幼馴染の武術家少女と暮らす鬼殺しのふるさと

おしやべり

第一部 ふるさとの鬼殺しの幼馴染の女の子

第1話 地下最強の少年と地上最強の少女

 ここは緑あふれる山間やまあいの小さな田舎町。


 日本ならどこにでもありそうな田舎町の、どこにでもはなさそうな大きな家の前で少女の元気な声が響いた。


「では、行ってきます! お姉ちゃん!」


 黒髪のショートボブが可愛らしい小柄なその少女は、『お姉ちゃん』と呼んだ髪の長い大人の女性にそう言った。


「うむ。気をつけてな」

 その女性は少女とは対象的に髪が長く、背も高い。しかも堂々としていて、その男性のような言葉遣いも不思議と違和感がなかった。

「……あまりよ、リュー」


 『リュー』と呼ばれた少女はにっこりと笑って、

「はい! 任せて下さい。絶対に連れて帰って来ますから、待ってて下さいね!」

 と、自信満々で手を振り、彼女を待っていた車に乗り込んで去っていった。


『お姉ちゃん』と呼ばれた女性も車が見えなくなるまで手を振って彼女を見送り、車が見えなくなってから「うーむ」と難しい顔で腕を組み、天を仰いだ。

「……五体満足で帰って来られればいいんだがなぁ……」


 が。


『お姉ちゃん』は、リューではないの身を案じ、そしてそのを祈るのだった。





 そして、舞台は『東京』へと移り変わる。


 巨大都市・東京。

 その東京のどこかのに、普通の生活をしていればまず関係のない、一際ひときわ血なまぐさい場所があった。


 それは、『地下闘技場』


 の格闘界には決して姿を現さないの格闘家達がノールールで闘う闘技場だ。


 そんなモノを、誰もが漫画やアニメで一度は見たことがあると思う。


 秘密の地下闘技場で一対一、ルール無用のタイマン勝負。

 しかもその結果を賭けの対象にして、賭場を開く。


 やってる方も観ている方も、勝てば天国負ければ地獄。

 そんな馬鹿げた世界なんて、それこそ漫画やアニメの中にしか存在しない。


 ……はずだった。



 そんな事をの少年王者・国友くにともアキは金網に囲まれたリングの上で、彼の勝利を称える大歓声の中でぼんやりと考えていた。

(まさか自分がその地下闘技場で戦うことになるなんて、去年の今頃は考えもしなかったな……)


 四方を金網で囲まれたこの無法のリングで、アキは今日鮮やかな勝利を収めた。


 元プロ格闘家やアンダーグラウンドでは名の知れた喧嘩屋が夜毎よごと真剣勝負を繰り広げるこの地下闘技場で、弱冠17歳の彼は連戦連勝を重ね、1年前のデビュー戦以来、無敗記録を更新し続けていたのだ。


 そして、今日もその無敗記録は更新された。


 アキの足元には本日の対戦相手である空手着を身に着けた筋肉の塊のような大男がうつ伏せに倒れ、白目を剝いて痙攣していた。


 彼はアキの強烈な一撃を食らってリングに沈んだのだが、その決定的なシーンが会場の大きなスクリーンでリプレイされている。



 試合開始のゴングが鳴った直後、空手家は躊躇なく間合いを詰めて深く踏み込み、鋭い前蹴りをアキの鳩尾へ繰り出した。

 凶暴極まる必殺の蹴りが一発で勝負を決めた!!

 ……かと思いきや、その蹴り足をアキは鬱陶しく飛び回る蠅をはたき落とす様に、上から下へと素早く平手で叩き落としたのだ。


 パアン!! 


 乾いた音と共に叩き落とされた空手家の足は、そのままどすんと着地した。

 空手家の彼は何が起きたのかわからないのか、まるで狐につままれた幼な間抜け顔を晒していた。


 必殺の前蹴りが難無くはたき落とされ、無力化された……彼はその事実を認識すらできなかったのだ。


 ワッ!


 ようやくこの状況に追いついてきた観客が湧く。


 ガツッッ!!


 唐突に響く破砕音。

 前捌きで蹴りをいなした直後に放ったアキの左フックが、空手家の顎を完璧に捉えてそのまま綺麗に打ち抜いていた。


 流れるような一連の動作は殺気すらない。

 アキにとってはどうということは無い行動だったのだ。


 空手家の男はぐらりと傾いで膝から崩れ落ち、そのままダウン。

 試合はそれで決したのだった。



 アキは鳴り止まない祝福の歓声の中、スクリーンを眺めて試合を振り返っていた。

(あの左、やばい角度で入ってるなぁ)

 アキは空手家の顎を砕きながらも、最後まで彼を敵とすら認めていなかった。

(でもあれくらいは避けて欲しいな。深く入りすぎちゃったよ)

 空手家は脳震盪を起こしている様で、未だに昏倒したままだ。

 アキはそんな彼に別れを告げるように、退屈そうなため息をついた。

(……まぁ、いいかぁ)


