いやいや、なんでも無いっつーか、その……ごめん、全然覚えてない。その『にえのさと』っていう故郷とか、幼馴染とか」

「そうですかぁ……」

 しかし、彼女はすぐに顔を上げて、

「でも大丈夫! すぐに思い出します!」

 と言ってにっこり笑った。


(だから何が大丈夫なんだってんだ……?)

 なんというか、無茶苦茶ポジティブな女の子だ。

 そのあまりの前向きさに圧され、アキは愛想笑いを浮かべ、

「だ、だといいけど……」

 なんて、とりあえずはぐらかすのがやっとだった。

 

 もしかしたらどこかで会った事のある人物かと記憶の糸を手繰ったが、該当者は無い。

 ただ、アキは息遣いを感じる程に近づいた彼女の顔に未だに緊張し、心臓が跳ね上がる感覚ときめきに震えていた。


 自称幼馴染のその少女。

 小さな顔の輪郭に沿うようなボブカットの黒髪と、ぱっちりした瞳。やや地味な印象だが、整った顔立ちがそれをうまく中和している、いわゆる美少女だった。


 ただ、ひとつだけ難を言えば、体つきが少々華奢というか、なんというか……健康的な体型ではあるが……スタイルが良い、とは言えなかった。


 だが、アキはそういうのは嫌いではなかった。



「と、とりあえず何も分かんないんだ。なんか、ごめんね」

「……仕方ないですねぇ」


 リューはまるでアキを慰めるような笑顔だったが、残念そうに肩を落としていた。

 がっかりを絵に描いたような仕草がまた可愛らしかった。

「……ところで、俺もう行っていいかな?」


 彼女が何者か、どうして自分を知っているのか、いろいろと気になる事は山積みだが、ある程度警戒するに越した事はない。

(いきなり幼馴染みとかいわれてもなぁ。新手の詐欺か?)

「じゃ、さよなら」


 アキは深く関わり合いになる前に立ち去ろうとしたが、リューは引かなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください、実は……」

「……なに?」

「『私達』は、ですね」

「……達?」

 リューがその先を言う前に、野太い男の声がその問いに答えた。

「俺たちは、お前を迎えにきたんだよ」


 ……男の声? アキは辺りを見回すが、男の姿はない。

 かなり野太い男の声だった。

 声の感じからして体格の良さそうな響きだったので、そんな男がいたら絶対に気が付きそうなものなのだが、誰もいない。


「あ、お父さん!」

 リューが虚空に向かって呼びかけた。


 いや、虚空ではない。アキの背後だ。

「!!」

 振り返ると、そこには壁かと見紛う大男が立っていた。

 あまりのデカさと夜の闇に紛れて、そんな大男が背後にいるとは思わなかったのだ。


(で、デカい……そしてゴツい!!)

 身長2メートルはあろうかという大男だった。おまけに筋骨隆々で、まさに海賊の様な風貌。イメージ通り、声も大きかった。


「おお、アキ! でっかくなったなあ! 顔つきもすっかり男になっちまって! 別人かと思ったぜ! がははははっ!!!」


 呆気に取られるアキの肩をバンバン叩き、男は豪快に笑っている。

 体がデカくて威圧感があるが、気さくな人柄なんだろう。

 今が夜中で近所迷惑になることなんて考えもしないような爆笑だった。

 そしてリューはそれを見てにこにこ笑っていた。

(さっきこの子、お父さんって言ったよな……)

 この2人親子なのか?? 似て無さすぎる!!


 リューの父はひとしきり笑うと落ち着きを取り戻したらしく、少し声量を落として言った。

「まぁ、感動の再会はこれくらいにしといて、なんで俺達がやって来たとかなんとか疑問がありまくるだろう? アキ」

「そ、そりゃそうだろ……いきなり訳分かんねぇよ……」

「だよな。というわけで、膝を突き合わせてゆっくり話そうや」

「いや、勝手に話を進めんなよ!」

 しかしそれをスルーして、リューもうんうんと頷いていた。

「そうですね。説明は大事ですよね」


 一之瀬親子はそう言うと、揃ってアキの横に並んだ……ということは。

「……俺の部屋で?!」

「他にどこがあんだよ?」

「お邪魔しますね、秋くん」


 満面の笑みで応える2人に、アキは逆らうことが出来なかった。



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