 アキがひょいと右手を挙げ、拳を握り勝利をアピールすると、歓声は更に勢いを増した。


 誰かが言った。

 『また勝った』と。


 『地下最強の少年』という称号をほしいままにするアキ。

 たが、それは彼にとって『どうでも良い事の1つ』に過ぎなかった。


 どうでもよくて、面白くもなんともない。

 なにせアキは生活のために地下で戦いファイトマネーを稼いでいるだけで、この賭博試合も感覚としてはアルバイトそのものだったのだ。



 アキはリングを後にして、控室へやってきた。

 部屋に入ると、目つきの鋭い女が彼を待っていた。


「お疲れぇアキ! 今日もカッコよかったぜぇ!」

 目つきの鋭い、いかにもな半グレ感漂う女性がアキの背中をバンバン叩いて彼の勝利を祝った。

 彼女はこの賭場の主宰。

 皆、彼女を『オーナー』と呼んでいた。

「ありがとうございます。オーナー」

 アキはオーナーをチラ見したものの、その一言を搾り出し黙々と帰り支度を始めた。 


 アキはいつもこんな感じで、身体の若々しさとは裏腹に表情はいつも曇っていた。

 そんなアキにオーナーは思わずため息を漏らす。


「相変わらずつまんなさそうなツラしてんなぁ。ちゃんとメシ食ってるか? ガキは肉食え、肉を! 良い店知ってんだけど、今からどうよ?」

「また今度で」

 アキは軽く一礼し、控室を後にした。



「……ちぇっ。相変わらず暗ぇなあ」

 オーナーが控え室を出ると、丁度アキの対戦相手の空手家が担架で運ばれていくところだった。

 彼は担架の上で微動だにせず、深すぎる眠りについている様だった。


「……あいつ、死んだ?」

 オーナーがそばにいた試合場のスタッフにそう尋ねると、そのスタッフは首を横に振った。

「いやいや、さすがに生きてます。でも、アキくんの左が決まった時は『やべぇ』って思いましたけどね」

「ああ。無茶苦茶キレイに入ってたからな」

 オーナーはため息混じりに呟いた。

「……それにしても、アキは何者なんだろうな。特に格闘技経験も無いってのに、あそこまで強えぇなんてよ……」


 オーナーは強すぎるアキに現実感がなかった。それはスタッフの男も同じだった。

「さあ? でもなんか、不気味ですけどね」

「不気味ねぇ」 


 それが「見た目は普通の少年なのに、あの強さは得体が知れない」という意味合いだということはオーナーも分かっていた。それを汲んだ上で、オーナーは言った。


「……アタシにはちょっと可哀想にも思えるけどな」

「可哀想?」

「寂しそうって言った方が合ってるかもな」

 オーナーはアキが出て行った関係者専用の通用口を見つめて呟いた。

「なかなかの男前なのによ。……こんな所で、勿体ないね」


 去っていくアキの背中を見送る二人。

 その背後から突然、少女の声がした。

「あの、すみません。ここに国友秋くんって人、いませんか?」


 そこにいたのはこの薄暗い場所には全くそぐわない、小柄で可愛らしい黒髪のショートボブがよく似合う、中高生然とした『女の子』だった。


「……は? 何この子?」

 オーナーは想像もしない来客に驚くというか、呆気にとられていた。

「えーと……あのさ、ここは一般人立入禁止なんだけど……」


 すると、少女はどこかそわそわしながら答えた。

「そ、そうみたいですね。ここに入る扉の前で、警備の人にそう言われました」

「だよね? こわ~いお兄さんがいっぱいいたよね? ならなんでお嬢ちゃんはここに入ってこられてんだい?」

「どうしても聞きたいことがあったので……」

 もじもじと、どこかばつの悪そうな女の子。

 その様子に、オーナーは嫌な予感がした。


「……あのさ、扉の前にいた見張りは?」

「それはその……ごめんなさい!」

 いきなり頭を下げる少女。すると、出入り口前に控える警備員の様子を見に行ったスタッフが叫んだ。

「オーナー! 警備の奴ら、全員ボコボコにされてます!」

 オーナーの嫌な予感が的中した。


「は、はあ? アホかお前そんなわけあるか!? そいつら一応地下闘技場ここの選手だぞ? そんな奴らがなんでボコボコに……」

 オーナーも慌てて様子を確認しに行くが、その惨状を実際にその目で見て、絶句した。


 10人以上いた屈強な男達がもれなくボロ雑巾のようにボコボコにされ、粗大ゴミのように床に転がっていたのだ。


「マジかよ……」

 オーナーは全身に鳥肌が浮かび上がるのを感じながら、少女の方へふり返った。

「これ、お嬢ちゃんがやったのかい?」

「あの、ええと……はい。こうでもしないと、中に入れてくれなくて……」

 半泣きの少女。オーナーは嫌な予感と、純粋な好奇心が同時に膨らんでいくのを感じていた。


「……お嬢ちゃん。アキを探してんだっけ?」

「は、はい! 秋くん、やっぱりここにいるんですか?」

「ああ、いるよ。いるけど、その前に1つ聞いときたいんだけどさ」

「はい? なんですか?」

「お嬢ちゃんは……何者?」


 その問いに、少女はぱっと花が咲いたような笑顔で答えた。


「私は、秋くんの幼馴染みですっ!」


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